2人の姿が消えたその後数秒の、無人の映像。
石仏の台座は何事もないように、でもやっぱりいつもより白く光っているように見えた。
そしてそのモニターがもう一度全て消えた。
ただし今回はユン刑事が意識的に、手元の装置で画面を切ったらしい。
そこから立ち上がって教授の方に向き直ると、困ったように笑って。
「映像は、これで全てです。どうお考えですか」
「・・・トリック画像の類ですか?」
教授は苦虫を噛み潰したような顔で聞いた。
「教授。まず文化財庁のお忙しい方を騙す必要がありません。
わざわざこちらから、調査をお願いしているんですから。
それに私は、教授を騙すようなトリック画像を作る腕もありません」
教授はそれでも憮然とした顔でユン刑事を見る。その答は納得できないらしい。
目の前で見せられた映像も信用できない・・・
気持ちは判るけど、それは教授の信念に反するんじゃないだろうか?
「では今の映像は何ですか」
「COEX及び周辺施設の、当日の防犯カメラの映像です」
率直なユン刑事の表情こそ、全て真実だって言っている気がするんだけど。
第一トリック画像を作るなら、あそこまで荒唐無稽なものを作るだろうか。
もう少し考えて、信用されそうな映像を作るんじゃないだろうか?
「実際の事件という事ですか」
「おっしゃる通りです」
「鎧姿の男が」
「ええ」
「いきなり会場に乱入して」
「ええ」
「剣で人を切って」
「ええ」
「女性を誘拐して」
「ええ」
「パトカーの屋根を飛び越えて」
「ええ」
「奉恩寺の石仏前で、消えた」
「まさに」
「ドラマですね。事実は小説より奇なりって言いますけど」
私の言葉にユン刑事は愉快そうに笑って頷くと、どこかしらからかうような響きの声で言った
「お若いのによくそんな古い諺をご存知ですね」
「はあ、古いものを相手にしているので」
教授が無言で黙り込んでしまった分まで、取りあえず場繋ぎに話してはみるけれど・・・持ちそうもない。
ユン刑事はまたすぐに、教授の方へと向き直ってしまう。
「文化財庁で、最近鎧や剣の盗難事件は」
「万が一そんな事件があれば、まずそちらにご報告します」
「そうですね。おっしゃる通りだ。私たちの方でそうした被害届の類は、受理していません」
「上層部が隠し通せば別ですが、文化財にはそれぞれ専任の調査員がいます。そこから何らかの話は漏れます」
「そうでしょうね」
「少なくとも私が知る限り、そんな事件は起きていない」
「文化財の専門家として、あの鎧や剣が模造品という可能性は」
「あの画像では小さすぎますし、粗すぎます。判断材料が余りに少なすぎる。
但しあくまでも想像ですが、本物の訳がない。
本物であればあれほど切れる筈もないし、鎧も皮が劣化して着られた物ではないでしょう。
余程の専門家で、美術館並みの保存状態を維持できるなら別ですが、膨大な費用が掛かります。
それ程の金持ちがそれを着て、通り魔紛いの傷害事件を起こして、女性を誘拐して逃げますか?」
「確かに。後ほど詳細な画像をお送りします。こちらも画像の専門分野の者に、解析を急がせています」
「判りました。年代で言えば、あれは高麗末期の鎧でしょう。
鎧の胸板や下摺や袖の形、そんなパーツからの推測ですが」
・・・また高麗だ。最近の私はどうも高麗に縁があるみたい。
ユ・ウンスの不思議な手紙といい、鎧のコスプレといい。
ユン刑事は先生の声に頷いた。
「被害者の女性はまだ発見されていません。警察としてご両親に合わせる顔がありません。
一人娘さんでドクターですから、さぞや自慢のお嬢さんだったと思うのですがね」
「十人娘でもアルバイト店員でも、子供が誘拐されれば親は辛い。当然でしょう」
「いや、職業差別のつもりはありません。そう聞こえたなら、申し訳ない。
誘拐犯が身元を隠すために鎧を身に着けていた可能性も、なくはないですから」
「身元を隠す為、ですか・・・」
「ええ。何しろユ・ウンス」
その瞬間。
ユン刑事は明らかに失敗した、という顔で口を閉ざす。
・・・ユ、何ですって?
「ユ・ウンス?」
「ユン刑事さん、今、ユ・ウンスって言いましたか?!」
「・・・被害者の個人情報です。お忘れ下さい、御二」
「忘れられるわけがないですよっ!!」
私の叫び声に、教授はビックリしたように私の顔を見た。
ユン刑事は目を丸くして教授から私に視線を移動させ、スーツ姿の男性は私の剣幕に、部屋の隅で座っていた椅子から立ち上がる。
「ユ・ウンス、それがあの女性の名前なんですね?!」
うっかり漏らした名前を心から後悔するように、ユン刑事は自分の口を、自分の手の平でぱちんと叩いた。
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あっ 言っちゃった。
ついつい 言っちゃった。
先入観を もたずに~
つじつまが合わない
? がね ふえちゃったね。
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『信義シンイ』のドラマを、別の角度から観ているようなこのお話。
推理小説のようで、すごくワクワク、ドキドキして読んでいます。
おもしろい!
こうだったらいいのにな・・
っていう感じですよ。
甘い場面は少ないですが、今、同時進行でヨンとウンスが高麗の時代で暮らしていると考えると、お話の中に、引き込まれます。
ユ・ウンス…
あのハングルと繋がりましたね。
ご両親まで、行き着いて欲しい…
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ウンスの名前が分かりましたね。
2人の肖像画と一緒に暗号の手紙が残されていたら良かったのに。
まぁ、でも子孫に代々伝わっていくとは限らないから、手紙だけにしたのかな~
分かる人だけ分かるみたいな。
チェヨンの祠堂にウンスとの肖像画があれば、いつか両親が見るかもしれない・・・なんて想像してしまう私でした(笑)
王様は絵がお好きでしたし、信頼のおける臣下であり友だとも思っていたら・・・(妄想が膨らむ( ´艸`))
でも、まさかあのチェヨン将軍の第二夫人が自分の娘だとは思わないですよね。似てるとか思うかもしれないけど(^▽^;)
今後の展開も楽しみにしています♪