2016 再開祭 | 婆娑羅・10

 

 

何なんだよ!今回は俺、何もしてないぞ!

剣を抜いた奴に怒鳴ろうとした瞬間に、横から突き出て来た短刀が腕を掠って過ぎた。

チェ・ヨンが思いきり腕を伸ばし俺を突き飛ばすのと同時に、短刀が掠った腕に熱いような冷たいような痛みを感じる。
狙いを失った短刀の刃先をチェ・ヨンの剣が払う。
慌てて立ち上がって振り返れば、そこにいたのは男が3人。

それぞれ武器を手にこっちに向けてじりじり近寄って来る。
弓を持ってる奴までいる。まるで時代劇のワンシーン。

チェ・ヨンが剣を払った男がもう一度態勢を立て直して、こっちに突っ込んで来る。
雪だから足許は悪い。蹴りには向かないけど仕方がない。

そのまま男の腕を取り、思いっきり捻りながら型を決める。
テコンドーの得意技は蹴りだ。
ITFではライトコンタクトが決まりだったけど、相手が武器を持ってる以上そんな事言ってられない。

不安な足許を踏み締め助走をつけて、相手の右側頭部から全力で横に蹴りつける。
ここに蹴りを受けると脳震盪でしばらくは起きられない。
蹴った男は受け身も取らずにひっくり返る。
雪の上だし、まさか死んだりしないよな?

俺の蹴りに驚いたように、チェ・ヨンが一瞬こっちを確かめる。
「よそ見してんじゃねえよ!」
叫びながら弓を構えた男に走り寄って、その腹に中段突きを入れる。
態勢が崩れたところで矢を構えた肩に向かって回し蹴りを決めて
「・・・あ!!」

思わず呻いたのは俺の方だった。
プロテクターを着けない肩をフルコンタクトで蹴った瞬間、足に伝わるイヤな感触。
ヤバい。この男の肩の骨、いった。
「マジ?!」
「カイ!!」

最後に残った男は俺かチェ・ヨンか一瞬迷ったみたいに動きが止まる。
その男の腕を迷いなく刀で斬りつけるチェ・ヨンの刃先。
男の腕から赤い血しぶきが、白い雪の上に飛び散る。
「走れ!」
ウンスさんの手を掴んで走り出したチェ・ヨンの声に誘われるように、雪の中を一目散に続く。
最後に肩を折っちゃったあの男に振り向いて
「悪い!!」

拝むように片手を挙げて叫んだ俺に、ウンスさんを守って走る男の呆れたような黒い目が当たった。

 

*****

 

「テコンドーの遣い手で歴史学者の卵さん。文武両道ねー、カイくん。ハンサムだし、女の子にもてるでしょ?」
向かい合ったウンスさんは、からかうみたいにニコニコ笑って言った。

さっきの最初の一撃で切れた俺の腕の傷に薬を塗って
「んー。縫うまで深くはないけど、どうする?縫えば治りは早いけど」
「いいよ、このまんまで」

俺の声に頷くと、ウンスさんは傷の上に丁寧に薬草らしきものを乗っけて、包帯を巻いてくれる。
その手つきは確かに素人じゃないと思わせる。
この人がドクターだっていうのはきっと本当だろう。そうしながらウンスさんは笑ったままで俺を見た。

「もういっそ、ここに住んじゃえば?カイくんなら困る事ないわよ」
「・・・勘弁してよ」
「どうして?住めば都よ。きっと楽しいわ」

あの突然の襲撃から駆け戻った兵舎。
チェ・ヨンは相変わらず短く他の男達に指示を出してる。
男達はそれを聞くと同じくらい短く頷いて、それぞれ部屋を出て行く。

「ウソウソ。帰りたい気持ちは私が誰より知ってる」
「・・・ウンスさんは、帰らないの?」
「え?」

俺の声にウンスさんはビックリしたように目を丸くした。
当然だろ?どういうシステムかは判らないけど、あの仏像の石の祠が光ってる時は出入り自由なんだろうから。
「帰りたくないの?チェ・ヨンと一緒に行けばいいのに」

そうすればチェ・ヨンだって、イ・ソンゲに殺される事はない。
ウンスさんが怖がってるのはそれなんだと思う。
昨日だって叫んでた。この人は生きるのよね?そんな事を。
この人は、この人は?そんな事ばっかり聞きたがる。

「悪いけど、ウンスさんが歴史に興味があるとは思えない。だから歴史が変わるのを本気で怖がってるとも思えない」
俺の指摘に困ったみたいに、ウンスさんは唇を噛んで俯いた。
「そうじゃなくてチェ・ヨンが心配なんでしょ?俺の知識は、もちろん全部教えるけどさ。
本当に心配ならここを離れればいいんじゃないの?俺が出て来た、あそこ」

窓の外を目で指すと、ウンスさんもつられたみたいにそこを見る。
「あの石仏の光が、タイムマシンだか何だか、そんなようなもの?
俺自身が出て来たから疑いようはないけど、そんなもんなんでしょ?」
「うん」
「それを使って、あなたは江南とモンゴル時代と高麗時代を行き来して来たわけでしょ?」
「うん」

ウェブ小説なら信じたろうけど。
俺自身がここにいてもまだ信じられない。有り得ないだろうって思う。
だけどウンスさんの言葉。周囲の状況。俺の蹴りで折れた肩の感触。
夢じゃないし、芝居でもない。現実だ。
「だったらチェ・ヨンと一緒に逃げなよ。少なくとも戦争とかない場所なら、奴だってウンスさんだって心配事が減るんじゃないの?
今日みたいに急に襲われるとかさ。あれ何なんだよ?」
「それは・・・」

ウンスさんが言葉に詰まった時。
男達に指示を出したチェ・ヨンが俺達のテーブルに来ると、ウンスさんの横に腰掛けた。
「見た事が無い」

包帯を巻いてもらった腕で頬杖をついて、唸るチェ・ヨンを見る。
この男、何で一言一言がこんな短いんだ?主語まで省略されたんじゃ、さっぱり意味が通じない。

「何が?」
「お前の技」
「ああ、うん。そうだろうね。テコンドーが盛んになったのは1980年代だから。元々は日本の空手の流れを汲んでるんだ。
始まったのは1940年代。もともとは軍隊の訓練の一環だったみたいだ」
「てこんどー・・・」
「漢字ではこう書くらしい」

向かい合ったテーブルの上に指で書いてみる。跆拳道。
チェ・ヨンは興味深そうにその指先を眺めて頷いた。

「特に足技、それも蹴りに重点を置いてる。後はリーチとスピード。スポーツ要素が強いけど、実戦にも使える。
チェ・ヨンさんみたいな手足の長い奴には向いてるよ。教えてやろうか?」

だけど教えてやらない。あんたの名をもらった崔 瑩って型がある事は。
俺は腹の中でこっそり舌を出す。

「跆拳道か」
チェ・ヨンは頷くと席を立つ。
「俺以上に呑み込みの早そうな奴がいる」

 

 

 

 

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