【 紫蘭 】
足許に紫蘭の揺れる庭、白衣のあの方が立っていた。
気配を忍ばせ近付くこの耳に、小さな囁き声が届く。
「気にしない」
いつもそうだ。近頃一人で居られる時に呟いている。
気にしない。気にしない。
気にしているから呟いている癖に、己に言い聞かせるように。
「気にしない」
小さな声に何も言い返せず、来た時のように足音を忍ばせ俺は庭を後にした。
*****
「キレイ・・・」
医仙がしみじみとおっしゃいながら、王様と妾の婚儀の真影を嵌め込んだ黄金の枠を指先で撫でた。
「ありがとうございました、媽媽」
その声に真影図を絹で包み直し箱へ納め直したチェ尚宮が、それを胸におし抱き頭を下げると、静かに部屋を後にした。
「本当におきれいです。御真影ってどれくらい似てるのか、今まで実物を見たことがなかったので・・・ほんとにソックリなんですね」
「ありがとうございます。けれど何故突然、婚儀の絵姿など」
向かい合った坤成殿の部屋、医仙は力ない微笑を浮かべ首を振る。
ここ数日、何故かいつものお元気さが影をひそめていらっしゃる。
「気にしないようにしてるんです」
その意味の判らぬ呟きに首を傾げる妾に、医仙もさすがにお言葉が足りぬと気付いたか、戸惑うように唇を引き結ぶ。
そうして暫しの無言の後、次に意を決したように唇が開く。
「媽媽、少しだけ天界の話をしてもいいですか?」
*****
「しゃしんとな」
「はい、王様」
長い一日を終えられて坤成殿に渡られた王様は、既に昼の龍袍を脱がれ、寛いだ御部屋着姿で腰掛けた椅子から妾をご覧になった。
その視線に頷くと、昼に医仙から伺った事をなるべく正しく王様へお伝えしてみる。
「天界の真影のようなもの、との事でございました。但し絵師が描くのではなく、かめらというもので描くと」
「・・・かめら」
「はい。それが目の前のものを、そのまま写し取るとの由」
妾の声に王様は解せぬという御顔で、こちらに向けて御首を捻る。
その表情がまるでお若かった頃、初めてお会いした時の江陵大君を思わせる少年のような素直さで、思わず微笑が浮かんでしまう。
そうしてふと思い出す。昼の医仙のお言葉を。
「私たちはカメラを使って残すんです。大切な一瞬を。そうでないと、あっという間に忘れてしまうから」
医仙は困ったようにおっしゃると、自嘲の笑みを浮かべた。
「結局は恵まれ過ぎてるんだと思います。シャッターひとつでどんどんメモリが埋まってく。それをブログに上げて、自己満足して。
人生ショットを撮るために何度も何度も角度を変えてまで撮り直して、そのうえにアプリで加工して」
「・・・医仙、おっしゃる意味が」
天界の言葉が鏤められたそれの半分も判らずに問いかける。
妾の声に医仙はお気づきになったのか、説明を始めて下さった。
「あ、ええと・・・そのカメラっていうのはこうして御真影を残す、それを機械が一瞬でやってくれるんです。
目の前にあるもの全て正確に映し出します。こうやって」
医仙は両手の指でそのお顔の前に四角い枠を拵える。
そして小さく呟いた。
「カシャッ。これで終わりです」
その指の枠を降ろして息を吐き、
「次の瞬間には今の媽媽のお顔も、このお部屋の中も、フレームに納まってる全ての景色が写し取られます。
今のデジカメやスマホは性能が良くなっているから、自分で消去しない限りずっとデータが残ります」
「ずっと・・・」
「きれいな自分。おいしそうなご飯。雨上がりの虹。偶然目にした事故。何でも写し取ります」
「何でも」
「はい。好きな人の笑顔。2人の記念日。もらったプレゼントや、残しておきたいものは何でも」
「描かずに、ですか」
今の世でそうしたものを残そうとするなら皇宮の絵師を呼び、全てを描き写さねばならぬ。
その間に虹は消え、大切に想う方の笑顔は偽物になって行くのだ。
絵師の前で何日もかけて同じ笑みを浮かべる事など出来ぬ。
浮かべた笑みは心からのものでなく、その時の心を思い出して無理に作ったもの。
医仙にもお判りなのか、だからこうしていつもの医仙らしからぬ笑みを浮かべているのだろうか。
「何より大切なのは、ウェ・・・結婚式です。だから拝見したかったんです、媽媽のご婚儀の時の御真影を」
「医仙、おっしゃる意味が・・・」
近頃の医仙は、何処かがいつもと違っておられる。
沈み込み、かと思うと唐突に王様との婚儀の絵姿が見たいなどと。
か御心にかかっておられるのだけは判る。けれどそれが何かが判らずに、幾度も尋ねてしまう。
いつも妾を、そして妾の大切な王様を救って下さる方だから。
だから何かお力になりたいのに、こうして無粋な問い掛けばかり。
それでも医仙は気にされぬどころか、寧ろ嬉し気な、懐かし気なお顔で活き活きと語り始めた。

以前、「お尋ね者」の人相書きを 見た際に、「似てない!」と プンプンだったウンスに
素敵な似顔絵をお願いします♥
婚儀をあげたものの 記念写真など無い時代のこと。 わかってはいるけれど…のウンスの
寂しがる様子を 見かねた王様が「それでは…」と 筆を持とうとするが…。
誰よりもウンスの側にいて、 ヨンスを全てを見ている、 ヨンスを想う人物が一番上手に
描けた…という… 「ああ、やっぱりね」てな感じの おのろけで締めて頂けると(^_^;)。
いや、その人物が 「あ奴」だったとしたら、 あまりにも似ているその絵を 誰にも見せずに
ひっそりと 肌身離さず持っているかも…ですね♥(muuさま)
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一番綺麗に着飾って
一生の思い出 婚礼写真
欲しかったでしょうね…
こんな似てるなら(๑⊙ლ⊙)
描いてもらいたい!でしょうねぇ
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ウンスの女心よね(^^;
“美しい姿を
お互い忘れないように"
残して措きたいですよね❤
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ドラマで、ウンスが徳興君の毒に犯され、マンボの家の部屋で倒れました。ヨンが解毒薬をもらうための条件を徳興君から出され、大変だったとき…を、思い出しました。
ウンスが寝台に起き上がり、指で作ったカメラで、傍にいてくれたヨンを「カシャッ」って。
ヨンを忘れたくなかった。
あれ、切なかったです…