2016 再開祭 | 桃李成蹊・2

 

 

「あらぁ」

大音量で流れてる、無意味にはしゃいだアップテンポなBGM。
部屋中を眩しく照らしてる馬鹿みたいに大きな撮影用ライト。
すごい音を立てて次々に光るフラッシュ。

その効果を最大限に利用しようと立て掛けられたり、顔の下に設置した大小のレフ版。
その中をあちこち走り回ってる、スタッフやアシスタントさんたち。

TVドラマで見た通りなのねって、物珍しさに感動したのは最初だけ。
こんな面倒な事になるなんて、全然考えてなかったもの。

「見ぃーつけた、ウンスオンニ。今日も聞かれちゃったわよ」

撮影風景から離れて、スタジオの反対側の暗がりの中にぼーっと立ってる私の横に近寄って来る影。
メイクさんっぽい大きなブラシバッグを腰に巻いて、デニムとTシャツってラフなファッションで。
でも肩まで伸ばしてる髪はやけにツヤツヤ。
羽織ってるのは淡いベビーピンクの上質のコットンセーター。
Don’t ask don’t tellだし、個人の趣向だから聞かないけど。
その雰囲気からしていかにもな感じのアンナさんが、私の顔を横から覗き込む。

「なあに?」
「ヨンさん。ほんとに顔出し駄目なの?絶対?」
「・・・うん、絶対」
部屋中にあふれる人、人、また人。
明らかに撮影を重ねるたびに、その数が増えていってるのが分かる。

「うーん。でもさぁ、バックショットだけ限定って厳し過ぎない?もったいないわよ?
見てよ、見物のやじ馬がこんな増えちゃって」
「でもほら・・・あの顔でしょ?変に誤解されても困るし」
「ほんとに100%天然?どーっこもいじってないの?」

アンナさんは疑わしそうにそう言って、探るように私を見つめた。
「そう、100%」
これだけは自信を持って言えるわ。だって何しろ高麗時代からあの顔だったんだもの。
あの時代にあの顔も驚きだし、もし整形してたとしたらあの時代にそんなテクニックがあった事に驚きよ。
私は力強く頷くとはっきり言った。

「元整形外科医として言うけど、それは本当。第一もしよ?私がごまかしても、アンナさんこそすぐ分かるんじゃない?
毎日何人もメイクしてるでしょ?ヒアルロン酸やボトックスだって、フィラーとか、触れば分かるじゃない?
ましてや大々的に工事したら、手触りで一発でしょ」
「そうなのよ。だから不思議でさあ」

アンナさんは心底不思議そうな声で言って、私の顔からようやく視線を外す。
そのままレフ板とライト、そして目の前を塞ぐ人の背中と頭の向こう、こっちに背中を向けたあの人をじっと見つめる。

「だってあり得ないでしょ。あんなに似てるなんて。他人の空似じゃ説明つかないレベルだわ」
「・・・う、ん、それは」
「例え韓国、ううん、世界ナンバーワンの整形外科医に写真持ち込みしたって、あれ程そっくりの顔は無理でしょ、現代医学じゃ。その辺、プロとしてどうよ?」
「それは・・・それは、そうなんだけど」
「じゃあ何で?」

カメラマンの要求に応えてポーズを変えたタイミングで、ちらっと見えたあの人の横顔。
それを確かめながら、アンナさんは全然納得できない顔で首を振る。
「実は生霊とか?出生の秘密のある一卵性双生児とか?そのくらいのドラマ性を感じるんだけど、気のせいかしらーぁ?」

私だって知りたいわよ。芸能界に興味のなかった自分が恨めしい。
質問攻めにするアンナさんと、立ち尽くしたままどう言い訳しようかおろおろする私の横。
目前の人の山をかきわけて、スーツ姿の男性が1人静かに近付いて来た。

「・・・ユ・ウンスさん?」

探るような呼び掛け声に、私の耳がぴんと立つ。
何が知りたいの?あの時の誘拐事件?それとも・・・
「あのモデル・・・ヨンさんのマネージャーさんですか?」
スーツ姿の男性はそう言って、アンナさんと同じように黒山の人だかりの向こうのあの人を視線で示した。
「・・・はい」

