2016 再開祭 | 玉散氷刃・弐

 

 

隊員らの退室の気配に振り向く事なく、チュンソクは続けて声を飛ばす。
「トクマン」
「はい!」
「手裏房に繋ぎを取れ。医仙の情報が欲しい。お前に槍を伝授してくれる、あの」
「チホですね」
「まずはお前が行け。大護軍は今、手が離せんと」
「行って来ます!」

トクマンは言うが早いか、その長身にそぐわぬ素早さで一目散に部屋を飛び出していく。

「残りは二手に分かれる。丙組は市中の聞き込みに廻れ。絶対に目立つな。平衣を着込め。
丁はまず皇宮内をくまなく探せ。隅から隅までだ」
「はい、隊長!」
「見つけ次第報せろ。それぞれ歩哨の刻には戻れ」
「判りました!」

他に落ち度は。抜け道は。穴は開いていなかっただろうか。
妙に落ち着かない気分でチュンソクは今一度、己の出した指示を頭の中で繰り返す。
己の失態でチェ・ヨンの独断行動に繋がるだけは、何があろうとも絶対に避けなければならない。
今考え得る最善の指示のはずだとようやく得心できてから
「大護軍」

不安と安堵の狭間で呼ぶと、チェ・ヨンは最後に椅子を立つ。
その横に一人だけ部屋に残っていたテマンが影のよう添うた。
「典医寺に行く」
「自分も行きます」
「いや」

チェ・ヨンは部屋を横切り真直ぐ扉に向かいつつ、慌てて背に従いたチュンソクを見もせずに首を振る。
「お前は此処で指示を出せ」
「しかし大護軍、探すなら手は一つでも多い方が」
「その手で王様をお守りしろ」

チェ・ヨンは初めて半歩後のチュンソクへと肩越しに眸を投げる。
よく判っている。人には才がありまた分があり、それを超える事は出来ないと。

「余計な事はお伝えするな」
「・・・は」

焦れる思いに拳を握り、チュンソクは頷くしかない。
チェ・ヨンの声こそが己を始め、迂達赤の隊員にとって唯一無二。誰一人、逆らう事など夢にも考えない。
天から降る雨も落ちる雷も、人の力で止めようとも避けようとも考えないのと同じように。

 

*****

 

「チェ・ヨン殿、テマン殿」

典医寺の診察棟に声もなく踏み込むチェ・ヨンらの姿に気付くが早いか、中のキム侍医が頷いた。
「伺おうかと思っていました。ウンス殿の急用とは」
「・・・何の事だ」
「その件でおいで頂いたのではないのですか」

意味の判らない侍医の声。おかしいとチェ・ヨンの眉根が寄る。
確かにあの文の通りなら、ウンスは誰かの手によって攫われた。
其処からしてチェ・ヨンの予想の外だった。

目下の処は己にもウンスにも、そして王にも、敵対する勢力に心当たりがない。
そしてあの文を、敢えて危険を冒し卓の庭に投げ込む理由もまた判らなかった。

あの文は屋敷の正門近くではなく、庭の南端に投げ込まれていた。
隣家との境、最も大通りに近い場所ではあるが、母屋からも離れからも遠く、下手をすれば数日は気付かない場所。
春を迎えて雪解け後の庭の手入れしていたコムが偶さか目にして、開く事もなくチェ・ヨンに持って来たのだ。
本気で届けるつもりなれば矢文で射るなり、屋敷の門に小刀で刺すなり、警告を暗示する手立ては幾らでもある。

矢であれば、家人や近隣の民に見つかる危険を冒してまで屋敷に近づく仏要はない。十分距離を取り射れば良い。
危険を冒し敢えて屋敷に近づくならば、門戸に小刀で突き刺せばより確実に目に付き、手に渡る筈ではないか。

距離を詰めて近付いておきながら、確実にチェ・ヨンの手に渡るかどうか判らない方法を取る。
正体の見当もつかない敵の肚裡まで読み兼ねたから、チェ・ヨンは己が動くのを避けた。

皇宮はともかく市井を動けば声が掛かる。人目にもつく。それで相手を刺激しないようにと。
敵の出方も目的も判らない。
ひとまず文に従い事が大きくなるのを避ける為、王や武閣氏隊長の叔母のチェ尚宮への報告も控えて。

少なくとも悪戯や冗談で、危険を冒してまで文は寄越さない。
敵が何処の誰であれ、ウンスが拐された事だけは真実だろう。

厭な報せを抱えて典医寺に足を運んだら、待ち兼ねた様子の侍医に意味の判らない言葉で先手を打たれた。
続いて御医は卓の上から文を取り上げ、チェ・ヨンに渡す。

その手蹟を一見して、宅に投げ込まれた文と同一だと判る。
だが内容が全く違う。

紧急业务出去,不能去上班
我会再次联系你

急用で外出する 暫し仕事に出られない
また連絡する

「朝出て来たら机の上に。しかしウンス殿は漢文の読み書きが」
「殆ど出来ん」
ウンスを知る侍医の言葉を裏付けるように、チェ・ヨンは頷く。

「では誰かの代筆でしょうか。典医寺では見慣れぬ筆跡ですが」
「代筆・・・」

誰の。代筆者が医官や薬員であれば、文を置いて出る必要はない。言伝ればそれで済む。
ウンスの周囲に誰もいなかった、若しくは誰もいない隙を見計らい、典医寺を抜け出た。
チェ・ヨンはそう踏んだ。

拐しか、途中までウンスの意志であったか。今は決め手に欠ける。
何方にしろ計画的だったに違いないと。
「あの方の部屋を見たい」
「勿論です」

侍医は先に立ち、診察棟の裏扉から直接ウンスの私室に続く廊下へ出た。
チェ・ヨンは無言でその横を歩き出す。

 

 

 

 

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