「イムジャ」
呼ばれて振り向くと、あちこちに燈した防虫キャンドルの揺れる灯のむこうからあなたが手招きしてる。
横のタウンさんかマンボ姐さんに断ろうと思った時、あなたの指がその唇の前に1本立った。
分かったと頷いて出来る限り静かに立ちあがると、足音を忍ばせてあなたの側に近寄る。
周りのみんなにあれこれ言ってるマンボ姐さんは気付いてないだろうけど。
でもタウンさんの視線は確実に私を見つけた気がする。
そしてそのままあなたを見つけて、何も言わずに行かせてくれたはず。
だってキャンドルに照らされた横顔が、さっきより優しい笑顔を浮かべてる。
「どうしたの?」
タウンさんに声を掛けられなかったのをいいことに急いであなたに近寄って、灯の届かないところで向かい合う。
「少し歩きませんか」
そう言って握ってくれる指先。
「足許に気をつけて下さい」
指先に導かれて、石ころだらけの歩きにくい河原をゆっくり進む。
はしゃいだ笑い声や大きな話し声よりも、河の流れの音が大きくなる。
そこまでみんなと離れてから、あなたがゆっくり足を止める。
久しぶりの晴れの後、河原を吹く風は肌寒いくらい涼しい。
風に乱れた髪を指先で押さえて見上げると、黒い瞳が優しく笑う。
「お疲れさま、ヨンア。誕生日楽しむどころじゃなかったわね」
「いえ」
笑ったはずの黒い瞳は、すぐに申し訳なさそうな色に変わる。
「付き合わせて、申し訳ありません」
「良いわよ、大丈夫。媽媽に騒がないで下さいってお願いしたのも私なんだし」
あなたに笑いかけながら寒さに両腕をさすると、すぐに気付いた両腕が緩やかに私に回る。
長い両腕の中は広すぎて、私の体が泳いでしまう。
離れたくなくて腕を回してしっかり抱きしめると、 驚いたみたいな視線が降って来る。
そしてもう一つ思い出すのは、あなたと私の間に挟まれた胸の異物感。
すぐ気付いたんだろう、あなたの視線も次にそこへ動く。
「胸に、何か」
「ああ、うん」
そしまっておいた小さな箱を取り出そうと、抱き締めてた腕をほどいて一歩引いた時。
あなたはもう一度私の指先をしっかり握ると、そのまま懐の中に片方の手を差し入れて、中から小さな道具を出す。
この時代に来て初めて知った火打金。
あなたが起こした火花をモグサに移して、そのまま近くに落ちてた木の枝を燃やす。
私の興味津々な視線に気付いた瞳がにこりと笑うと、何故かその火は予想とは違う方向に移動する。
河原の大きな石が並んでる方へ動く、闇の中の赤い軌跡。
その火が移動した先は、そこに用意してあった防虫キャンドルの1つだった。
すぐに揺れ始めるキャンドルの灯、そして
「ヨンア」
平たい石の上に置いてある、小さなブーケ。
「・・・遅れました」
「だって、これどうしたの」
「昨日準備を」
「どこで?庭には咲いてないわ。それに典医寺も来なかったじゃない」
あなたは困ったみたいに笑うと、黙ってブーケを手渡してくれた。
キャンドルの灯に柔らかな影になった花束の中のまん中。
一輪だけ揺れてる、黄色い野菊。
そのまわりは君子蘭、富貴菊や鉄線、千日紅。カラフルな初夏の花が集められている。
「どうやって集めたの?こんなにきれいなお花」
「奥の手で」
「奥の手って何?どうやったの?」
それ以上教えてくれる気がないのか、質問攻めで困らせちゃったのか。
あなたは視線を空に投げて、ふうと息を吐いた。
「ある処へ忍び込みました」
「あるところ?」
「高麗で一番空に近い処へ」
「どこ?だから今日晴れるって、あんなに自信満々だったの?どうして先に教えてくれないの?
