2016 再開祭 | 소개팅ソゲッティン・結 前篇

 

 

向かい合うチャン先生は苦笑すると、懐からハンカチを出して身を乗り出して、私の顔に飛んだ水滴を拭ってくれた。
その後自分の顔を。そんな兄さんっぽい心配りが自然に出来る人、なんだけど・・・
「先生、それ、どこで聞いたの?」

尋ねた私に先生は困ったみたいにふうっと溜息をついた。
「人の口に戸は立てられません。皇宮中で噂になっております」
「な、何で私だと思ったの?」
「医仙・・・」

ちょっと呆れたように首を傾げた先生の長い髪が、さらりと肩からこぼれて揺れる。
「天界のお言葉でしょう。高麗でソゲッティンなど、耳にした事はありません」
「そうなの?」

それさえ深く考えなかった。合コン=ソゲッティング・・・紹介+ING
そうよね。既にINGって英語だもの。
紹介って言っちゃうと堅苦しいし、お見合いムードたっぷりだし、第一あの人にバレちゃうと思ったから。

「あ・・・あははは、は・・・」
「笑って誤魔化されぬように」
「だって、だってね先生?」
次は私が身を乗り出す番、先生はこの目を見ながらゆっくり頷いてくれる。
「迂達赤のみんな、淋しそうだなあと思ったのよ。仕事が終わるとしょっちゅう外に飲みに行くって言ってたし。
武閣氏オンニだってそうよ?
仕事が終わった後に、この時代エステや女性が出掛けてストレス発散できるような場所は、すごく少ないじゃない?」
「ストレス」
「うん。こう、特別な理由がある訳じゃないけど疲れたなあとか、だるいなあとか・・・気鬱?」
「ああ、はい」

ようやく理解したって顔で先生が穏やかな微笑みを浮かべる。
「迂達赤のみんなと武閣氏オンニなら、同じような立場で理解し合えると思ったの。
恋愛を無理強いする気はないわ。でも飲みに行くならみんなでわいわい遊んだっていいんだし。
それに好きな人が出来るって、毎日朝起きようって気になるわ。きれいな顔で仕事に行こう、顔が見えるから頑張ろうって。
精神的な支えにも、張りにもなるじゃない?」
「御自分の事に聞こえますね」

穏やかな笑顔のまま言った先生の一言が図星すぎて、思わず耳が熱くなる。
「そう、いうんじゃ、ないけど」

私が思わず俯いて着物の袖を指先でねじりながらモゴモゴ言うと、チャン先生が静かに聞いた。
「隊長にもそのソゲッティンとやらを勧めましたか」
「え?!」
「迂達赤の皆に声を掛けるなら、まず長である隊長に声を掛けるのが筋かと思いますが」
「か、けてない、けど・・・」
「それは異な事。隊長には精神的な支えも、張りも不要ですか」

あの人に、私が?ソゲッティンを勧める?誰かを紹介する?まさかそんな事するわけないじゃない。
いつまでここにいられるか分からないのに。1分1秒でも長く一緒にいたいのに、何で他の人を紹介するの?

でも。 心のどこかが冷たくなっていく。
でも、その後の事を考えたら、その方が正しいのかもしれない。
あの人が一緒にいて楽しい誰か。もう寝太郎にならずに、一緒に過ごしたいって思う誰かを、見つける方が。

あの人が私以外の誰かと、同じ時を刻んでいく。私の横じゃない、誰かの横で。
あの人が私以外の誰かを、あの黒い瞳で見つめる。
私以外の誰かを、あんな風に近くで一生懸命守る。

考えられなくて混乱してしまう。考えただけで胸が痛い。嫉妬なんてバカみたい。離れ離れにならなきゃいけないのに。
だってあの人は高麗を背負っていく人、歴史に名を残す将軍で、そして私はこの時代に紛れ込んだ異物みたいな存在で。
一緒にいられる、わけがないでしょ?

「医仙」

チャン先生はもう一度、身を乗り出して私の顔を拭いた。
「とにかく騒ぎになっております。隊長には一言、今からでも」
「・・・そうなの?」
鼻声で聞き返すと、チャン先生が優しく頷いて立ち上がった。

「正直にお伝えした方が良いでしょう。隊長にはソゲッティンを勧めなかった理由を。隠しておきたかった理由も」
チャン先生には、私以上に私の心がお見通しみたい。
「医仙の敵が増える訳がありません。何しろ相手は常勝の迂達赤隊長ですから」
そう言って私に手を差し伸べる。その手に引かれて立ち上がると
「行って来る」

やっと素直に言って、部屋から駆け出ようと扉に向かった。
その瞬間、チャン先生からもう一度声が掛かる。
「医仙」

行って来いって背中を押してくれたからやっと立ち上がったのに。
足を止めて振り向くチャン先生自身も不思議そうに眼を細めて呟いた。視線の先はチャン先生自身の部屋の窓。

「一旦、私の部屋を覗いてからの方が良いかもしれません」
「先生の部屋?どうして?」
視線の先を追い駆けて治療棟を挟んだ向こう側を指さすと、先生は曖昧な表情で
「ええ。誰もいなければ、そのまま迂達赤兵舎へお行き下さい」
と戸惑うように首を傾げた。

何なんだろう。でもとにかく頷いて、私は先生の部屋に向かって走り始めた。

 

*****

 

ただ立ち上がり、そして扉を出るだけだ。
それを何故、愚図愚図と。
情けない。何より情けないのは己の体が言う事を聞かぬ事。

此処まで来て顔を見られず、物陰から一目見る事も叶わず、尻尾を巻き逃げ帰るのが癪に障る。

何故だろう。何故これほど離れがたいのだろう。
帰さねばならぬと誰より知っている己が。
あの方さえ横にいて下されば、誰が敵でも護ってやりたい。
鬱陶しいと言われるならば、姿を見せずに見守っていたい。

ただ其処に。元気で笑って、居てくれるなら。
気が向けば振り向いて、あの声で呼んでくれるなら。

部屋に溢れる陽射しの眩しさに眸を閉じる。

それだけで良い。それ以上は望まない。
どれだけ騒ぎを起こしても構わない。側に居れば護れる。
その自信はある。その自信しかない。

三歩以上離れてしまえば、まして天門を隔ててしまえば。
その後は如何して護ってやれば良いのか見当もつかない。

再び眸を開けば一人きりの部屋は音もなく静まり返り、窓外から射す春の陽射しだけが床で跳ねている。

その陽射しの向きが変わって行くのをただ見つめて息を吐く。
陽射しですら動いていけるのに、俺の心だけが止まっている。
あの方の上に留まったまま、どう動かせば良いかも判らずに。

帰さねばならん。判り切った事だ。
己が攫った。天界にあの方の帰りを待つ方々らは多かろう。
そして告げた。高麗武者崔瑩、我が名に懸け必ずお帰しする。
己を縛り付ける約束。裏切りは許されぬ誓い。

今更こうして心を締め付けられ、腰を重くするなど笑止千万。
果たすべきは己の誓い。護るべきは帰るまでのあの方。

そげってぃんが何であろうと、侍医の報せを待つしかない。
兵舎で待てと言われた以上、これ以上此処に居ても刻の浪費。

もう一度肚に力を込め、腰を上げようとした途端。

ばあんという騒々しい音と共に、部屋の扉が大きく開いた。

 

 

 

 

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