私のヤマ勘なんてこんなもんよね。かすりもしない。
安心の溜息をついた後、自分の勘の頼りなさに苦笑いして頷くと、スーツ姿の男の人は上着の胸元に手を入れる。
そして内ポケットからカードケースを取り出して、カードを1枚抜くと私へ手渡した。

そこに書かれてる社名。
私でも知ってる芸能事務所の肩書に、私より先にカードを覗き込んだアンナさんの方が悲鳴を上げる。
「本当に?!本当にあの・・・」
ストロボ音にも負けない大きな声に周囲の人たちが振り返る。
慌ててその口を手でふさいで、もう一度カードをじっくり見る。

「はい。突然すみません」
その有名過ぎる事務所のスタッフと思えないほど礼儀正しく、男性がきちんと頭を下げた。
「急に言っても信じて頂けないと思うので、もしも良ければこの後、弊社においで頂けませんか。
まあ・・・映像媒体で幾度も紹介されているので、さすがにそこまで嘘はつけません」
「いえ、あの、そんな事より」

この名刺が本当でも嘘でも。この人がこの事務所のスタッフでもそうじゃなくても。
そんなの関係ないのよ。問題はただ1つ。
「何のご用件ですか」
「実はヨンさんの事で」
「はい」
「・・・単刀直入に言えば、スカウトに来ました」

勘が当たったのは当然。こんなの勘とも言えないわ。

その時、目の前の人の山が一斉にざわめいた。
何とも言えない気配に、手にしてたネームカードから視線を上げる。
そして目の前のスーツさんが背にしていた人の山に振り返った瞬間。

私とスーツさんの間に、急に真っ暗い壁が出来た。

背にしてた壁と目の前に現れた壁と、2枚にはさまれて潰れちゃう。
思わず目の前の壁に手をつくと、高いところから怒ったみたいな不機嫌極まりない黒い瞳が降って来る。
「ヨ、ンア。違うわよ?」
「何も訊いておりません」
「いや、だって思いっきり聞きたい顔してるじゃない」
「お静かに」

それだけ言って壁・・・ううん、背中を私に向けたままこの人は目の前のスーツさんに視線を戻す。
「誰だ」
「ああ、自己紹介が遅れて申し訳ありません。撮影後にと思って先にマネージャーさんにご挨拶を」
「で」
「僕はこういう者です」

さっき出したままだったカードケースからもう1枚ネームカードを抜くと、スーツさんがそれを両手でこの人へ渡す。
うーん。言えないけど、でも無駄だと思うわ。

案の定この人はそのネームカードを興味なさげに一瞥して、そのまま私の手に渡す。
くれた人の目の前で床にぽいっと投げ捨てなくなっただけマシ。

「この方に何の用だ」
「いえ、僕が用があるのはあなたです、ヨンさん。ユ・ウンスさんがマネージャーと伺ったので」
「ヨンくーん!!」

険悪な2人の向こうから、カメラマンさんが大きな声を掛ける。
「悪いけど、もうちょっとだけ撮らせて!急用?ブレイク挟む?」
「・・・いえ」

この人の御役目第一は、どこにいても変わらないのよね。
カメラマンさんの声に短く返すと、この人の大きな手のひらが私の手をぎゅっと握る。
そしてスーツさんを無視したまま人ごみの中を、レフ板とライトの方へどんどん進んでく。

目の前の黒山の人だかりが、嘘みたいにその進む道に従って割れる。
やだ、モーゼみたい・・・って、のん気に思ってる場合じゃないけど。

 

 

 

 

3 件のコメント

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    ウンスの悪い癖?で
    後先考えないで、ヨンにモデルの
    お仕事させたのですね(^^;
    何処に居てもぶれないヨン❗
    格好いいですねぇ❤

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    なるほど!モデル?!納得です。
    でもウンス一筋~(* ̄∇ ̄)ノ
    なにやら楽しげ今までにないお話ですな!
    アップ楽しみです~(///∇///)

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