2016 再開祭 | 飄蕩・後篇

 

 

「馬は通れそうか」
問いにテマンは頷いた。
「はい。ここから山道に入ってすぐです」
「先に馬を連れて行け」
「は!」
俺の声に騎馬隊が頷いた。

遠泳の後ようやく上陸し、草を食む間もなく牽きたてられる馬達にしてみれば迷惑だろう。
俺の代わりにチュホンを牽いたテマンを先頭に、騎馬隊がそれぞれの馬を連れ、浜から山へ続く木立の中へ消えていく。

馬の列と擦れ違うように焚き付けの下草を集める奴ら。木立の奥から薪になりそうな小枝を抱えて戻る奴ら。
そして浜の流木を運び焚火を組む奴らと、それぞれが動き回っている。

流木の焚火が組み上がり薪が燃べられた処で、それぞれに火が入る。
暫し続いた晴天で乾いた薪は燻る事もない。すぐに上がる焔を認め
「衣を乾かせ」
「はい!」
この指示にそれぞれの焚火の前、皆が頷いた。

休む暇はない。しかし浜を見渡せばそのほとんどが疲労困憊という顔だ。
その時山側から馬を牽いて戻った奴らが、再び叢に馬を繋ぎ始める。
「大護軍!」

誰より活き活きと顔を輝かせたテマンがチュホンを繋ぎ終えると駆けて来た。
その顔に懐かしい、あの餓鬼だった頃の面影を見る。
こいつが一番倖せなのは、やはりこうした山の中か。
「山側はどうだ」
「鳥がいます。兎の巣穴もあったし、ちょっと登ればきっと鹿も」
「善し」
手近にあった弓矢に伸ばした手を、テマンが慌てて制止する。

「お、俺が、弓隊と一緒に行って来ます。大護軍は休んで」
「・・・では太公望を気取るか」
言葉の意味の判らぬテマンは、その一言に首を傾げる。
まあ見出して欲しい相手は文王ではなく、水軍だがな。
心の中で呟きながら、浜の先の岩場に向けて歩き出す。

歩きながら空を見上げる。
先刻よりも一層青さと明るさを増して来た初夏の空。雲は北に向け、かなりの早さで流れている。

食糧を手に入れるなら日暮れまでが勝負。
これだけの遠泳の後だ。
付き合える奴も少なく、体力は温存しておくべきだろう。
これからどれ程の長丁場になるのか、今は予想もつかん。

「手が空いたら順に武器と鎧を洗って来い」

俺の声に浜からは、はいと大きな声が返った。

 

*****

 

「ウンス殿」

キム先生の声と同時に、その手が薬草を計ってる天秤にかかる。
はっとして顔を上げると、先生は苦笑しながら首を振っていた。

「量が違うようです」
「ご、ごめん!もう一度ちゃんと計」
「他にも薬員がおります。ウンス殿は少しお休み下さい」

キム先生は穏やかに、でも有無を言わせないように私の背中をそっと押して、天秤の前から歩き始める。
「でも」
「ウンス殿。医官とて人です。気が散っている時に薬草を調合するのは、患者の為にもなりません」
「・・・うん。分かった」

情けない気持ちでキム先生の声にうなだれながら、部屋に向かって背中を押されながらトボトボ歩く。
こんな事じゃダメだと分かってても、自分でもどうしようもない。

あの人の船が消えたと王様に聞いてから2日め。
昨日の夜はチェ尚宮の叔母様が、わざわざうちに来て下さった。

突然の訪問に驚いて案内してきたコムさんと一緒に庭先に立った叔母様の姿。
慌てて居間に通したタウンさんが頭を下げて出て行こうとするところで
「タウン。お前にも、夫君にも伝えておきたい」
そう言ってタウンさんを止めた。
その声に庭先のコムさんも居間に上がって、タウンさんと並んで叔母様の前に座る。
叔母様は大きな息を吐くとまず私、そしてタウンさんとコムさんをゆっくり見た後で短く言った。

「ヨンの船が消えた」

コムさんは大きく目を見開いて、目の前の私をじっと見た。
そしてタウンさんはぎゅっと唇を噛んだ後、叔母様に向かって深く頭を下げた。
「大護軍のお戻りまで、ウンスさまは私たちが」
「頼んだ」
「場所は何処でございますか」
「順天だそうだ」
「飛文は半日で届きましょう」
「そうだな。王様も現地の水軍を総動員し、捜しておいでだ」
「すぐに見つかるかと」
「ああ。何せ高麗に十隻しかない十六歩の船だ。目立つであろう」
「必ず、ご無事です」

タウンさんは叔母様と私とに平等に言って、もう一度背筋を伸ばした。
「我らに他に何か出来る事は」
「夫君と共にウンスを見てくれるだけで良い」
「畏まりました。お任せください」

コムさんとタウンさんがもう一度深く頷くのを見ながら、いまだに現実とは思えない私だけが取り残される。
あの人がいない。あの人だけがいない。
叔母様とコムさんとタウンさんが囲む居間のテーブルで、あの人の席だけが空いている。

ご飯を食べて、お茶を飲んで、時には本を読んで手紙を書く席。
昨日まであなたが座っていてくれたのが当たり前だった席だけが。

そのまま縁側に視線を投げる。
夜の空にはいつも通りに月が上がって、星がある。
暗い庭には昨日と同じ初夏の緑の気が揺れている。

私を膝に乗せて一緒に空を、そして庭を眺めるはずのあなただけがいない。

必ず帰って来ると分かってる。私を置いてくはずないと信じてる。
なのにあなたがいないこの家は、昨日とは全く違う場所みたいで。
心が追いついて行けなくて、ただ家のあちこちにあなたを探して、私は視線をさまよわせ続ける。

 

 

 

 

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3 件のコメント

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    ヨンたちみんな無事だって、知らせてあげたい。
    靄がはれれば、他の船が、沖合いで見つかるかな。
    島のみんなを見つけてくれるかな。
    ウンス、ヨンはウンスを残して逝くはずないからね。あと少し、待っててね。

  • SECRET: 0
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    こんな大変な状況でも
    馬の気持ちやら、テマンの事やら
    いろいろ考えられるヨン!
    できる男ですねー(^^)
    何も情報が無く待つのは
    本当に辛いです(-.-)
    ウンス頑張れー

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