2016 再開祭 | 嘉禎・14

 

 

お店を出てサングラスをかけて、そのままATMコーナーへ走る。
残高を確認したら、最後に記憶してた時よりもお金が入ってる。
お給料。そして退職金名目の、大きな金額。

引き下ろせるだけのキャッシュを下して、お財布に詰める。
それでも行方不明者、もしかすれば誘拐事件の被害者。
カードを使って履歴がばれたら、追い駆けられちゃうかもしれない。
またあの人が戦うような事になったら冗談じゃすまない。
絶対無事に、二人で高麗に帰らなきゃいけないんだもの。

ATMから出て周囲を見渡す。

モールの中には、少なくても追い駆けて来る人の気配は感じない。

まるで逃亡者だわ。悪い事なんてしてないのに。
膨れ上がったお財布を落とさないようにしまい直して、ATMの前で苦笑いして、そのまま歩き出す。

そのままあの人の服をひと揃い。まずはTシャツとパンツと靴。
頭からかぶるだけ、そして履くだけのデザインを選ぶ。
紐は問題ないけどボタンやファスナーには慣れてないだろうし。

そう思って一番シンプルなVネックのTシャツと、上に羽織る薄いコットンのジャケット。
ウエストに紐が通ってるだけのリネンのパンツ、そしてキャンバスのデッキシューズ。

急いでその紙袋を抱えて、奉恩寺への道を走って戻る。
久々にはいたパンプスで全力疾走するアスファルト。

あの頃はもっと高いヒールの靴で何度も病院の中を走ったのに、こうして走ると足が痛い。
外反母趾。中足骨痛症。モートン病。
分かってる。女性の足は見た目のきれいさと心地よさの優先順位でいつも悩んでるのよね。

仕方ないから今回は、その中間地点で妥協よ。
あの人の所へ急いで帰れて、それなりにきれいな足に見せられる靴。

「ヨンア!」
待たせてた建物の影に声をかける。
「はい」
すぐに柱の影から出てきたあなたは、何故かもう鎧を脱いでて。
「待っててくれてありがとう。鎧、は・・・」

頑固なこの人が見知らぬ天界で、鎧を脱ぐなんて。
「目立つので」
短く言ってこの人は頷いた。

「誰も武器は持っておらぬのでしょう」
そして着替えた私を上から下まで見て、怪訝な顔で呟いた。
「それがイムジャの鎧ですか」
「え?」
「天界で必要な鎧ですか」

暗い建物の影で、この人が顔をしかめたのが見える。
「丈が短すぎる」
「分かった、お説教は後で聞くわ。まずあなたの天界の鎧が」
そんな小言を軽くかわして、私は紙袋を差し出した。
「この中に入ってるから、急いで着替えないと」
「此処でですか」

驚いたようにあなたが周囲に目を走らせる。
「ううん」
私はもう一度あなたの手を引いて、先に歩き始める。
「この先にトイレがある。そこで着替えて」

買い物の戦利品の入った大きな紙袋と鎧を一緒に抱えて、剣を片手に握ったまま、あなたが早足でついて来る。

 

*****

 

奉恩寺のトイレが清潔な水洗式だったのは助かった。
「ヨンア」
男性用のトイレの入口から、少し身を乗り出して中に声をかける。
「はい」
「着替え方、分かる?」
「はい」

その声と同時に、個室のドアの開く音。そしてあなたが出て来る。
ああ、やっぱりね。この人は何を着ても似合う。
さっきまでの高麗の鎧も、そして今のシンプルなTシャツも。

抱えた紙袋はさっきまで着てた私たち2人分の高麗の着物と、この人の鎧でパンパンに膨れてる。
紙袋に納まりきらない剣が、半分近く袋から飛び出してるし。
「これで正しいですか」

あなたは困ったように、Tシャツの首元を指先で引っ張った。
「もちろん。完璧よ」

私が笑って両方の親指を立ててみせても、何度も首を捻ってるけど。
少なくともこれでお互い見た目は現代人よね。何の違和感もない。
「次は」

あなたが私を見て首を傾げる。
「王妃媽媽の丸薬ですか」
「そうね。サプリももちろんだけど、調べたい事もあるの。明日行きたい場所もある」

韓方病院。漢方薬局。出来れば鍼灸院も。
ああ、妊娠中でもないのに産後調理院なんて調べられるかしら。
西洋医学を捨てる訳じゃないわ。
やっぱり自分の根っこはヒポクラテスの誓いにあるって知ってる。

だけど高麗よ。使える道具にも薬にも限界がある。
それなら韓方と西洋医学と、両方勉強しなきゃ。
それが今回の、無理を押し通したお願いの理由だもの。

高麗で覚えた知識以上の何かが、分かってるツボやお灸以上の場所が、この時代なら分かってるのか調べたい。
サプリの成分。産後調理院でのケア。
出来れば不妊に効果的な鍼灸、薬湯、知りたい事は山ほどある。
「ヨンア?」

大通りに向かって歩く境内で少し落ち着いて、この人に尋ねる余裕も出来た。
「はい」
「あのね、あの時。前の時、私たちが一緒に高麗についてから、天門が閉じたあの日まで、ほぼ3日半よね?」

初めて逢った日に、天門が開いたとして。
あの日の夜、COEXで1つ。
そして深夜から明け方にかけて高麗で媽媽の手術をした。
それが1日目、2日目。

次の日にこっそり抜け出した町で、あの男達に拉致された。
それをこの人が探し出してくれた。それが3日目。
そのままあの天門に送られ、そして目の前で門が閉まった。
今回も、もし同じだけ開いててくれるなら。

