2016 再開祭 | 気魂合競・弐

 

 

回廊を無言で突き進む俺に、端に沿って立つ迂達赤の奴らが順に頭を下げる。
平時であればそのうちの一人を掴まえ王様のご様子を確かめるなり、異常がないかを尋ねるくらいはする。
それすらせずに前だけを睨む俺に、勝手知ったる男らは敢えてこの行く手を遮る声を掛ける事はなかった。

「チェ・ヨン、参りました」
康安殿の私室前での名乗りに返った
「入りなさい」
の御声と共に、室内の内官の手によって開かれた扉をくぐる。

そして開いた扉内、思ってもみなかった方の御姿を見て思わず足を止めた。
其処から此方を確かめ静かに頷かれたのは、王妃媽媽。

まさかこの刻にいらっしゃるとは思わず、無遠慮に踏み込んだ己は如何すれば良いのか判らない。
「王様、王妃媽媽」

出直すか。頭を下げてからお呼びした声に
「もう聞いたか。今丁度、王妃とも話しておった」

王様は愉快そうな御声で仰りながら、段上の執務机前からお腰を上げられた。
「一先ず座るが良い」

その御声に王様が階下の長卓の玉座に座られるのをお待ちしてから、続いて腰を下ろす。
「委細をお聞かせ下さい」

普段の拝謁であれば、己が口火を切る事はない。
しかし此度は余りに突然過ぎる。
如何に民を奮起させる為とはいえ、迂達赤までを担ぎ出そうとするお気持ちが判らぬ。

「角力大会か」
「は」
「チェ尚宮より報せが行ったであろう」
「は」
「担ぎ出された苦情の申し立てに来たか」
苦情と言えば聞こえは悪い。
しかしつまりは苦情に違いない。

無言になった俺に、王様は御声を重ねた。
「雨請も兼ねておる。寡人より賞金も出す」
「米も一俵出すつもりです」
王妃媽媽は王様の御言葉を待ち、静かに御声を添えられる。

「梅雨の雨量によっては何れ慈悲米を出す事になります。
米はその折でも遅くないのでは」
「・・・うむ。そなたの言い分も判るが、チェ・ヨン」
「は」
「なるべく多くの者に集まって欲しいのだ。賞品があらば、民らも幾日か商いや農作業を休む不安も減ろうからな」
「二軍六衛では、迂達赤のみの参加ですか」
「いや。参加資格は十五以上の男子、それさえ満たして居れば、誰でも構わぬ」
「では禁軍でも官軍でも」
「無論参加は自由だ。だがそなたを始め、迂達赤は全員参加せよ」

その御気持ちが掴めぬ。
十五以上の男が開京だけでも、一体何人居るのか。
王様の賞金や商品を目当ての参加者は後を絶たぬだろう。

「もしも一日で終わらねば、終わるまで取組みを続ける。大会に参加して居れば、兵にとっては鍛錬にもなろう」
「それは」

素人相手の角力で、一体どれ程の鍛錬になるのか。
梅雨が明ければ、再び国の南北の動向に目を光らせる夏が来る。
しかし王様は俺の杞憂など何処吹く風とばかり、涼しい御顔で頷かれた。

「思わぬ拾い物もあるかも知れぬぞ」

そして御心の全てを汲まれる王妃媽媽が、その御声に同意されるように深く頷き返された。
貴き御二人の視線の中、それ以上の反論の言葉を失くし諦めの息を咽喉元で押さえ込む。

 

*****

 

今にも雨が落ちそうだった空は結局、午の刻を過ぎて再び陽が射し始めた。
空模様を眺めつつ、本格的な雨が必要かも知れぬと思う。
けれどそれに必要なのは神仏に祈る角力大会などでなく、書雲観の司天供奉の力ではなかろうか。

王様への直訴も、迂達赤の大会参加への御意思はお変りなかった。
出て来いと叔母上に呼ばれた以上、逃げている訳には行かん。

歩哨の交代が終わり、兵舎の夕空に役目終わりの法螺の響く刻。
昼より明るくなった私室で、俺は腰を上げる。

扉を開けると扉脇に控えていたテマンが
「酒楼に、行きますか」
それだけ問うて、頷いた俺の脇へ従く。

共に兵舎の階を下りると、吹抜で待ち構えていたチュンソクとトクマンが頭を下げる。
「酒楼にいらっしゃるのですね」
「話は聞かねばな」
「自分もお伴します」

チュンソクの声に、横からトクマンが言葉を継いだ。
「大護軍。俺も一緒に良いですか。本当に迂達赤が全員参加なら奴らに説明して、歩哨の順や、鍛錬の順も決めないと」
「ああ」

そんな万障繰り合わせをしてまで参加すべき大会なのか。
俺はチュンソクとトクマンに頷き、四人揃って吹抜の扉を出る。

 

雁首揃えて典医寺へ現れた俺達に、役目終わりのこの方は目を丸くした。
「何かあったの?全員集合?」
そう問いたくなるのも当然だと息を吐き、
「このまま酒楼へ」
とだけ告げる。

詳細を知らされていない以上、それより他に伝えられる事もない。
この方の指がいつもの通り俺の額へ、頬へそして頸へ伸び、最後に手首の血脈を確かめる。

脈診だと判っていても、他の奴らは居辛いのだろう。
俺達二人からさり気なく視線を外し、この方の指が離れると同時に逸れていたそれが戻って来る。

「行きましょう、医仙」
俺達のそんな様子を見慣れているテマンだけが天真爛漫に笑み、脈診を終えたこの方に声を掛ける。
しかしこの方は少しだけ首を振ると、そのままテマンの顔色を診、その脈を取った。

脈診にテマンの方が驚いた顔で、身を任せるべきか拒むべきかを決めかねたような目で俺に助けを求める。
黙って受けろと眸で頷き返すと、奴はそのまま木仏のように体を固くし背筋を伸ばした。
「テマナー、楽にしていいわよー」

この方は言いながら暫しの後で血脈を探る指を離し、そして次に横のトクマンに当然の顔で言い渡した。
「次はトクマン君の番。チュンソク隊長は最後ね」

 

 

 

 

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