2016 再開祭 | 木香薔薇・丗壱

 

 

「あの、大護軍様」
いきなり裸足で縁側に足を伸ばして座らされ、奴は其処から俺を見上げた。
「鍛錬とは素振りとかそうしたものでは。大護軍様の前で裸足になるなど・・・」

裸足の無礼さはよく判っているらしい。
奴は困った様子で、どうにか下衣の裾でその爪先を覆おうと奮闘している。
構わずその裾を捲り上げ、脛の半ばまで見えるよう曝け出す。
「その前に足首を見る」

挫いた足のまま、今まで鍛錬もした事のない男を扱く訳にいかん。
「一先ず動かしてみろ。爪先を揃えて目一杯伸ばせ。まず右足」
要領を得ぬ顔で、テギョンはそのまま伸ばせる限り足首から先を前へと伸ばす。
「左足」
伸びた足先は、右と同じ程度まできちんと伸びた。
「次に戻せ。足首から下だけだ。何処まで戻る」

戻す様子を見れば、右足に比べ左足は少しだけ戻りが悪い。
俺の横で同じく様子を見ているこの方は、それでも動きに満足したように頷いて安心したような息を吐く。
「善し。次だ。何処まで内側に曲がる」

右を、そして左を戻しても、動きに大差はない。
テギョンは言われるがまま声に従い、黙々と足首を動かした。
「次に外だ。何処まで外側に倒せる」

そして外に向けて倒せた踵の位置を見、次の声を飛ばす。
「廻してみろ。左足だけで良い」

がくがくと不安定に揺れる事もない。テギョンの足首は制御された動きで正常に廻る。
「爪先で三角が書けるか」
力が抜ける事もなくそれぞれの一辺を的確に書いて、さすがに奴は俺に問い掛けた。

「大護軍様、これは一体」
「動きを見ている」
短く言って懐の手拭いを出し、それを奴の左足の爪先へ引掛ける。その両端を握らせ
「引張れ」

そう言うと、奴は素直にその両端を引いた。
腱が切れていれば必要以上に深く引けるが、奴の足首は脚後ろの腱が伸びきった処で止まる。
「立て」
声に促され廊下に立った男の足を確かめ
「右足だけ、二歩分前に出せ」

この男は何処まで素直なのだろうか。
俺なら初見の相手に言われ、こうも疑いもせず唯々諾々とその声に従ったりはせん。
しかし奴は右足をきっちり二歩分前に出す。

前後に開いた足を確かめ、
「右足の膝を曲げろ。横に出すな。膝を前に向けて真直ぐ」
声に促され、奴はそのまま右足を曲げる。
「左足の膝も曲げろ。踵を浮かせるな。床に付けたままだ」
矢張り左足は少し動きが悪い。それでも深刻な程ではない。
「戻して座れ」

男が再び縁側に座した処で
「触る」
その左足の踵を己の手で掴み、右側を、そして左を確かめる。
ぐらつきもがたつきも、妙な緩みも緊張もない。
「俺が引張る。逆側に力を掛けて、この位置に戻せ」

踵を押さえていた手を爪先へ移し伸ばそうとする俺の力に逆らい、奴は足首の力でそれを元へ戻そうとする。

成程、捻った傷も癒えて来ているが、それ以上に呑み込みが早い。
此方が指示した動きを的確に繰り返す。無駄な処に力を入れぬから状態が判りやすい。

爪先を奴の体の方へ倒していくと、確りと伸ばそうと押し返す。
外へ倒せば内へ、内に倒せば外へ。
「善し、判った」
全ての確認を終えて言い、爪先から手を離す。

「今行った足首の曲げ伸ばし、廻しは朝夕。左右両方やっておけ。
十回から始めて目標は五十。但し絶対に無理はするな。痛めばすぐ止めろ」
「はい、ありがとうございました」

奴は急いで此方へ背を向け、脱いだ足袋を着ける。
履けた処で安堵したのか、その肩から力が抜けた。
ようやく此方を振り向いた男に頷くと
「下りて沓を履け」

今更この男が何かするとは思えない。
縁側の奥、厨内にはタウンもいる。暫し離れても良かろう。
「すぐ戻ります」
脇のこの方へ言い残し、俺は板を取りに裏庭へと回った。

 

裏庭の薪置き場の脇、幅広の板を一枚取り上げ、面の土埃を払い表庭へ戻る。
テギョンはあの方と話し込むでも近寄るでもなく、先刻立ったままの場所で俺の戻りを待っていた。
「片足だけで立ってみろ。まず右」

運んだ板を手に言えば奴は素直に左膝を上げ、右足だけで立つ。
「左」
同じ事を繰り返してもふらつく様子はない。
其々十回もこなしたところで、庭先の大きめの石の上に先刻運んだ板を乗せる。
「乗れ」

石の上に渡した板は当然揺れる。上手く乗れるわけがない。
仕方がないから奴の手を支え、板の上へ立たせる。
しかし一度乗ってしまえば奴はその上で均衡を取り、揺れながら器用に立っている。
「下りろ」

そう言うと板の上から飛び降りて板を拾い、何処へ戻すか考えるように庭を見渡す。
「あ、いいわ。貸して?戻してきちゃう」
視線に気づいたこの方が奴から板を受け取り、裏庭へと戻っていく。

「大護軍、お茶はいかがでしょう」
頃合いを見計らったタウンが厨から出て来ると控えめに声を掛け、縁側に茶器を載せた盆を静かに据えた。
「そうだな」

湯気と香に誘われ眸でテギョンを促し、再び縁側に腰を下ろす。
足首は思った以上に癒えている。
若い分治りも早い。あの方と侍医の素早い治療の甲斐もあろう。
「足首は問題なさそうだ」

言葉と共に、盆の客用の茶器を男へ勧める。
静かに返礼し、奴は茶碗を手に取って行儀良く口をつけた。
「で、何の鍛錬がしたい」

尋ねると椀を手に、奴の視線が上がる。其処に浮かぶ戸惑いの色。
ほんの些細な問いだった。茶話に相応しい当り障りのない話題。
第一、男本人が最初に言ったのだ。
鍛錬とは、素振りやそうしたものではと。
そうした鍛錬を受けるのを期待した訪いだったのだろうと思い、何気なく口にしたのに。

「大護軍様」
「・・・何だ」
「あの、お・・・いえ、私は」
それを一体何故こんなに戸惑っているのだ、この若い男は。
「私は、鍛錬を受けても良いのでしょうか」

俺に尋ねているのだろうか。
言わんとする意味が分らず、次に首を傾げたのは俺の方だった。

 

 

 

 

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