2016再開祭 | 桔梗・拾参

 

 

無言で研究所の廊下を歩く私の横、ユン刑事は興味深そうに廊下の左右に並ぶドアを眺めている。
「・・・勝手な人だな」

怒りのあまりぞんざいな言葉遣いになった事を咎めるでもなく、ユン刑事はお義理のように頭を下げてみせた。
「申し訳ありません。ユご夫妻がいらっしゃると返事を頂けたのが昨夜遅い時間で、教授にご連絡する事が出来ずに」
「それを言ってるんじゃない。誘拐の被害者家族に必要のないショックを与えるのが勝手だと言ってるんだ!」
「必要のないショックですか」
「そうだろう!昨日も言った筈だぞ。あの書簡をユ・ウンス氏が書いた訳などない。書ける訳がない。
書いていたなら、この世の歴史と時間軸の全てが無意味になる!」
「まあまあ教授、落ち着いて下さい」

声の響く廊下で叫んだ私を落ち着かせるよう、ユン刑事が肩に手を掛ける。
それを思い切り振り払い、私は彼を睨みつけた。

「刑事なら何をしても良いのか?!家族のショックや悲しみはどうなる?
犯罪被害者の会に任せて、カウンセリングでも受けさせればそれで済むのか?どこまで傲慢なんだ!!」
「それなら傲慢なのは教授では?まだ資料映像も確認せずに、ユ・ウンスさんの筆跡の確認前から無関係と決めつけている」

ユン刑事は手を振り払われたのは気にしないような顔で、私の言葉を慇懃無礼に正した。
「だから昨日も言ったろう、書ける訳がない。3・・・いや既に4日だとしても、4日前に足取りの途絶えたユ・ウンス氏の手紙は、500年以上前に発見されているんだ。
私が担当したのは8年前、その前には前担当調査員が調査している。そうして何年もの間、文化財庁で受け継がれている資料なんだ!!」
「教授。確かに関係ないでしょう。昨日お伝えした通り99.9%関係ないと、私も思っています」

一瞬の無音の静寂が訪れる。

歩く人間が途絶え、左右の全てのドアはしっかり閉じ、しんと静まり返る廊下で、向き合うユン刑事が突然懐に入って来た。
余りに素早い動きについて行けず次の瞬間、考えたくないが、まるで恋に落ちた恋人同士がキスを交わすほど間近にその顔があった。

互いにキスを交わす意思がない証拠として、ユン刑事の拳が私の締めたネクタイごと襟首を掴み上げている事に気がついて、何故か妙にほっとする。
この男とキスするなら、こうして掴みかかられた方がマシだと。

「昨日も言っただろう。99.9%だって。100%じゃないんだよ。100%だと判るまで諦められない。刑事なんてそんなもんだ。
どれ程あり得ないと思われようと、可能性がある限り調べる。執念深くなきゃやってらんないんだよ。
俺らが諦めたら、誰が被害者を忘れずに、とことん真実を探してやれるんだ」

次に昨日の人を喰ったような柔和な表情に戻り、ユン刑事は今見せた顔が嘘だったように拳を解く。
そのままこの胸元の乱れたシャツの襟と、捻じれたネクタイをその手で撫でて直す。

「ですから教授、御立腹でしょうが、どうかご協力を」

最後に整えた胸をポンと叩く、謝罪にしては力が強過ぎる。その声に何も返さず、私は黙ってもう一度廊下を歩き出した。
非公開の資料の閲覧手続きの為に、廊下の先の事務局へ。

 

*****

 

ドアを守る警備員は、手渡した来客の閲覧許可の書面を几帳面に数回確かめた後、ようやく入室を許してくれた。
何度来ても入室者に不思議な圧迫感を与える室内。
相変わらず小さな笑い声も聞こえる気がする。
文化財庁にこうした倉庫は多く存在するが、こんな感覚に襲われる部屋は滅多にない。

「ユさん。こちらが確認頂きたい書簡です」
ガラスケースの列の中、例の書簡の保管ケースへと案内する。
「詳細な記録は残っていません。発見年は1395年と言われています。発見場所は李氏朝鮮太祖、李 成桂建立の宗廟です」

やはり無駄足だった。そう思わせるのが心苦しいと思いつつ、この手でガラスケースの中の書簡を示す。

覗き込んだ瞬間、父親らしき男性は無言で女性を振り返った。
母親らしき女性は口を押さえ、ケースの前の床に膝をついた。
それ程落胆したのだろう。無理はあるまいと思った時、女性の予想外の反応に、室内の全員が女性をじっと見た。

女性はケース中に収納した書面と視線の高さを合わせ、指紋一つなく磨かれたガラスの表面を何度も指でなぞる。

「馬鹿なんだから・・・馬鹿なんだから、この子ったら!」

そう繰り返しながら、まるでその中に収められた書簡ではなく、何か大切なものを慈しむような手つきと声音で。

「あ、あの、お母さん」
ソン・ジウさんが困った顔で、その床に膝をついた女性の横に同じようにしゃがみ込む。
女性はソン・ジウさんに目もくれず、ただケースの中の書簡を見つめ続けたままでようやく言った。

「これはウンスです。あの子の字です。間違いないです、信じて下さい」
「・・・え?」
ソン・ジウさんは声を失くし、女性の顔を凝視する。
女性は泣きながら、肩に掛けたバッグから一通のカードを取り出した。
「今年のオボイナルに、あの子にもらったカードです」

ありふれた、季節ごとによく売られているグリーティング・カード。
Happy Parents’ Dayの文字とカーネーションの写真をプリントしたそのカードを開いて、我々に見せる。

아버지, 어머니, 사랑해요. 항상 건강하세요.

お父さん、お母さん、愛してます。いつも健康でいてください

そんな手書きの一言で始まる筆跡は、確かにこのガラスケースに収められた書簡のものと酷似している。
詳細は鑑定が必要だろう。思い込んではいけない。しかし最後の本人のサイン。

은수

そのチャウムの丸は、書簡の署名と同じく黒く塗り潰されていた。

 

 

 

 

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2 件のコメント

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    両親がわかって良かった様な、これから待ち受ける娘はもう今の世にはいないという現実を受け止めるとなると……
    遣る瀬無い思いとはこの事なんだろうか…
    そして、ここまで保存出来たのはやはりイソンゲの一族に託したのか、ヨンとウンスのここまでの経緯の続きが気になります

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