2016 再開祭 | 嘉禎・20

 

 

PCで調べるには、限界がある事に気付いた。必要な情報を検索し始めてすぐに。
医学書だって無料ってわけにはいかない。電子書籍だって有料なのは分かる。
だけどクレジットカードでの購入は出来ない。

これなら専門店で現金で買った方が良い。
重くても高麗に運んだ方が、何度も読み返せる分お得だわ。
電気のない高麗に、PC持ってくわけにはいかないし。

抗生剤。輸血。点滴。その生成と代用方法。チューブや針。
持って行ける?どうやって手に入れる?逃げ回ってる私が?

医師免許はまだ有効。それなら医薬品の問屋に掛け合ってみる?
あの頃の病院と付き合いのあった医療メーカーの連絡先を調べる。
ダメでもともとよ。掛け合う価値はある。

点滴針はいざとなったら、巴巽村の鍛冶さんに頼み込んでみよう。
出来るだけ細く。鍛冶さんならきっと作れる。
抗生物質の初歩はチャン先生が作ってくれた。
先生の処方に間違いがあった事はない。麻酔も消毒薬も。きっと大丈夫。

効率的なペニシリンの精製。外傷での大量出血や手術に備えた輸血。
その為の血液型の確認方法。抗血清が手に入れば楽で嬉しいけど。
時間がある間に、出来る限りみんなの血液型を知っておきたい。
そうすれば万一の輸血の時、あわてなくて済む。

私の血液型はO型。誰にでもあげられる血液型で良かった。
でも出来れば完全一致が望ましい。それに血清は役立たない。
誰かの血液を遠心分離して、血清を使えないかな。
それなら遠心分離機が必要。旧式だけど、手回しの遠心分離機が一番確実よね。

冷却は・・・仕方ない、氷をもらうしかないわ。
遠心分離機の構造なんて、どこかに載ってる?
点滴は、チューブとパッケージの入手と代用方法。
リンゲル液なんてわがまま言わない。生理食塩液でいい。

あの時だって・・・

思い出して、背中がひやりとする。
敗血症で倒れた時にすぐ点滴が出来れば、この人はどんなに楽だったか。

高麗にあるものだけでどこまで代用できる?
パッケージは、熱湯消毒した瓶。あの時代ゴムはあるの?
記憶を辿っても見た覚えはない。
もしもあるなら、容器の密閉もチューブの作成も可能だろうけど。
ゴムの歴史。コロンブス、ハイチって言葉で目の前が暗くなる。
カリブも無理なら、時代も150年先。

今夜ビジネスセンターが閉まるまで、あと2時間ちょっと。
猛然とキーボードを叩く私の手元とモニターを交互に覗き込むこの人の瞳が、驚いたように丸くなる。

 

*****

 

この方の細い指が、小さな薄い四角の上を音高く跳ねまわる。
目前の絵が次々と移り変わり、この方に教わった不思議な文字の羅列や、見た事も無い模様が次々浮かぶ。

この方は必要な部分なのか、指先で追うように絵を撫でる。
そうかと思うとしきりに椅子を立っては紙を手に戻って来る。
お手上げだ。俺では何一つ助ける事は出来ん。
こうしてじっと眺めている、それ以外には手立てがない。

しばらくそうして跳ねまわった小さな手がふと止まる。

そのまま天井へ伸びをして、この方は大きく息をついた。
そしていつの間にか分厚くなった紙の束を卓上で揃え、胸へ抱えると俺へ向けて笑んだ。
「お待たせ」

首を振る俺に頷くと
「ご飯食べに行こう」
その小さな手が握った紙の束を、片手で静かに奪う。
奪った紙の端が、手の薄皮が切れる程鋭い事に驚きながら。

 

「さてと、ヨンア」
宿を出た足を止め、この方は俺を仰ぐ。

すっかり暮れた筈なのに、やはり空は藍色のままだ。
天界に夜は訪れぬのか。これ以上昏くはならぬのか。
では人々は、この明るさの許でどうやって眠るのか。

目の前を過ぎる馬車の光の流れは、途切れる事も無く煌々と夜を照らしている。
「お腹すいたでしょ、さすがに」

目にする総てが珍し過ぎ、とてもではないが腹具合に気が回らない。
それでもこの方には、何か食って頂かねばならん。
さもなくばまた不機嫌になる。機嫌を損ねたこの方の扱いは難しい。

無言で頷くと、嬉しそうな笑みが戻って来る。
やはり相当腹が減っているのだろう、この方ははしゃぐように言った。
「今の時間は閉まってるお店も多いし、選択肢はあんまりないの。
飲み屋さんが多いかな。明日はおいしいもの食べようね?」
「イムジャ・・・」

相変わらず、何をしに天界へいらしたか忘れているらしい。
酒を喰らうためでも、美味い飯に舌鼓を打つためでもない。
早く喰い、明日に備えて眠り、一刻も早く高麗へ戻らねばならん。
天界で過ごす初めての夜、眠れるかどうかは別として。

あの寝台ならこの方はよく眠れるはずだ。
夜通し俺に柔らかい塊を投げつけたり、飛び跳ねて遊ばぬ限り。
「だって、ヨンアに楽しんでほしいじゃない。せっかくだもの」

この方はそう言って、光の川の中へと身を乗り出して手を振った。
程無くして音高く眸の前に停まった馬車の扉を開け、愉し気な明るい瞳が振り返る。
「今夜は屋台に行こう。見せてあげるわ、今の韓国の庶民の生活」

 

 

 

 

5 件のコメント

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    なかなか来れるところじゃないもの
    観光観光~ って 感じですかね。
    ヨンにとってみれば 外国に来たような感じでしょ
    さっぱり わかんない
    とにかく ウンスが いきいきとしてます
    高麗に居る時よりも 楽しんでるように見えるのね
    ( ´艸`)

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    さらんさん、こんばんは❤️
    ウンスは必要なものを揃えるのに下調べと収集に
    そして代用品など頭の中でフル回転ですね。
    ヨンとしてはパコソンにキーボード 初めて目にするもの全てに戸惑い不思議でしょう!
    天界の文字とは分かっていても読めないし…
    紙の質までにも驚くヨンが可愛い❤️
    まさか枕投げで一晩明かすって事はw
    一緒に柔らかなベッドで隣に寝てあげてね?❤️
    まぁ眠れるかは別としてね?*(\´∀`\)*:
    初めてタクシーに乗って目指すは韓国の屋台、そこでもヨンはカルチャーショックかしら。

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    ウンスさん
    気持ちは良―く分かるけど‥
    現代の道具は持って帰らない方が良い
    のでは?
    違う時代に戻ってしまうかも(^^;
    キーボードを打つウンスを見てる
    ヨンの顔を想像するだけで笑ってしまいます(^^)
    ウンスさん~
    ヨンに美味しい韓国のお酒を
    飲ませてあげてね❤

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    デートっぽくなってきた‼韓国の味付けにもびっくりするのかな?最初に高麗に来たときにウンスは味が薄いって言ってましたもんね。
    このお話はパラレルってわかっていますが、この際にシンドンのことも調べちゃえばいいのに!と思ってしまいます(笑)あとは、何かみんなにお土産を(笑)呑気すぎますか?(笑)

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