2016 再開祭 | 銀砂・後篇

 

 

駆け付けた門の前、川風に吹かれる長い黒髪が小さく舞っていた。
相変わらず何を考えているか読めない表情で、チャン・ビンが私に振り向いた。

あの時の傷が痛んだのだろうか。 また馬に何かあったのだろうか。
何方にしても知らぬ顔は出来ないと、私は男に小さく頭を下げて急ぎ足で寄って行った。

 

*****

 

あの翌日に厭な顔でここまで私を送り届けた黒髪のもう一人。
近衛隊長と名乗った男は、道中一言も話す事はなかった。
ただ町の入口で鞍から下りた私に
「礼を言う」

何の前置きもなく、跨ったままの馬上からそれだけ言った。
「蹄に石が入っていたらしいな」
「・・・ああ」

昨日の子の事かと、やっと合点がいった私は頷き返した。
「こちらこそ診せてくれてありがとう。あの子が足を失ったりせずに済んで良かった」

足を失った馬の末路もまた、よく知っている。
私が言うと黒髪の男は全く心の見えない黒い眸で私を見下ろし、
「・・・こいつは問題ないか」
宮殿から私達を乗せてくれた、鹿毛の馬の鼻面を撫でて尋ねた。

撫でられて鼻を前に伸ばし、男の声だけに耳を向けているその子に触れるまでもなく、見るだけで判る。
毛の艶、目の輝き、馬体の張りと足並みの軽さ。
二人を乗せてここまで来る間も、ずっと上がっていた首と尻尾。
男の声だけを追って耳を動かし、私を警戒はしても歯を剥いたり、耳を寝かせたりはしていない。

「この子は、あなたの事がとても好きだ。信頼している。体力も手入れも充分だから何も心配はない」
男は鼻面を撫でていた手を止めると再び私に向けて頷き、そのまま馬の首を返すと今来た道を走り始める。

チャン・ビンというあの男を切りつけた事は心残りだが、出来る限りの恩を返すしかない。
それが昨夜の馬の治療だったなら、もう会う事はないだろう。

そう思いながら、帰国の船が出るまでをどう過ごそうかと考えて町の中を歩き出した。
昨日の騒動を起こした以上、元締に噂が届くことは覚悟していた。
それでも兄上からの伝達がある以上、無茶なことはするまいと。

確かに無茶はしなかった。
私が歩き出した途端に目の前に元締本人が現れて、直々に邸まで案内した上で
「リディア皇女様。御滞在の間はここにお留まりを。スルターンも兄上もそれをお望みでいらっしゃいます」
そう言って兄上からの文を私に見せた程だから。

 

すぐに帰れると考えていたのに、滞在は思った以上に伸びた。理由は二つ。
ひとつは海が荒れた事。
春になり潮の流れが変わったか、波の高い日が続いて船を出すのが難しかった。
そしてもうひとつ。
連れて来られた駱駝たちが酷くやつれていた。どの瘤も張りを失くして萎んでいる。

「どういう事だ」
全ての駱駝を確かめた後、見兼ねた私が元締に詰問すると
「この狭い町では、餌の草木が少なすぎます。川があるので水には問題はないのですが。
しばらくすると、どの駱駝もああして痩せてしまいます」
元締は困った様子で、浅黒い顔の太い眉を顰める。

確かに町は狭すぎた。隊列を組み砂漠の中を歩く駱駝たちにとって余りにも狭すぎた。
そんな駱駝たちの手当てをし、満足な餌を手に入れられる所を探しているうち日が延びて。
ようやく満足のいく餌場が見つかり、元締がそこを駱駝場として使えるようにと、高麗の者らと相談している頃だった。

もう一度会うなど夢にも思っていなかった私が、突然チャン・ビン本人の訪問を受けたのは。

 

*****

 

呼び出しを受けこうして向き合っても、怒っているようには見えない。だが訪問を受けた理由も判らない。
高麗の男というのは、皆こうなのだろうか。
あの時の近衛隊長も目の前のチャン・ビンも、何を考えているのか判らぬ黒い目で黙って私を見ている。

あの時一度会った医仙という赤い髪の女の方が、余程判りやすい。
確かにチャン・ビンを切った私を自分の部屋に泊めるなどと言い出す、一風変わった者ではあったが、それは断れば済む事だった。
男女が半裸で共に水浴びをするような国では、警戒心が薄れるのも無理もないかもしれないと思えた。

そしてあの黒髪の近衛隊長という男も、チャン・ビンに比べればまだ判りやすかった。
チャン・ビンを切った私が許せずにああして警戒したのだろうし、話す事がなかったから帰途の道中も無言だったのだろう。

けれど問題はこの男だ。一体何をしに、再びここまで来たのか。
川風に吹かれ心地よさそうに穏やかな笑みを浮かべるのを見ると、傷が痛むようにも、文句を言いに押し掛けたとも思えない。
しかし用がなければ、わざわざ私の居場所を探し出し取次を頼むわけもないだろう。

「何か用ですか」
切っておいておかしい事だと思いつつ、その魂胆が判らない。
身構えて訊く私に、チャン・ビンは不思議な笑顔を浮かべ頷いた。
「突然申し訳ない。あなたにお訊きしたい事があります」

 

 

 

 

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