2016 再開祭 | 木香薔薇・廿玖

 

 

師叔の小言の意味も、シウルとチホの怒りの理由も判らない。
けれど何より判らないのは、俺に向けられたヒドの軽蔑の眼。

腰抜けが。何故此処まで言われなければならないのか。
それも今までの誰より長い付き合いの、実の兄とも家族とも思っている男に。

だが俺が怒りを露わにする前に
「ちょ、ヒドヒョン!」
「おいヒド、そりゃおめえ」
「ヨンの旦那が悪い訳じゃねえよ!ちょっと言い過ぎじゃ」

さすがに周囲の男達が慌てた様子でヒドの過ぎた言葉を諫める。
そんなものは何処吹く風と、ヒドは俺だけを見てせせら嗤った。

「虎も飼い馴らされれば猫になる」
「・・・ヒド!」
「図星か。悔しいな、ヨンア」

俺が椅子を蹴り立って墨染衣の襟袷に手を伸ばした刹那。
其処へ触れる前に動きを読んでいたヒドが、黒鉄手甲の手で払い除ける。

互いの動きで大きく揺れた卓の上から、茶碗が床に落ちて割れた。

払い除けられた隙に逆手を伸ばしそのまま奴の腕を掴もうとしたところで、奴は肘を立てて防御に出る。
立てた肘を擦り抜けてその手首を握り締め、捩じり上げて動きを封じる。

捩じり上げたヒドの二の腕越しに睨み合う俺達に、止める暇さえなかった他の奴らの動きと声がようやく追いついた。

「おいおいおいやめとけ、怪我するぞ」
「勘弁してくれよ、ヒョンも旦那も」

師叔とシウルが言いながら握り締めたこの指をようやくヒドの腕から解き、俺とヒドとを分ける。

「落ち着けって旦那。ヒョンは敵じゃねえだろ」
「て、大護軍、座りましょう、ひとまず」
チホとトクマンが慌ててこの背に駆け寄り、どうにか俺を卓から向うへ手の届かぬ処まで引き離す。

「俺に掴み掛る気概はあっても、女房は好き放題の野放しか」

四人がかりで分けられた後も、ヒドの憎まれ口は止まらない。
此方を挑発するように、卓向こうから、次はその眼が嗤う。

「だから腰抜けと呼んだ。それの何が悪い」
「黙れ!」
「ふざけるな、怒鳴りたいのは俺だ!!」

怒鳴った俺にヒドが吼え返し、その怒号に他の三人が凍りついた。
俺ですら久々に聞いた。こいつの本気で怒った、感情の籠った怒鳴り声を。

「お前の女房に、何故そんなふざけた男が近寄るのを許す」
「あの方にはあの方なりの事情が」
「大した事情なのだろうな。亭主の心情も構わんくらいだ」

ヒドが本気で激昂すれば、その勢いは俺でも止めるのに難儀する。
奴は呆気なく師叔とシウルの防御線を突破すると一歩で卓越しに寄り、もう一度此方を睨みつけた。

「甘ったれるなと言っておけ。無傷で生きている者はおらん。心の病だか何だか知らんが、医官だから何をしても許されると思うな。
おまけにお主にその男の鍛錬をつけろだと。冗談も休み休み言え。
最も大切にすべき者を蔑ろに誰にでも良い顔をして、他の患者の面倒ばかり診るのは、その大切な者をあの女自身が一番傷つけているとな!」

師叔らを突破した勢いのまま黒鉄手甲の拳を叩きつけた卓が、鈍く重い音で大きく軋む。
あと二回も叩けば、分厚い天板も真二つに割れるだろう。
そのヒドの眼は酔いでなく、深い怒りで赤く染まっている。

「ヒド」
「そんな女はお主の側には要らん。邪魔だ。お主がどれ程庇おうと、医の正道があろうと、俺はそんな女は弟の女房として認めん!!」
「俺は」

俺は、傷ついてなどいない。ただ心底不快なだけだ。
俺がそうしろとあの方に無理に頼み込んだ事がある。
道を曲げろと。そうでなければ、生涯悔いを残すと。

「あ、あのさ、旦那・・・」
シウルが振り払われたヒドをどうにかもう一度押さえ込みながら、遠慮がちに呟いた。
「俺、天女は大切だけどさ。それは旦那の事が好きだからで」
「・・・俺もそうだ。旦那が大切にして、旦那を大切にしてくれてるから、守りたいと思う」
俺の背後からチホが小声で後を継ぐ。

「大護軍。俺だってそうです。確かに医仙のしてる治療は、立派かもしれないです、けど」
トクマンもどう言って良いのか判らぬように、考え考え声を紡ぐ。
「けど、何故それで、俺の大護軍が我慢しなくてはならないか・・・俺には、どうしても判りません」

それがこいつらの総意か。俺の分までこいつらが怒っている。
そして尚更まずいのは、この期に及んで聞いたその肚裡の声。
俺が大切だから、無条件であの方を守る。
俺を傷つけるなら、あの方への不満が募る。

そうではない、俺越しではなくあの方自身の為人を認めて欲しい。
しかし言っても判ってはもらえんだろう。
何故なら俺でも同じ事を思うだろうから。

奴らの選んで連れて来た女ならば守る。
奴らが命よりも大切だと言うなら守る、ただそれだけで無条件に。
何故なら奴らが大切だから。それ以上でも、それ以下でもない。

そしてもしも相手が奴らを裏切ったなら。傷つけたなら。
二度と許す事はない。例え本人が許そうと俺は許せない。

「先ずは話す」
「話して如何する」
ヒドの腹の虫は簡単には収まらぬらしい。
俺が言った途端に厳しい声が飛んで来る。
「またあの女に丸め込まれるのが関の山だ」

いつもなら女人と呼ぶヒドが、今はぞんざいに女呼ばわりする。
皆頭に血が上っている。唯一冷静でいるのは師叔くらいだ。
だからこそ珍しく酒も控え、同席してくれているのだろう。

