2016 再開祭 | 木香薔薇・丗弐

 

 

予想もしなかった問い掛け。
春の日差しの下で庭先に立つ男は、途方に暮れた迷子のように見える。
「どういう意味だ」

鍛錬をつけてもらって良いのか、そう訊くならばまだ判る。
今までそうした問いを受けた事ならある。
迂達赤大護軍に鍛錬を付けさせるのが申し訳ない。
刻の無駄になるのでは、勿体無いのでは、迷惑になるのではと。

しかし男の言い分はそれ以前の問題だ。
鍛錬を受けても。
つまり己に鍛錬を受ける資格があるのかどうか訊いている訳か。

「受けたいか」
「はい」
尋ねれば、奴は迷いなく頷き返す。
「ならば付ける」

あの方に言われている。鍛錬をつけて欲しいと。
それが理由でヒドと怒鳴り合い揉みあった程だ。今更翻意する気はない。

しかし今まで素直に此方の声を聞いていたと思えぬ歯切れ悪さで、奴は曖昧な声を返すばかり。
「しかし武の心得もない国子監の学生で、東班の息子が」
「俺もそうだった」
「大護軍様は私ごときとは格が違います!」

一体何なのだ。
これではまるで嫌がる男に、俺が無理矢理に鍛錬をつけたがっているようではないか。
「では止めろ」

あの方の頼みであろうと、嫌がる者につける鍛錬こそ刻の無駄だ。
そんな者にどれ程刻を割こうと、上達するわけがない。
それならその刻を迂達赤に費やす方が有益なのは当然だろう。

「いえ、やめたい訳ではないのです!鍛錬は付けて頂きたいです」
止めろと言えばやりたいと言う。そのくせ国子監だ東班だと、訳の判らぬ理屈を捏ねる。
「回りくどいのは好かん。はっきり言え、何が問題だ」

足首の治り具合は確かめた。最低限その回復の為の動きは教えた。
あの方に頼まれたのでなければ、もうそれだけで充分な筈だった。
しかし手裏房や迂達赤に気を揉ませた以上、断るにしても名分は必要になる。
俺の悋気で一方的に断ったと思われては心外。

尋ねた俺に、テギョンは再び意外な事を言い出した。
「やらねばならぬ事は判るのです。私は病を得たり、勉学の手を抜いたりしてはならない」
「捻挫は病とは違う」

偶さかの事故だ。認めたくはないが、あの方にも多少の責はある。
あの方の起こした事は俺の責でもある。だからこそ引き受けると決めたのに。

「勉学ならば、国子監への入学を果たしたろう」
「はい」
「入学成就で気が抜けたか」
「とんでもない!入学後の方が大変だと話は聞いています。精一杯修めるつもりです」
テギョンは慌てて首を振る。

「ならば」
「・・・やりたい事を、したことがないのです」
奴は手にした茶器に視線を落とし、小さい声で打ち明けた。

「しなければならない事がたくさんありました。いつも周囲の目がありました。怠けたりしくじれば、家名に疵がつきます」

何故奴は、初対面の俺にこんな私事を打ち明ける気になったのか。
そう考えて思い直す。違う、恐らく初対面だからこそなのだと。
本貫を離れ伴もおらず、誰も己を知る者のない開京。
初対面の俺にだからこそ、何の柵も気にせず言えるのだ。

それが証拠に、こうして一度溢れ始めた男の声は止まらない。
「弟がおります」
「・・・そうか」
「母違いの弟です」

師叔が言っていた。妾と庶子を連れ込んだと噂になっている。
おそらくその弟の事だろう。
しかし今此処で知っていると口にするのが得策とは思えない。

鍛錬のつもりがいつの間にか、まるで易占の店先の様相だ。
何故俺はこの男の独白を聞かねばならんのだと思いつつ。

「その弟の為に強くならねばなりません。学を修め、中央で官位に就き、家督を継いで何れ弟に譲るか、それが無理なら財産を」
「で、弟は何と言っている」
「え」

男は初めて思い至ったように口を開けた。
え、とはどういう事だ。

「まだ話も出来ぬ程幼いのか」
「いえ、もうすぐ十二になります」
「では話せよう。弟はお前の後、家督を継ぎたがっているのか」
「それは・・・尋ねた事が、ありません」

次に呆気に取られ口を開けるのは俺の方だった。
では何か。
この男は確かめもせず弟が継ぎたがっていると一人勝手に思い込み、家督を譲ろうとしているのか。

「テギョン」
「はい、大護軍様」
「先走り過ぎておらんか」
「けれど弟が後ろ指を指されるのは、我慢なりません」
「・・・テギョン」

判った気がする。こいつは。

「気付いているか」
「何に、でしょう」
「お前を雁字搦めにしているのも、その弟を見下しているのも、お前自身だ」

突き放した俺の物言いに、縁側のテギョンの顔色が変わった。

 

 

 

 

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3 件のコメント

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    弟のため、弟のためって
    頑張りすぎたかな?
    そうね 弟にはなんにも
    聞いてないね。
    弟からすれば ただ立派な兄にしかみえないかも
    まわりの目を気にしすぎなのは
    テギョンさんだね。
    カウンセラーウンス これが狙いでしたかな?

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    単刀直入な分、ヨンのカウンセリングは的確ですね!
    テギョン君、自暴自爆になっていたのかな。
    意外と「案ずるより産むが易し」かもしれませんね~
    この時代の身分制度はハードルが高そうですが、ウンスにとってはナンセンスですよね。
    なんせ元は「天界人」、王様にも加減しませんからね~
    テギョン君の心に刺さった棘を纏めて引っこ抜いてくれるかも…
    ヨンとウンスがタッグを組めば百人力ですよ。

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    ウンスの狙いはそこだったのか?確かウンスは心理学やっていたよね?間違えていたらごめんなさいm(__)mテギョンさんとヨンアを鍛練?で合わせるのが狙い?ヨンア家系は凄い家系よね?テギョンさんと似た感じの…だからヨンアに頼んだのかな?分かりません(T-T)ありがとうございますm(__)m

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