横のあなたも、何が起きたか頭の中で計算しているんだろう。
「はい。但し俺が入る時、既に門は開いていた。そのどれ程前に開いたのかは判りません」
そう言って頷いた。

「今回も同じだけ開いててくれれば助かるんだけど」
「保証は出来ません」
「そうよね」

大通りの信号待ちで止まった私に、あなたが並ぶ。
掛けた紙袋が気になるみたいに、しきりに肩を揺すり上げて。
空いた左手が気になるみたいに、しきりに拳を握って開いて。
「まず、ホテルにチェックインしたいの」

そう言って通りの向こうのCOEXを指さす。
あなたは驚いたように、横の私を振り向いた。
「あれは、俺があなたを攫った」
「うん」

その後に首を振って、あなたの言葉を修正する。
「ただし攫った、じゃなくて、初めて逢った、って言ってほしいわ」
あなたは私の言葉に嬉しそうに笑うと、ゆっくり言った。
「初めて、逢った、場所ですか」
「うん。その記念の場所のホテルにお泊りしよう」
「・・・は?」
「ああ、えーとね。あの建物の中に宿屋があるから。部屋の窓から、あの仏像も見えると思うの」

その声にあなたがCOEXのホテルの窓を見上げる。
その目に30階以上あるホテルは、どんな風に見えるんだろう。

ふと、慶昌君媽媽の処に行った時のあなたの声を思い出す。
きっと媽媽を励まそうと、あなたなりにうんと気を使ってた。
優しい声で、ちっちゃな弟を元気づけるみたいに話してた。

天界の家は空に届くほど高く、夜と言うのに昼のように明るく。
馬のない馬車が走り、それは光を放って道を照らすのです。

そう。この人は出逢った時から、本当はあんなに優しい人だった。
媽媽に見せたあの笑顔が、声が、嘘だったわけがないのに。
「ヨンア」
「はい」

大きな道の左右に目を走らせながら、信号が変わるのを待つ私にあなたが短く声を返す。
そう。この人はいつだって呼べば声を返してくれるようになった。
それが2人の始まりだった。今思い出せば、全部分かる。

「愛してる、ヨンア」

横断歩道のいきなりの告白に、あなたが目を丸くする。

「媽媽も、きっと今どこかで見てる。この車も、あのビルも」
「・・・はい」
「ヨンアにありがとうって言ってるわ、きっと。
珍しい世界を見て来て、教えてくれてありがとうって」

あなたはそれ以上、何も言わなかった。

ただ信号待ちの横断歩道で顔を上げて、夜でも明るい空を見た。

黒い瞳でまっすぐに、ここからは見えない星を探すみたいに。

 

 

 

 

9 件のコメント

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    素材がいいから何を着ても似合いますよね~❤️
    うん、ウンスのワンピースは丈が短いのね( ´艸`)
    色々と調べたいことはあるみたいだけど、有効に使えるといいですね。 いつ閉まるかわからないし。
    道の真ん中で告白されたらヨンもびっくりしただろうけどウンスの素直な気持ちでしょう♪
    媽媽もきっと空から見ているかも
    行きたかったこの世界に。
    ヨンも色んなことを見聞きしてウンスの故郷を思い出にして欲しいな。

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    天界の鎧は 丈が短いですか?
    ( ´艸`) 自分の妻ですからね
    他の人に見せたくないものね うふふふ。
    ヨンは もう そりゃ 何でもお似合いでしょう
    本人は 着慣れなくって 落ち着かないでしょうけど
    うふふ 初めて会った場所に お泊りですよ~
    そして この日の夜景 どこかで
    慶昌君さまも みてるよね きっと… 
    (゚ーÅ)

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    ぽちボタンのヨン
    それで、VネックのTシャツ……なのね~
    鈍い私が 情けない。
    こんなに素敵だと、逆に目立って仕方がないかも(笑)
    続きが、待ち遠しいです。

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    ヨン
    待っててくれたんですね。
    心配しすぎな私でしたね(苦笑)
    「丈が短かすぎる」
    こんな時でも悋気するヨン!
    可愛いです~(^^)
    さらんさん❤
    ヨン=ウンス ミノssi =ヒソンssi
    このカップルに会えるなら
    今すぐ天門を潜ってソウルに行きたいくらい楽しいお話です(*^^*)

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    お互いが守りたいと思う人の為に、元に戻れないかもしれない事をする………。
    最後は悲しいお別れでしたが二人に出逢えた慶昌君様も嬉しく思っていらっしゃると思いました。

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    二人の着替え成功。
    次は、二人が出逢った思い出のCOEXへ。その中のホテルに泊まり、薬をどう調達するか検討するのかな。ウンスの凄い?鎧?。きっと美しく着こなしているはずよね。あの美しい顔とスタイルだもの。もちろん、ヨンは、バッチリ素敵なはず!
    さあ、次の目的に向かって出発。

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    さらんさま、こんばんは。
    着替えたんですね…Vネックに!
    きっと、まだまだ緊張感のある表情なのでしょうね。
    しかし、こんな人が歩いてたら目立って目立って…ヨンは、ずーっと女性からの視線を浴び続けるのでしょうね;^_^A

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    ヨンはシンプルな服装でも,身長も高いし何を着ても目立ちますよねぇ
    美男美女カップルだし人目を引くに違いないです( ´艸`)
    ところで天門が開いてる期間って,高麗とソウルは同じ位なのかな。
    前回,ヨンは多分数時間位の滞在でしたよね。
    数日ソウルに滞在すると,どれくらい時が経った高麗に戻るのか気になります。

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    だからVネックのTシャツのヨンだったんですね。
    毎日見るたびに顔が緩みます。
    天界の鎧とはうまい‼︎
    しかも短かったのね(;^_^A
    無事にお着替えできてよかったです。
    どんな天界デートになるのか楽しみです。
    ヨンかっこよすぎて目立つだろうなー

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