2016 再開祭 | 卯花・後篇

 

 

「ううん。医者なんてみんなそんなものだと思うけど・・・患者の状態が悪い時は付きっ切りだし、何かあるとすぐ起きられる。
でもそういう時以外は枕に頭が付いた瞬間に寝ちゃうし、よっぽど何かない限りは朝まで起きない」

私の説明に頷くと、タウンさんは諭すように教えてくれた。
「兵は余程の事がない限り、高鼾で眠りこむ事は滅多にありません。
寝るというのは無防備な状態なので、そこを敵に襲われれば防ぎようもないですし」
叔母様の懐刀として頼りにされてきただけあって、 その説明には迫力がある。
「ましてや大護軍は内気も操る方ですから。静かに眠って当然ではあるのですが・・・」
「ですが?」
「本当に、眠っていらっしゃいますか」
「ほんとに?って、狸寝入りってこと?」
「そこまでは申しませんが」

私の飛躍した言葉に苦笑いして首を振ると、
「もしやウンスさまが大護軍のご様子を見るように、大護軍もその時ウンスさまの気配を感じて、目を覚ましておられるのではないかと。
ウンスさまがご心配で、大護軍の寝息や心音を確かめておられる時に。だから尚更、静かなのではと」

タウンさんはそう言って、もう一度台所の裏扉を見る。
何かそこにあるのかと私も続いて確かめるけど、何も変わったところなんてない。

風を通すために半分開けたその扉から見えるのは、いつもの裏庭。
春に芽吹いたやわらかい薄緑の葉っぱが、風に揺れるだけだった。
そこから続く裏木戸、そしてその向こうに皇宮に続く丘が見える。

「ウンスさま」
タウンさんはよそ見をしてる私を呼んだ。その声に視線を戻すと
「ウンスさまは本当に女らしいのですね」
そう言ってクスクス、小さな声で笑いだす。
「まっさかぁ!」

予想もしなかったタウンさんの言葉に驚いて大声が飛び出す。
「自慢じゃないけど高麗に来る前から、気が強くて有名だったのよ。
可愛げがない、そんなんじゃ嫁の貰い手がないって、何度お説教されたか数え切れないくらい」
「そうなのですか」
「そうよー。でも外科医は完全な男社会だし、手術は体力勝負で、女じゃ絶対勝てないから。
どんどん気が強くなってくのもしょうがないの。黙ってばっかりじゃモンスターペイシェントにいいようにされるしね?」

あの頃の自分は、確かに毎日ピリピリしてたと思う。
したくもない口ゲンカもしたし、大きな手術のカンファレンスで理論武装して、同僚や時には教授相手に自分の術式を認めさせたりもした。
だって黙ってるイコール馬鹿だったから。
うっかり黙ったりしたら、全く身に覚えのない噂話を流されたり、犯した覚えのないミスまで自分のせいにされたから。

あの時、私の周囲にいた味方は数える程度の看護師と、そして同じ環境の学生時代からの女医仲間や、女性の先輩ドクターくらい。
見た目は女、中身はオヤジ。そう言われたことはあっても、間違っても女性らしいなんて言われた記憶はない。

「ウンスさま」
タウンさんは昔を思い出してる私に呼び掛ける。
「女性らしいとは出来なーい、わからなーい、と甘ったれた鼻声を出すのとは違うのです」
その凛々しい声、きりっと濃い眉、引き締まった表情。

「大切な方には乱れた寝姿を見せたくないと思う心がけ。その方を心配して、夜中にこっそりと心の音を確かめる心遣い。
それこそが本当に女らしい振舞いだと、私は思います」
「・・・そ、それは」

そんなはっきりと断言してもらうと、困っちゃうし照れちゃう。思わずほっぺを熱くする私に
「けれど、いつまでもそれでは疲れますね」

と、タウンさんが優しく言った。

「良いのですよ、きっと。鼾をかいても歯軋りをしても、大護軍がウンスさまに呆れたり、ましてお嫌いになる事などあり得ません。
最初は決まり悪いでしょうが、一生の事です。これからご一緒の年月の方が、ずっとずっと長くなります。
気にし続けていたら、ゆっくりお眠りになる事も出来ません。そんな無理が祟れば、結局大護軍が誰より辛い悲しい思いをされます。
気にせずに、ぐっすりお眠りなさいませ」
「・・・うん」
「ウンスさまが滅多にはお起きにならないなら、大護軍もウンスさまが寝ておられる時、鼾や歯軋りをされておられるかも」
「そうかなあ」
「かも知れませんよ」

安心させるように、そう言ってくれるけど。
「でもね?」
私たちの事をよく知っててくれる力強い味方のタウンさんにでも、言いたくなっちゃうのが私の悪い癖。
「でも、あの人が普段と違う寝方をしたら、私絶対気付くと思う」
「そうなのですか」
タウンさんは優しい視線で私をじっと見た。

それにだけは自信があるから、今回は迷いなく頷けるわ。
「うん。絶対よ。だって、あの人の事しか知らないもの。あの人が横でどんなふうに眠るか。
肌に触れた時の温度とか、ノドにすり寄った時の脈拍数とか、えーっと・・・寝る前の・・・運動量、とか・・・
その時の汗の量とか、呼吸とか・・・いろいろと」
「・・・確かに、それはウンスさまにしかお判りになりませんね」

なんとなーく、なんとなーく察してくれたんだろう。多分私が今、耳まで真っ赤になってるから。
ドクター同士や看護師を交えて、患者の病態や生活習慣を話し合うのとはワケが違う。
それでも自信があるもの。あの人しか知らない分、あの人が普段と違えば、絶対に分かるって。

私はきっと体にも心にも、あの人専用のセンサーが付いてる。あの人に何か異変があれば、ビービー鳴って知らせるみたいな。
あの人にも、きっとそれと同じものが付いてるんじゃないかと思う。

「ベ、別に、そういう色っぽいことだけじゃなくて!でも」
「・・・さようでございますね、ウンスさま」
私が慌てて否定しようとすればするほど、タウンさんも耳まで赤くして、困ったみたいに視線を外す。
そして今回もその目が裏扉の方を向いてると思うんだけど、気にしすぎなのかしら。
「あ、ああ、もうこんな刻です」

外の景色を見たのは初めてじゃないはずなのに、タウンさんが急に取って付けたように大声で言うと、ポンと両手を叩いた。
「早く昼餉を拵えましょう。大護軍もきっとお待ちです」
「うん・・・」

そそくさと野菜を入れたままの水桶の前に戻るタウンさんに、私はそれ以上何も言えずに頷いた。

でもきっと分かるもの。心の中で、もう一回だけ呟いて。

 

 

 

 

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