2016 再開祭 | 飄蕩・中篇

 

 

「報せはまだ届かぬのか」
康安殿の玉座に構えた王は、内官長アン・ドチへ苛立たし気な声を掛ける。

「懼れながら・・・」
身の置き所がなさそうに畏まる内官長に、さらに鋭い声が飛ぶ。
「一体如何した事なのだ!」

顔色を変え気色ばむ王に、内官長は狼狽えるように頭を下げる。
「申し訳ございません。今一度、確かめさせます」
そのまま視線を入口に並ぶ内官へ投げると、その内の一人が音もなく扉から表へ滑り出た。

アン・ドチの答を確かめると、王は次に玉座階下の床に揃って並ぶ臣下らを睨め付ける。
「何故船の消息が届かぬ。郡守も留守も巡守も、揃いも揃って一体何をしておるのだ!」
「懼れながら、王様」

並ぶ重臣の末席から、珍しく御前会議に参列した護軍アン・ジェが低い声を上げた。
「万一船が大破しておれば、海岸に船なり荷なりの残骸が流れ着く頃。
それがないとはつまりは海上を飄蕩しているか、座礁し身動きが取れなくなっているかの何方かかと」

何方にしても悪い報せだと、王は短く息を吐く。
「順天から麗水にかけての海域には、島が点在しておるな」
「はい、王様」

アン・ジェは王を宥めるように頷き、自信ありげな声で請け負ってみせる。
「大護軍チェ・ヨンの事です。赤月隊当時から、あの周辺海域の海図は頭に叩き込まれておるでしょう。
もしも万一座礁したとしても、判断を誤るとも思えません」

それだけが頼みの綱だ。
迂達赤を、そして誰よりその長である大護軍チェ・ヨンを失う訳にはいかないと、王は改めて思う。
北の紅巾族、南の倭寇。元との国交を断ち次代を読もうと、国内の平定あっての外交だと王には判っていた。

推進力は民に絶大な影響力を持ち、文官名家出身の誉れに於き重臣らすら一目置く存在。
また自軍迂達赤のみならず二軍六衛の数多の兵が黙って従う、天下無双の迂達赤大護軍。
それ以外の臣を頭に据えて、国内の平定が成せるとは思えない。
そしてチェ・ヨンを先頭に立てた一枚岩の迂達赤なしに自身と王妃の安寧があるとも、また王には思えなかった。

失う訳にはいかぬ。例え何が起きようと。
「水軍での付近の海域の捜索を続けよ。また官軍は順天から麗水の海岸より、捜索を続けさせよ」
「畏まりました」

王の一声に階下に並ぶ重臣は、文官も武官も揃って頭を下げた。

 

*****

 

海岸の黒く濡れた波打際までが完全に見える。
これで安心だと油断が生じる時が、最も怖い。

上陸で気を遣うのは、海中の爪先が漸く砂に触れる処まで辿り着いた時。
見えぬ海底の砂の思わぬ段差に足を取られる。
思わぬ岩に流れを変えた烈しい波に巻かれる。そんな事は幾らでも起きる。

波に巻かれ海中で潮水を飲んだ挙句、打ち所が悪ければ海中の根岩に叩きつけられ半死の怪我も負いかねん。
ましてや此度は、馬を全頭牽いている。
海中に浮いている時は良いが、水が減って来れば細い四脚に全ての体重が掛かる。
そこを波に浚われては踏ん張りは利かん。

己の爪先が海底の砂に触れる頃、周囲の奴らに声を飛ばす。
「後ろの波に気を付けろ!」
奴らは頭に載せた衣までびっしょりと潮水に濡らしたまま
「はい!」
と声を返した。

「石には乗り上げるな」
「はい!」
まさか迂達赤に来てまで、海中を進むとは思わなかった。それでも慣れている俺は良い。
迂達赤では出身によっては、今まで海など見た事もない奴らも居ろう。

頭まで被った波を髪を振って払い、足裏が付くようになった海中を、周囲の奴らを確かめ慎重に一歩ずつ進む。
爪先で一歩先の砂を確かめ、岩があればすぐに道を変え。

上背のある俺やトクマンはともかく、小柄な奴らの中にはまだ足のつかぬ者もいる。
「騎馬隊!」

馬の手綱を牽いていた奴らが歩兵の列の向こうから、打ち寄せる波音に負けぬよう
「は!」
と大きく声を返す。

「馬の足許に注意しろ!」
「は!」
馬一頭も失いたくない。此処まで運んで来た以上。
続いて戸板で拵えた仮の筏を引く奴らを見る。

「武器鎧はあるか!」
「あります!」
「大丈夫です!」
各組の副組頭が引いている筏の上を確かめて、それぞれ頷き返す。
最後に水黽のように水を掻いて進むテマンを見ると、俺が何を言うより早く
「俺、先に行って、水を探してきます!」

一声言うと、目にも止まらぬ速さで海岸へ真直ぐ泳いで行った。

 

颱風後の浜に打ち上げられた海藻のように、其処此処に打ち上げられた迂達赤の列が出来ていた。
その足先を洗うよう、時折地響きのような音を立て大波が寄せる。

よく此処まで無事に辿り着けたと、水平線を眇め見る。
水平線を煙らせる靄はまだ晴れない。
だが空の明るさは徐々に増している。
この分なら食糧と水さえ手に入れば、幾日かは凌げるだろう。
「まずは火を焚け」

初夏に向かう頃で良かったと、心の底から安堵する。
海の水も温み始める頃で良かった。
そうでなくば飛び込んだ処で心の臓が縮み上がっていただろう。

それでも四半刻余り海に浸かった体は冷え切っている。
周囲を見渡せば海岸の砂のすぐ先は芽吹いた新緑の下草の茂み。
其処に冬の間に枯れ落ちた草が混在している。
「枯草を焚き付けに使う。馬は叢に繋いでおけ」

テマンが戻るまで動かぬ方が良い。
救助の船を待つにせよ、海岸線から離れぬのが得策だ。
髪の先から潮水を滴らせ、砂に寝転がり砂まみれになった奴らが腰を上げ
「はい!」
と返答すると、手近な下草の茂みに分け入っていく。

その間に残った奴らを見渡し、俺は浜に転がる手近な流木を一本担いだ。
「動ける奴は流木を拾え」

まずは流木を担ぎ、長く続く海岸を見る。
奥行きは充分にある。その砂の色の変わり目の境界線。
満潮の上がり切る処だ。其処より波打ち際側に焚火を置けば無駄になる。

色の変わった境界線より五歩陸側に入った処に、担いだ流木を降ろす。
「此処から横並び。十も組めば充分だ」
その声に他の奴らは一斉に砂の上の流木を担ぎ始めた。
「大護軍!!」

流木を組み始めた俺達に向け、明るい笑顔で駆け戻るテマンの姿が見える。
「水、ありました!すぐ奥の沢に!ま、真水です!」
その朗報に浜辺から大きな歓声が上がった。

 

 

 

 

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