2016 再開祭 | 婆娑羅・7

 

 

部屋に踏み込むと、中に控えた奴らが一斉に立ち上がり頭を下げる。
奴らに座れと手で合図を送りながら己も腰を降ろし、卓の周囲を囲む馴染みの顔を確かめる。

離れた卓には早々にあの男が腰を降ろし、笑顔を浮かべてこの方を待ち受ける。
門が開く前、あの男が出て来る前まで。
あなたは軍議の時には口を挟まず、急な患者がない限り離れた卓に一人腰かけていた。
卓上の紙にあれこれと書きつけては首を捻り、時には卓に突っ伏しては唸っていた。

俺はその様子を目の端に国境軍の鍛錬の進み具合を確かめ、春からの策を練っていた。
この方が煮詰まる前か、俺達の軍議が行き詰まる前には大概の話が纏まるのが常。
部屋を出た俺達はその後二人きりで向かい合い、互いの顔を見て話すゆとりがあった。

天門を確かめながら。雪の庭の隅で。皆が寝静まった兵舎の仮の寝所で。
しかし天門は開き、そして男が此処に居る。見間違えようのない事実だ。
居る以上この方だけを、男と二人で離れた卓に座らせるわけにはいかん。
「カイ」
「何?」

相変わらずの生意気な口調は腹に据え兼ねるが、この方が座るのを止めるより奴を呼んだ方が話は早い。
この方の欲する天界の知識を持ち、あの天門から出て来た男。
呉越同舟に比べれば易い。同席程度は我慢するよりなかろう。
此処に居る奴らの口の堅さは信用出来る。
幾度も話を繰るより、一度で済ませたい。

「来い」
そう言って軍議の卓を指すと奴は少し驚いた顔をしてから席を立ち、此方の卓へ歩み寄って来る。
俺の脇のこの方も、どうして良いのか惑うように俺を見上げる。
細い肩を静かに押して俺の右斜め横、卓の上席へ腰掛けさせる。
その横に座ろうとしたカイをチュンソクがひと睨みで止め、俺の逆横へ腰を降ろす。
国境隊長がカイに向け太い指で左上席を示すと、奴は渋々その席へ腰を降ろす。
隊長がその横へ腰を降ろすと、他の兵らが順次席に着いた。

天門を守る精鋭。冬の間、雪に慣れぬ官軍よりも国境隊のほうが余程動きが良い。
そして奴らを束ねる国境隊長。王様へ委細をお報せするチュンソク。
皆昨日はカイの話より、奴の俺への無礼な態度にいきり立っていた。
その蟠りを解くためにも、ひとまず全員に話を聞かせるべきだろう。

「医仙」
「なぁに?」
「天門について。本来なら六年前、あれを逃せば六十年は開かぬ筈と」
「計算上はね。太陽のウォルフ黒点相対数の最大値変動は約10.4年。それをしょ、書・・・」
「書雲観」

見当をつけて先を促せば、この方は小さな両掌をぱちんと打ち鳴らす。
「そう、その書雲観の人と話したかったの。今の高麗で黒点数の計測をしてるのか。歴史的に数量化の方式を発見したのは1800年台だけど」
「・・・可能だと思うよ、ウンスさん」

この方の声を遮るように、カイが卓へと身を乗り出した。
「高麗時代の書雲観って、瞻星台で天体観測をしてた部署の事でしょ。遺跡も残ってる。北だから簡単には行けないけど、満月台の横に。
歴史上、韓国の天体観測は新羅時代に善徳女王が始めてる。太陽の黒点観測もしてるって記録が残ってますよ。計算式はともかく」

この男の声に目を瞠るのは俺の方だ。天界より紛れ込んで、書雲観も瞻星台の名も知っている。
密偵や間者でない限りこれほど高麗の内情に詳しいなど怪しいと、天門から来た処を見ておらねば斬っていた。

「そうそう、王様もそう言ってた!満月台っていうのは何?」
この方は能天気な様子で、そんなカイへと頷いた。
「満月台、高麗時代の王宮跡です。1361年に・・・」

そこでカイは息を飲み、妙に表情を失くした顔で正面のこの方を呆然と見詰めた。
「ウンスさん」
「うん。1361年って、3年後?」
「・・・はい・・・」
「1361年に何があるの?」
「紅巾族の・・・紅巾族の、襲撃があります。それで・・・」

動揺したカイの声に、次に俺達全員が息を呑む。
「紅巾族の襲撃で何があるの、カイくん?!」
「満月台は高麗王宮跡です。1361年の紅巾族の襲撃で開京が陥落する。王宮は焼き討ちに遭います。その王宮跡が、満月台です」

部屋中が凍りついた。そんな冷たい沈黙だった。
窓越しに見える、透明な陽射しに光る庭の雪が温かく見える程に。

「・・・他には?他に何を知ってるの?」

沈黙を破ったのはカイと同じ程、いやもっと震えるあなたの声。
それでも背を伸ばし顔を上げ、卓向いのカイを確りと見詰めて。
「ウンスさん」

動揺を隠せぬカイがたじろぐのも気に留めず、この方が叫ぶ。
「教えて!!他には?この国にこれから何が起こるの?!」
「ウンスさん・・・」
「この人は?みんなは?王様は?王妃媽媽は?歴史通りよね?媽媽もお子をご懐妊するわよね?そうよね?!李氏朝鮮に代わるまで、この人は」
「イムジャ!」

さすがに兵らに聞かせるにはいかん処まで叫び出したこの方を留めようと席を立つ。
雰囲気を察した脇のチュンソクと国境隊長が、心得たよう無言で腰を上げる。

急ぎ部屋を出て行く兵らに紛れ、この方をカイから引き離そうと肩を抱く。
この方はそれでも腕の中で体を捻り、必死の形相で奴へ叫んだ。
「聞かせて!!教えてよ!!」

どうやらこの男の持つ知識は諸刃の剣らしい。
俺のこの方にとって薬にもなれば毒にもなる。
俺の行く末だけに心を砕くからこそ知りたくもあり知りたくもない、その預言を知る男。

薬になるなら告げれば良い。この方の知りたい事を全て。
しかし毒を含ませるなら、奇轍も徳興君もこ奴も同じだ。
この方を蝕む者、その道を阻み傷つけるなら斬り捨てる。

半ば抱えるようにして強引に部屋を出る俺の腕の中、あなたは両手足を振り回して必死に抗う。
「やめてヨンア!ちゃんと話させて!!」
「後にしましょう」
「後っていつ!カイくんがこのまま帰ったらどうするの?!」
「その時はその時です」
「帰らないでカイくん!!お願いだから帰らないで!!すぐ戻って来るから、待ってて」

扉を出で私室代わりの寝所へ向かう俺達の背後、カイが
「・・・帰らない、大丈夫だよ」

最後に言う声が、途切れ途切れに聞こえて来た。

 

 

 

 

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