2016 再開祭 | 卯花・結篇(終)

 

 

裏の丘から呼ぶように響く声は小綬鶏。
時折空から庭を横切る影を落とす長玄昉。
庭の奥、小さな水場で鳴くのは大瑠璃。
裏庭の木立の枝を揺らして跳ね回る黄鶲。

姿に惹かれて足を止め、鳴き声に耳を傾ける。
春にはそんな密やかな愉しみ方もある。

囀る小鳥の声に惹かれて裏庭へ廻り、宅の壁伝いに足音を忍ばせて進む。
己の宅の裏庭を歩いているのに、悪事を働いている訳でもないのに、こんな時何故人は日陰を選んで歩くのか。

北西に当たる裏庭は、表の庭より花が少ない。
しかし年を経た木立は新たに木々を植えた表庭よりも大きく、静けさを引立てている。

麗らかな春の陽の下で日陰日陰を選んで進み、近付いた厨の裏扉。
俺の小鳥は厨内で、タウン相手にとんでもない事を囀っていた。

「コムさんって・・・イビキ、かく?寝言とか、寝相は?」

通気の為に半ば開け放った其処から聞こえて来るあの方の声。
しかし穏やかに微笑んで聞いていられるのは其処までだった。
次に飛び出した声が男と雑魚寝だの、誰がしかに会う為に家へと戻るようにしていただの。

腹立ち紛れのこの足許で、小石が擦れ合う音がする。
下らぬ立ち聞きなど止めておけという事かと、踵を返し表庭へと戻ろうとした途端。

「あの人ね」

ようやく他の男の関わった胸糞悪い回顧ではなく俺の事を思い出して下さったらしいと、機嫌を直して足を止める。

「すっごく静かなのよ、寝てる時」

漏れ聞こえる・・・正確には耳を欹てるその話の中身から察するに、ご自身の寝姿を気にしているのだろうとは判る。
正直に口にすれば、叔母上やマンボやタウンには聞き咎められるかもしれん。
しかし、あの方の心情が全く理解出来ん。

その合間に相槌を打ち、あの方を宥めるタウンの言い分の方が余程まともに聞こえる。
鼾が何だ。寝言が聞ければ嬉しい程だ。他の男の名でなくば。

乱れた寝姿など見た事はない。
月夜の寝顔は透き通る程儚く、闇夜の蝋燭灯りの中で月より淡く輝いている。

腕の中、小さく穏やかな寝息を一晩中聞いていたいと思う。
だがそれをすれば翌朝に響く。
寝不足が乱れた脈で露呈しそうで、そんな事で煩わせるのが厭で、あなたが寝入るのを見届けてから瞼を閉じる。

毎晩同じ事を願う。今宵もう一度、その夢の中で逢えるように。
叶わぬなら明日の朝、その瞳に最初に映るのが俺であるように。

眠りに落ちる己が静かだったのは初めて知ったが、兵が暢気に寝扱けるなど聞いた事も見た事もない。

その時表庭から続く径に気配がし、次に丸太ほどの太い両腕に薪の山を抱えた大きな影が壁の角から現れた。
抱える薪の隙間からこの姿を見つけた男が、少し驚いたように微笑み

「あ、ヨ」

呼び掛けた瞬間に二歩で飛び付き、視線でその口を塞ぐ。
男は薪を厨先の薪置き場へ積むと、首を傾げ無言で此方に尋ねた。

折良く、若しくは折悪しく。

その時厨の中から
「コムは、眠る時は大の字で。両手両足を広げて寝ます」
そんな奥方、タウンの声がした。
大の字の寝ると暴露された男は、髭の隙間に覗く頬を赤らめる。
そして俺に向け、首だけを懸命に振って見せた。

全くだ。何故女人というのは相手の居らぬ処で、こうも明け透けに噂話に興じるのか。
聞きたくもない昔の男の話。そしてコムの、俺の内輪の暴露話。
しかし漏れ出る声は止まらない。

痣を作ったというタウンの話に横の男に眸で問うと、コムが苦笑しつつ己の脇腹を太い指で差す。
タウンの蹴りで出来た痣。
この分厚い体でなくば、確かに肋骨の一本二本は持って行かれたかもしれん。

兵は余程の事がない限り、高鼾で眠る事は滅多にありません。

タウンのその声には、俺もコムも同時に深く頷く。
コムはその指で厨を指し、
「タウンも」
と、聞こえぬ程の囁き声で言った。

一度染み付いた慣わしは、武閣氏を辞そうが剣を手放そうが簡単には忘れぬと言う事か。

狸寝入りの下りでは、コムが俺に目で問うた。
した覚えはないと曖昧に首を振る。
しかし確かにどれ程深く寝入ろうと、あの温かな体が身動ぎすれば、この腕を伸ばしている気はする。
そうでなくば毎朝あの方が腕の中にいる理由の説明がつかん。