知ってたらもっと早く準備できたのに・・・」
こんな素敵なサプライズに負けないくらい、もっと早く準備したのに。
胸の中にまだ納まってる箱を思い出して、私はそれを取り出しながらキャンドルの灯った石の端に腰かける。
「あなたのサプライズには、かなわないけど」
箱をあなたの手のひらにそっと渡すと、その目がじっと箱を見る。
「開けてくれないの?」
私の声に思い出したように、あなたの長い指が箱のフタに掛かった。
静かに開けて中に入ってたプレゼントをつまみ上げると、透かすみたいにキャンドルの光で確かめて。
「・・・弽ですね」
「うん。革と、水牛の角で作ったって聞いたわ。私は詳しくないけど」
「美しい」
あなたは右手の親指にその小さなカバーをはめて、指先を私の目の前に見せてくれた。
「サイズは?大きすぎるとか、小さいとかない?」
「問題無く」
「あのね、昔習ったの。高麗や朝・・・うーんと、この時代の武士に一番大切だったのは弓の技だって。本当なの?」
「弓だけではないですが」
「あなたは大切な剣はもう持ってるし。他に何が用意できるかなって考えたら、これしか思いつかなくて。
槍とか盾とかじゃ、私には用意する方法も、買える場所も分かんなくて、でも」
言い訳じみた事を話し続ける私を黙らせるみたいに、あなたがカバーをしたままの手で私の頭をそうっと撫でる。
「本当に良い弽です」
そのまま髪の先まで指を滑らせて、感心したみたいに頷いた。
「髪に触れても絡まらぬ。丁寧に鞣されている証です」
「絡まったら、どうするつもりだったの」
「仕立て直しを」
「せっかくのプレゼントなのに?」
「あなたが一番大切です。触れて傷つけるものは困る」
そう言ってくれた後、何を考えたのか低く笑い始める。
「なあに?」
「金の輪と言い、弽と言い。指に縁がある」
「だって、身に着けられるものが良いんだもの」
「そうなのですか」
「うん」
その黒いカバーを外して大切そうに箱にしまい込みながら、あなたが先を促すみたいに私を見る。
「これから先。もしも私が一緒に戦場に行けない時が来ても、これがあなたを護ってくれるって思いたいの。
剣でも弓でも、あなたなら大丈夫だって知ってるけど、でも」
「イムジャ」
「・・・不安なの」
誕生日だから言える。誕生日だから伝えたい。
あなたが私にとってどれほど大切な人なのか。
今日だから言える。今日だから正直に言いたい。
生まれてくれたことにありがとうって。もう離れないでって。
これから何度生まれ変わっても、同じ空の下の私を見つけて。
一歩一歩に、足跡が分かるように印をつけて歩いて行くわ。
ついて来た小鳥に食べられるようなパン屑じゃなく、絶対に迷わない目印を残して行く。
「不安なの。離れたらどうしようって。やっと見つけて嬉しいのに、見つけてもらって嬉しいのに、離れたら」
ほんの一瞬でも離れたら。また見つけてもらうまで時間が掛かったら。
あなたが1人で悲しい思いをするなんて、絶対にガマンできないの。
せっかくの楽しい誕生日にしたかったのに、いつだってそんな不安が心のどこかにある。
でもあなたの生まれた日だから、感謝だけしたい。
生まれてくれてありがとう。
そして神様が本当にいるなら、お願いだけしたい。
これから何度でも逢いたい。
だけど時々不安が大きくなり過ぎて、息が苦しくなる。心が痛くなる。
だから頼れるものが欲しくなる。目印になるもの。消えない足跡。
あなたがすぐに私を見つけられるような、忘れずにいてくれるような。

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ウンスの気持ちに
ちょっと泣いちゃう くるくるでした。
ヨンのさぷらいずも ウンスのさぷらいずも
心にしみちゃう… (゚ーÅ)
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膨れ上がる人数に慰労会…
どうなる事かと思いましたが、2人抜け出してなんてステキなサプライズ
再開祭ならではのヨンに惚れ惚れします。
この演出で花束の真ん中に野菊だなんて(≧∇≦)
ウンスの弽のプレゼントも粋ですよねえ
あとはお互い思いの丈をぶつけないと‼︎
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ドキドキと、心がジーンです♡
素敵なお話です♡
私なんかが、思い浮かばないような素敵な二人が描かれてて、こんな二人ならいいなぁって、私の理想のヨンとウンスです♡
さらんさんのお話に、いつも心から感動してます(//∇//)
ありがとーございますm(__)m
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ヨンとウンスの誕生会、名目が「兵たちへの慰労」ということで始まり、何も知らない兵たちや、仲間たちは、楽しい野外パーティーで盛り上がっています。王様と王妃様の祝儀以外、皆で、個人の誕生を祝うことが許されない時代、何も知らないウンスの発案で、内々のささやかなお祝いをしようと準備が始まったはずなのに…。
ヨンの誕生日と知っている人も、言葉にできない…。まして、11日前に過ぎてしまったウンスの誕生日の祝いも兼ねているのに、二人に祝いの言葉はかけられない…。
野外パーティーに変わってしまったけれど、
ヨンのサプライズは、素敵……
キャンドルに照らされた、花のブーケ…
真ん中には、黄色い小菊が…
ハートを射ぬかれそう…
ウンスからのプレゼントは…
ゆがけ…
戦で、弓を射るときにヨンの親指を守ってもらうため。自分が共に戦に行けないときも、愛するヨンを怪我させたくないのですよね。
二人の、互いを想いやる、それぞれの素敵な誕生日プレゼント。
二人の想いは、永遠ですよ……