「・・・あのね、タウンさん。気にならなかったら、でいいの。答えたくないなと思ったら、無視してくれていいんだけど」
ああ、嫌だ。いざ聞こうとすると顔が熱くなって来る。
それって春で、台所の外の気温が上がってるから?それとも焚いたままにしてる台所のかまどの火のせい?
聞きたくてたまらないし、知りたくてたまらない。
だけどあまりにプライベートな質問すぎて、いざ面と向かうと聞くにもかなり勇気がいる。
シーソー状態のそれは、でも結局”聞きたい、知りたい”に傾いて止まる。だから思い切って顔を上げて切り出してみる。
「あのね、コムさんって・・・イビキ、かく?寝言とか、寝相は?」
「え」
思いもよらなかったんだろう、こんな質問だったなんて。
だけど気になるのよ。本当に気になる。
私の時代なら赤外線の録画機能付き防犯カメラとかで撮影しといて、翌日確かめたいくらい。
「私ね、医大時代から、まあ仕方ないんだけど・・・男子の多い学部だったのよ。
とにかく、女として見られてなかったから。
だから実習が立て込んだり、国家試験前なんてそのままゼミの部屋とかで、男子学生に混じって雑魚寝したり」
「ざ、魚寝ですか・・・ウンスさまが」
タウンさんの驚いたような呟きに、10年以上昔の自分が恥ずかしくなって来る。
だけど事実は変えようもないし。
私はもう一度俯いて、台所の床を爪先でモジモジなぞった。
「うん。その後のレジデント時代、そんな時は当直室があっただけましだったの。
当時は付き合ってる・・・つもりの相手もいたから、さすがにシャワーくらい浴びてから会いたかったし、当直以外はなるべく家に帰るようにしたし」
「・・・は、あ」
「だけどね?」
そう、だけど、なのよ。ここからが問題なの。
「だけど、そんな状況で、まともに男性とも付き合って来てない。
どっかに泊りがけでデートに行くような仲の相手もいなかったし、なーんにもないままだったから」
タウンさんは現代用語だらけの私の話でも、何となく言いたい事は分かってくれたようだった。
困ったみたいにオンニの顔で頷くと、からかうわけでもなく黙って 言葉の続きを待っててくれる。
それに勇気を振り絞って、要点だけは聞いてみる。
「だから知らないの。自分の寝相がどうとか、イビキがどうとか、寝言を言うのか言わないのか。
だって寝てるのよ?分かりっこないわよね?」
「え、ええ。それは、確かに」
「でもね?!」
そうよ。ほんとにそうなのよ。自然現象だから仕方ないって思ってくれるのか。そうじゃなかったら?
私は医者だから思えるわ。例えあの人が寝ながら・・・いろんな自然現象を起こしても、ああ元気で良かった、で済む。
寝言も、寝相も、イビキも、歯軋りしたとしたって睡眠時無呼吸症候群が起きるよりずっといい。
歯列矯正や耳鼻科治療が必要なくらいの重症でなければ、自然現象だもの。
でも。そう。そこが最大の問題なのよ。
「あの人ね」
「はい」
「すっごく静かなのよ、寝てる時」
私の突然の告白に、タウンさんはどう答えていいか分からないって顔で、ひとまず頷いた。
結婚して初めて気が付いた事。
私の旦那様はあんなに大きい体なのに、いったんベッドに入って腕枕をしてくれた後、静かに眠る人だった。
動かないわけじゃない。もちろん呼吸も確かめた。
胸に耳を当てれば心臓は動いてる。でも逆に、そうしないと不安になるくらい、ものすごく静かに眠る人だった。
迂達赤のあの人の部屋に一緒にいた時は、同じベッドで寝るなんてなかった。
一緒に横になったりはしたけど、いざ眠るとなるとあの人はふいっとベッドを出ていった。
部屋の隅の椅子とか、部屋の中の一段高くなった高床とか、窓の下の固そうな木の段にごろんと横になってそのまま眠ってたし。
私は私でベッドに入るとすぐに、意識を手放すみたいに眠ってた。
気が付いた時にはいっつも朝で、あの人はとっくに着替えも洗顔も終わったさっぱりした顔で
「飯を喰い逸れます」
とか言ってたし。
だけど、私は?