万が一間違って、寝台から転げ落ちぬよう。
掛布を剥いで夜気の冷たさに晒されぬよう。
瞼を閉じ眠りに落ちる寸前に、その深い寝息を耳に、柔らかな髪に頬を寄せ、そう思ってはいる。
それが理由で寝たまま抱き締めているなら、己を褒めてやりたい。

そして女らしいと褒められ、あの方の赤くなった顔が眸に浮かぶ。
そのタウンの声に、コムも破顔して頷いている。

鼾も歯軋りも構わない。先は長いのだから。
あの方が無理をすれば、俺が辛く悲しい。
そんなタウンの説得の声に、裏扉の脇で男二人は雁首揃え、無言で大きく頷いた。
さすがに元武閣氏剣戟隊長、叔母上の懐刀、そして俺達をよく知るだけの事はある。
一から十までその通りで、俺の言いたい事を口伝に全てあの方に伝えてくれる。

頼りになる女人だとその伴侶を視線で確かめると、奴は誇らしげな顔でタウンの声に耳を傾けている。
俺も恐らくあの方の声を聞いている時、そんな顔をしているのだろう。

正しい事を言えば嬉しく、困った事を言い出せば正したくなる。
コムの横顔に己を見るようで、厨から漏れる互いの大切な者の声に苦笑いを浮かべた刹那。

顎先の髭の下まで真赤にしたコムの団栗眼が俺を見た。

その眼で見詰められた俺は茫然自失の体で顔色を失う。

あの方の余計な、決して言う必要のなかったその声に。

「うん。絶対よ。だって、あの人の事しか知らないもの。あの人が横でどんなふうに眠るか。
肌に触れた時の温度とか、ノドにすり寄った時の脈拍数とか、えーっと・・・寝る前の・・・運動量、とか・・・
その時の汗の量とか、呼吸とか・・・いろいろと」

いろ、いろ。

一体何が色々なのだと、怒鳴り込んで行きたいのを堪えてどうにかその場に踏み止まる。

しかしもう聞いてしまった声を無かった事には出来ん。
コムは慌てて俺から目を逸らすと、巨きな体を曲げるよう深々と頭を下げ、小走りにその場を後にする。

そして俺は棒立ちのまま裏庭に一人取り残され、頭を痛める。

あの囀り続ける小鳥の黙らせ方。その口の塞ぎ方を。
ぴいぴいと煩いばかり。だから小鳥は一羽で充分だ。

最後の息を引き取るまで二度ともう小鳥など飼わないと胸の中、決意を再び新たにしながら。

そしてこの後コムとタウンに、うっかり耳にした失言を如何して忘れてもらうかと、出ても来ない策を練りながら。

 

 

【 2016 再開祭 | 卯花 ~ Fin ~ 】

 

 

 

 

皆さまのぽちっとが励みです。
お楽しみ頂けたときは、押して頂けたら嬉しいです。

にほんブログ村 小説ブログ 韓ドラ二次小説へ
にほんブログ村
今日もクリックありがとうございます。

にほんブログ村 小説ブログ 韓ドラ二次小説へ

4 件のコメント

  • SECRET: 0
    PASS:
    雛鳥は、ピイピイ鳴くから可愛いのよね。
    囁き過ぎているくらいなら、元気な証拠。
    裏庭で聞いて…!? 聞こえて…!?
    立ち聞きして!?
    ヨンの今の状況は、立ち聞き…かな。
    「偽嫁御」のとき、家で飼う小鳥は
    1羽で十分って言ってたヨンを思い出しました。

  • SECRET: 0
    PASS:
    可愛い雛鳥さんの
    おしゃべりは止まりません(笑)
    それだって 無いと ウンスらしくないかもね
    無いと寂しくなる時が来るやも知れません
    別に 悪口でもなく
    他の男の話でもなく
    愛しの旦那様のことなのだから
    赦してたもれ~

  • SECRET: 0
    PASS:
    いつも楽しく読ませて頂いています。
    色んなお話をほんとーに楽しませて頂きました。さらんさんのお話を読ませて頂く度にあぁ~シンイ好きだなあ~。ヨンやウンスねーさんはもちろんのこと、みんな(オリジナルキャラも当然)のこと大好きだなぁ~と感じます。
    このリクエストを話を楽しませて頂いたさらんさんに感謝を…。(このタイミングで合ってますよね?)ありがとうございました!!もちろんのこと、これからも楽しみにしています。

  • コメントを残す

    メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です