2016 再開祭 | 玉散氷刃・廿肆

 

 

一面の障子窓からの春の陽に溢れる宣任殿の高み、玉座の上。
未だに王は得心の行かぬ表情を浮かべ、正面階の下の床に座したオク公卿、そして階下に控え立つチェ・ヨンを交互に見た。
公卿の周囲に迂達赤隊員が物々しい雰囲気で半円陣を組んで立ち、睨み殺すような恐ろしい目付きで伏した男を見据えている。

言った筈だと決して感情を表に出さぬまま、チェ・ヨンは横目で確かめた迂達赤らに息を吐く。

そんな顔で睨みつけていては、王とて怪しく思うだろう。
現に玉座からオク公卿を確かめた後、王は小さく眉根を寄せ、その只ならぬ迂達赤の形相を確かめている。

露呈しては元も子もない。
医仙は自ら外に出た、そして公卿が宅に匿った。
その罪を問う、昨夜そう伝えられているのではないのか。

階下からチェ・ヨンが玉座脇を護るチュンソクを確かめ、最後の大きな息を辛うじて堪える。
宣任殿の中、阿修羅の如き様相で腰の剣柄を握り、誰より公卿を睨んでいたのは他ならぬチュンソク当人だった。
「迂達赤隊長」
王の声に呼ばれて我に返ったよう、チュンソクが頭を下げる。
「は」
「息が荒いが。如何した」
「・・・失礼致しました」

チュンソクが慌てて頭を下げる横、最後に王が見遣るチェ・ヨンの立つ逆側の階下に据えた椅子。
其処には如何にも気まずい表情のウンスと、逆に飄々とした様子のキム侍医が腰掛けている。
「迂達赤大護軍」
「は」
小さく頷く男に向け、王はゆっくり階を踏みしめて床まで降り立ち、横顔でチェ・ヨンを振り向いて問うた。
「そなたの願い通りこうして皆を集めた。詳しく申せ。一体何があったのか」

夜分に拝謁を申し出たチェ・ヨンに、康安殿の扉が開くまでにはいつもよりも間があった。
王が王妃の坤成殿に渡る寸前を敢えて狙ったのは、今夜の話が長くなるのを避ける為。
王と己のみの密談で断罪しては意味がない。公卿の前でなくば。
そんな胸算用で夜襲の如く、無礼と承知でこの刻を狙ったのだ。

 

暫し廊下で佇んだ後にようやく開かれた扉内、長卓の上に揺れる蝋燭灯りの中で
「オク公卿を捕えました」
とだけ、チェ・ヨンは短く言った。

王は既に昼の正装である龍袍を脱ぎ、気楽な唐衣姿だった。
恐らく拝謁を願い出たのがチェ・ヨンでなければ、明日にせよと追い返されただろう。
しかし対面して開口一番のチェ・ヨンの物騒な一言に、王は怪訝な顔で目を細める。

「何の咎にてそのような事になったのだ」
「明日当人に伝えます。御列席頂けませんか」
「何かしらの故あっての事であろうな」
「は」

案の定、話が長くなると思ったのだろう。
その機に乗じ、チェ・ヨンは畳みかける。
「明日公平に話をお聞きの上で、王様より御判断頂くべきかと」

口裏合わせが必要になる。今宵のうちに。
これ以上王との話が長引くのは厄介だった。
案の定王はそれが最善の策と思ったか、鷹揚に頷いて言った。

「判った。そうしよう。しかし確たる罪がない以上、獄には繋ぐでないぞ。明日巳の刻、全員を宣任殿へ集めるように」
「は」
「そなたも今夜はもう休め、チェ・ヨン」
最後に気の毒そうな声音で王は呟き、長卓の玉座を立った。

「酷い顔色をしている」

 

そして翌の巳の刻の宣任殿。
オク公卿、それを囲む迂達赤、内情を知るチュンソク。
典医寺絡みの一件とあって、キム侍医がウンスと共に並んでいた。
「昨夜は碌に詳しい話も聞けなかった」
「は」
王の声にチェ・ヨンは小さく頷いた。

「では改めて聞こう、大護軍。オク公卿を捕えた理由とは」
尋ねた王に、無言のチェ・ヨンの懐から一枚の文が差し出される。
その文にウンスは息を呑んで、席を立とうとした。それを横からさり気ない動きでキム侍医が制止する。

「医仙からと、典医寺宛てに残されていた文です」
「そうなのか、御医」
王に問われ、侍医は頷いた。
「間違いありません、王様」
「・・・しかしこれを書いたのは、医仙ではないな」

一読した王は文を畳み直しつつ断言する。
ウンスが漢字を苦手とするのは、王もよく知っていた。
「は」
「しかしこれを書いた咎で罰する事は出来ぬ。医仙の天界の文字は誰にも読み解けぬ。そなたなら判ろう。代筆は罪ではない」
「その急用が問題」
チェ・ヨンは王を相手に一歩も退かず、平坦な声で淡々と言った。

「問題とは」
「公卿の細君が、典医寺に居ります」
「ああ。聞き及んでおる。難産であったところを、医仙が腹を割き赤子を取り出したと」

王は複雑な心裡を宥め、チェ・ヨンに負けぬ平坦な声で言った。
「は」
以前亡くされた御子の事を思い出されたのだろうか。
その心を見透かすように、チェ・ヨンはさり気なく話を変える。

「医仙が一昨日の夜、皇宮外に」
「医仙の役目なのであればそれも致し方なかろう」
「依頼したのはオク公卿」
「ふむ・・・して、その理由は」
「ヨ・・・!」

思わず発せられたウンスの声を、聞こえぬ振りで受け流す。

王を騙すなど天地が返ろうと決してあってはならぬ事だった。
他の者が同じ事をしたならチェ・ヨンは迷わず相手を斬った。
その道を曲げてまで何故己はこんな愚かしい真似をするのか。

一度吐けば、もう後には戻れぬ。
チェ・ヨンは肚に力を入れて、その一言を口にした。

「此度の難産の原因として、懐妊前に服用した薬湯を調べる為」

チェ・ヨンの一言に宣任殿の中が静寂に包まれる。
オク公卿は伏した床から体を起こし、端座のまま茫然とした顔でチェ・ヨンと王とを比べ見た。
そしてウンスは立ち上がりかけた椅子の上で、肘掛を握り締め、中途半端に腰を浮かしたまま。

 

 

 

 

皆さまのぽちっとが励みです。
お楽しみ頂けたときは、押して頂けたら嬉しいです。

にほんブログ村 小説ブログ 韓ドラ二次小説へ
にほんブログ村
今日もクリックありがとうございます。

にほんブログ村 小説ブログ 韓ドラ二次小説へ

2 件のコメント

  • SECRET: 0
    PASS:
    嘘も方便 なのかもしれないけれど、
    王様に忠実なヨンには、辛い決断ですね。
    ウンスの願い…がこもっているからこその嘘。
    弱った奥方と赤ちゃんを助けたい…というウンス。
    ヨンの性格からして、王様にはこの後、きちんと報告するのかな。
    ただ、重臣たちを前にした、この後の審議をふまえた判断?

  • コメントを残す

    メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です