2016 再開祭 | 木香薔薇・丗

 

 

「ヨンア、とにかく若造の件、伝えたからな。こいつらも悪気があるわけじゃねえ。
おめえにも、もちろん天女にも。けどよ」
「師叔」
「判ってやれよ、こいつらの気持ちも。おめえが無理すればこっちが気が気じゃねえんだ」

いつもなら此処まで騒げば必ず飛び出して来て俺達を怒鳴り散らすマンボは、前掛けの端すら覗かせない。
隠れて気を揉んでいるのか、それとも内心こいつらに賛同しているのだろうか。

こうしてあの方の立場が悪くなるのだけは耐えられん。
まして何の悪い事をしている訳でもない。
ただ医仙の役目に従い、病人怪我人を診るだけの事で。

如何にせん此度は相手が悪かった。
あの方に懸想した男でなくば、こんな騒ぎになど決してならなかったろうに。

奴らが俺の代わりに幾ら猛ろうと、そんな気持ちは捨てられん。
だがあの方が何を捨てたか。何を守る為、何を捨てて来たか。
それを誰より知っているのは俺だ。そしてこいつらも判っている筈だ。

今までどれ程の者があの方に救われてきたか。心もそして体も。
それを今になって認めんと言われれば、俺は決して許せない。

お前らは救われた事はないか。
あの方の医の腕に、そして何よりあの笑みに。
救うためにあの方が陰で流す涙を知っていて、今更そんな世迷言を言っているのか。
ならばあの方は何の為に笑って来た。何の為に陰で泣いて来た。

そして俺は両天秤にかける為にわざわざ出向いた訳ではない。
あの方と、こいつらと、何方か一方を選ぶ事など絶対に出来ん。

誰も何も言わない。
師叔は困ったように息を吐く。
シウルはヒドの背の向こうから俺を不安げに見つめ、チホは俺の横からヒドの様子を見、トクマンは俺の横顔を伺っている。
誰もが戸惑っているのは判る。だからと言ってあの方を悪し様に言う名分にはならん。

「お主が言えぬなら俺が言う」

返答しない俺に痺れを切らした様子のヒドが、ぎりぎりと奥歯を鳴らして呻く。
「ヒドヒョン、ちょっと待てって。ヒョンは駄目だろ。それなら俺達が」
「いやシウル、手裏房が出れば大きくなるだろう。最初から見ていたのは俺だから」
「お前の話を天女が聞くなら、最初っからこんな騒ぎになってねえだろうがよ!」
「俺が言う」

俺の返答に、互いに揉みあっていたその場がようやく静まり返る。
「あの方に伝えるのは俺だ。お前らの手は借りん」
「ちゃんと断れんのかよ、旦那」
「いや、断らん」
「え」
「お前らの気持ちは判った。だが断らん」
「それでは何も変わらぬぞ」

ヒドが再び怒鳴りそうな勢いで卓に乗り出し、慌てたシウルがその背にしがみ付く。
それでも俺は奴の眼を見つめ返して首を振る。

御免だ。
此方が一方的に耐えるのも、こいつらがそれに怒るのも、そしてあの方が道を諦めるのも。
信じている。あの方はこの命より大切で、そしてお前らは家族だ。
家族だからこそ腹も立つ。そして腹を立てても寄り添えるからこそ家族だと。

「安心しろ。無理などせん」
誰に聞かせるともなく言うと、俺は厨に向けて歩き出す。
先刻の騒動で割れた盃の代わりを取りに。

一先ず酒だ。これが呑まずにやっていられるか。

*****

 

あの夜の騒動の顛末すら未だこの方には伝えていない。
第一この方がこの若造の何を何処まで知っているのか。
奴らの調子では、手裏房の報せがこの方に届いたとは考え難い。

西京の貴族だとは知っておろう。邸の場所は無論御存知の筈だ。
しかしそれ以外は、奴の出自に対し何か情報を得たとは思えん。

目の前に現れた騒動の元凶、西京貴族の子息。
少しの緊張と、そして微笑みを浮かべた表情。
晴れた庭に一人で立ち、特に物怖じした様子はない。

しかしこいつも判らん。あの邸に招かれた時には家令が対応した。
伴が居らぬわけがないのに、こうして単身でやって来るとは。

案の定この方は男の背後、庭の径の方を透かし見て
「あれ?ソンヨプさんは一緒じゃないの?テギョンさん1人?」
不思議そうな声で、まず尋ねた。
奴は其処から動かずに、照れ臭そうに頭を下げる。
「はい。大護軍様のお宅には、一人でお邪魔したくて」

この男、妙な処で律儀なのだろうか。
庭先から動かぬとは、つまり俺の許しがまだ下りておらぬから。
供を連れぬとは、目上の者を私的に訪問する敬意の表れなのか。
「・・・入られよ」

鬼剣を下げた俺が言ってようやく、男は再び頭を下げると静かに庭へと入って其処を横切り、俺の前まで来て姿勢を正す。
「オク」
「テギョンとお呼びください、大護軍様」
「テギョン」
「はい。此度はお騒がせして申し訳ありませんでした」

丁寧に頭を下げ、再び顔を上げて屈託なく笑う。
俺の前で必要以上に畏まるでもない。かといって慇懃無礼に振る舞うでもない。
ごく自然で、俺にもこの方にも敬意を払っている。

「捻挫はどうだ」
「奥方様と御医殿に御診察頂きました。もうすっかり」
地に沓の爪先を立て、テギョンという男はそれを軸に足首を廻して見せた。

「だーかーら、奥方様はやめてって!私にはユ・ウンスって名前があるんです。言ってるでしょ?」

足首の様子を確かめ頷きかけた俺の横、相変わらずの声が飛ぶ。
こうして否応なく周囲を巻き込む。いつになっても変わらない。
俺は無言で息を吐き、そしてテギョンは楽しそうに微笑むと
「それでも私にとって、ウンス様は大護軍様の奥方ですから」

さらりとこの方の名を口に出し、それでもそう呼ぼうとしない。

懸想しているのではないのか。それにしては此方への敵意が感じられん。
気持ちを圧し殺しているのか。それにしては此方を見る目が澄んでいる。
掴めない男だ。いや、判りやす過ぎるのか。

懸想してみたものの、他の男の妻と知ってあっさりと諦めたか。
それに越した事はない。それなら俺も別に言う事はない。
ただ鍛錬だけを付ければ良いのだと横のこの方を肩越しに見て
「どのような鍛錬が必要なのですか」

確かめる声に、この方はテギョンの足首を指した。

 

 


 

 

皆さまのぽちっとが励みです。
お楽しみ頂けたときは、押して頂けたら嬉しいです。

にほんブログ村 小説ブログ 韓ドラ二次小説へ
にほんブログ村
今日もクリックありがとうございます。

にほんブログ村 小説ブログ 韓ドラ二次小説へ

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です