俺の視線に気付き、師叔はこれ以上助けられんとでも言うような顔で首を振った。

 

 


 

 

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10 件のコメント

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    みんなのご意見はごもっとも
    そ、そうよね…
    ヨンなら若様の気持ちがわかるんじゃないかと…
    話し合いは 大事です。
    ウンスに丸め込まれようとも
    じっくり 気持ちをぶつけ合うのは大事です♥

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    ヒドの言葉にスカッとしました!
    同じ言葉をウンスにも
    言ってやって欲しいわ!
    此度の事件?では
    ヨンの態度にもモヤモヤです(-_-;)
    でも、ヨンの心を分かろうとしない
    ウンスが一番悪い!

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    今晩は、読んでる私が、ウンスに、対して頭に、来てる!どうにかならんかこの性格 !ウンスは、ウンスだけど。回りの者が、理解が想定出来無いと思う。ウンスは、バカ !ではないんだから 。もっとヨンの立場を、分かってやら無いと 、あまりにもヨンが、哀れだよ!

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    なんかウンスがすっごい悪女みたいになってるけど、
    さらんさんちのウンスさんは、
    自分よりヨンのことが大切な人ですよー。
    医者として一生懸命になってるだけじゃなくて、
    きっと何か考えがあってのことだと思うけど……。

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    すっげーーーっΣ(-᷅_-᷄๑)
    ヒドにいちゃんは、可愛い弟の気持ちを思って怒っとる
    群れた男達は
    純粋で純真…真っ直ぐで
    猪突猛進の男視点の
    惚れた男の我儘放題の…ヤンデレ達
    嫌…好きな崇拝する惚れた男のヤンデレ
    命のかけられ…かけると決めている相手が大切で、何故、ウンスが手を貸したかも、所詮は女の中途半端な優しさから手を出したと思ってるのか?なぁ
    色恋沙汰から
    嫌なものは嫌…本能か?
    自分より守りたい者がある人間はヤンデレおっさん達だけじゃないのよ
    早く、気がついてくれないかなぁ(>_<)

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    ああ、そうか。彼らが怒って、挙句に彼らの本音は、ヨンは確かわかっていなかったですよね。 今回、ウンスは、やけに首をつっこむな~とwそんなにお節介おばちゃん的な、雰囲気よめなさすぎのニブチンだっけ(失礼)と不思議でしたw チャラチャラいい顔して、て、思いますよねw で、そう思われることが、夫にどう影響するか考えないほど、身勝手? と。(ある意味、現代人だから身勝手ですが、高麗へきて、大分、学習したと思ったのですがww)まあ、この際、離縁するつもりで、一人で生きるつもりなら、好きなようにやってもよいかもしれませんけどね~(*´∀`*) でも、ウンスさん、確か二人で生きる覚悟だったはず。てことは、ただ医師として心配が唯一の理由、はありえない?ので、何かとてつもない事情があるのかな、と、思ってたw でも、ヒドのいう通り、特にこの時代、心の傷をそこまでたいそうなこと、と受け取らないでしょうし。何より、ちくちくとヨンの心が傷ついてることに、気がついているのやら、いないのやら。ふうむ。どう決着がつくんだろ~^^ 楽しみですね~~~ワクワク♡

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    久しぶりに来ちゃいました
    なんか結局はそれだとウンスは独りぼっち感覚に…
    自分のいた時代を捨ててまで
    ヨンの大切な女だから守るそりゃヨンとの付き合いの方長いから仕方ないけど、ヨンの邪魔になるならって…
    この高麗にウンスが頼れるのはヨンが唯一の存在なのに
    そんなウンスを選んだヨンはそこは我慢しないと患者は次から次へといるのにここで我慢出来ないならウンスとは無理!
    その想いをヒド達に言わないと
    私はウンスの味方です

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    みんなのヨンを思う気持ちは分かるけど、本音を聞くと、やはり寂しいです…
    ヨンと一緒に生きるために、全てを捨てて高麗に残ったウンス、
    極論、ヨンが苦しまない様に高麗の民を守りたいと、一心に医の道を究めようとする健気なウンス。
    そんなウンスの思いも知っているから、我慢しているヨン。
    そんな二人の想いを、腰抜け呼ばわりで誤解されるのは、やはり悲しいです。
    ウンスの高麗での「家族」は、ヨンだけではないですよね。
    皆にも目先の事柄だけじゃない、ウンスの深い想いを知って欲しい…
    高麗の民、一人一人の心の病が、積もり積もって高麗と言う国を亡ぼす。
    それらを癒そうとするウンスは、本物の上医になろうとしているのだと思います。
    ヨンの悋気もよく分かるし、男心に鈍いウンスにも問題ありですが、
    そこはよくヨンが言って聞かせ、フォローしてほしいです。
    そして皆にも誤解を解いてもらい、ヨンの願う通り、ヨンを通してだけじゃない、
    一人の人間としてのウンスも好きになって欲しいな、と思います。
    サランさんのヨンとウンスは、とっても深い想いに溢れているから
    ついシリアスになってしまいすみません~;;

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    ここまできたらウンスの誤解を解かないと…ウンスがやりたい放題してる理由とかヨンアのウンスの行動に対する本音とか周りは見たこと聞いたことに憤慨してる…周りはウンスやヨンアを勘違いしてる…ヨンアはせめてウンスの誤解をとかないと…ウンスは分かっていると思うな…違うかな

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