私は寝言を言わない?イビキかかない?寝相はいい?歯軋りしたり、まさか・・・まさか、よだれ垂らしたりしてない?
それまで気にした事なんて一度もなかった。朝起きて、ブランケットが床に落っこちてた時も。
ああ疲れてたのか、暑かったのか、寝てた時に蹴っ飛ばしたのか、そんなところだろうなあとしか思わなかった。
だけど一緒に寝るようになって、あの人がものすごく静かに寝るって知って以来、気になって仕方ない。
だってどう思う?新婚の妻が自分の横でぐうぐうイビキかいたら。一緒に寝てるのにひどい寝相だったら。
夜中に歯軋りで起こされたり、寝言で起こされたら?
この時代パジャマ代わりに着る部屋着は丈が長いから、お腹を出すようなみっともない事態は避けられるけど。
「だから・・・コムさんは、どうかなあって・・・」
タウンさんは私の質問に少し考え込むような顔をして、しばらくじっと考え込んだ後、
「コムは、眠る時は大の字で。両手両足を広げて寝ます」
と教えてくれる。
あの大きい体の両手両足を広げて寝るコムさんを想像して、私は目を丸くしちゃったようだった。
タウンさんは私を見ると
「最初は驚きました。どうしても布団からはみ出るので、風邪を引かせないように、どんな風に掛布を掛けようかと」
って、困ったように笑う。
「ですが慣れるものです。私も疲れた時、コムの腹を蹴ってしまうようで。
一度起きたコムの腹に、これくらいの」
タウンさんは両手の指で、直径15cmくらいの円を作った。
「大きな痣が出来ていて。
どうしたのか聞いたら夜中に私が蹴ったと、笑いながら言われました」
元武閣氏のタウンさんの蹴り・・・想像して、思わず
「肋骨が折れてないなら大丈夫よ。今はいくら蹴とばしても、私が診察できるし!」
と、何の助けにもならない声を返してしまう。
タウンさんは噴き出しながらも律儀に頭を下げて
「はい、ウンスさま。その時はよろしくお願い致します」
そう言った後に、
「ですからウンスさまが鼾をかこうが蹴飛ばそうが、寝言をおっしゃろうが、大護軍は気になどされません」
確信に満ちた声で言われると、少しは安心するけど・・・
私がやっと少し頷いた時
「ただ」
タウンさんは何か考える顔で視線を外すと、台所の裏扉をちらっと眺めて首を傾げる。
「ただ、なに?」
その思わせぶりな視線が気になって、心臓がどきんと跳ねる。
顔色の変わった私に安心させるよう笑いかけると、
「ウンスさまは、夜中に目を覚ます事はありますか」
そう小さな声で問いかけられて、私は正直に首を振った。

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安心して眠れてるんじゃ?
ウンスさん
朝までぐっすり
イビキをかこうが 歯ぎしりしようが
ヨンは幸せに感じるでしょうね。
ただ 寝言で他の男の名を呼ばない限り
幸せは永遠に♥
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自分では分からないんだから
そりゃー気になりますよね(^-^;
ウンスが知らないだけで
ヨン、寝相が悪かったりしてね!
タウンの蹴り…
コムだから笑って耐えられる(笑)
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さらんさん、最強に愉快なご発想♪
笑い続けて、お話読みました。
真面目な顔で聞いてくれるオンニのタウンさん。
ウンスの心配って、現代の女性たちでも
同じですよね(笑)。
ヨンとウンス…
コムとタウン…
この二組の夫婦を、想像しているだけでも、
幸せいっぱいの気分になりますよ♪