2016 再開祭 | 天界顛末記・丗玖

 

 

< Day 6 >

 
「朝っぱらから、わざわざ済まないね」

けいさつしょの腰高の卓の向こうを廻り、以前お会いした丈高い男性が私達に順々に手を差し出す。
その手を握り返すと彼は顎で部屋奥を示し
「指紋から調べてはみたが結果から言えば、まあシロだ。
凶悪事件に関わった逃走中の容疑者とは全て一致しなかった。
昨日カマをかけたら動揺しやがったから、何かやらかしてると思ったが・・・俺も勘が鈍ったな」

独り言ちた後で苦く笑うと
「イ・ソナさん。大丈夫か?あいつらは厄介だぞ」
「大丈夫です」

今朝のソナ殿は本当に雪兎だ。
白い外套白い耳当、白い頬に紅い目で男性を見ると、困ったように微笑んだ。
「出国したり、旅行しても問題はないんですよね?」
それだけは確りと尋ねて下さる。

本音を言えば徳成府院君が如何なる問題に巻き込まれようと、我々は痛くも痒くもない。
但しあの方々の所為で最後まで親切だったソナ殿や叔母殿にご迷惑が及べば、合わせる顔がない。

男性は唇の端で苦笑を浮かべると、寧ろ残念そうに首を振った。
「何の問題もない。俺ならいっそ身元引受なんて拒否して、施設にでもぶち込んでやりたいね。
若いあなたがそんな面倒を背負う事は無い」
「あ、あの・・・」
「金持ちだそうだから、いっそ外国にでも行っちまえば良い。出国制限だってかかっちゃいないんだ」
「そうなんですね」
「まあ、まともなパスポートを持ってるかどうかは疑問だがな。偽造だったとしても、あなたに被害が及ぶ事は無い。
どうやって手に入れたのか、奴らが拘留して調べられるだけの事だ。あなたは善意の第三者だから」
「あの、私より、このお兄さん達に迷惑が掛かる事は・・・」
「兄さん達か。この人らはもっと関係ないよ。安心していい。俺達はお兄さん達の身元すら判らない」

そこで初めて心から安堵したように、ソナ殿は大きく息を吐いた。
「良かった・・・」
「じゃあ連れて来るから。逃げる体力も残ってないだろうが念の為、移動中は気を付けろよ。
容疑者でない以上手錠は掛けられん。これで逃げられればそれこそお嬢さんに迷惑が掛かる」
「お任せ下さい」

私が微笑み、隊長が無言で頷き、副隊長が確約の声を上げる。
その声に頷き返すと男性は卓上の小さな鋼の箱の扉を開けて、小さな錠前の束を取り出す。
そして指先で重い音で鳴らして一つを選びつつ、鉄格子の扉へと近付いて行った。

 

*****

 

けいさつしょを出た途端、隊長と副隊長が徳成府院君と供を物陰へと引き摺り込む。
私には予想の出来た動きとはいえ、隣のソナ殿はさすがに息を呑む。
「チュンソクお兄さん!」

小さな叫び声を目で制し、お二人が白い半透明の硬く細い紐を懐から取り出す。
同時に徳成府院君と供の腕ごと背へ廻し、徳成府院君と供の肘と手首をその硬い紐で拘束する。

昨日の宵、溶け残る雪中で時間を潰した私達があの部屋へ戻った時。
何故か副隊長とソナ殿は、和気藹々と荷作りに精を出していた。
「あ、お帰りなさい」

泣き腫らした真赤な瞳、それを隠そうともしない嬉し気な笑み。
迎えて下さったソナ殿が持っていらした小さな半透明の紐の束。
「今、皆さんの衣装をまとめてたんです。大切な物だからばらばらにしないように。ね?」

ね、と問われた副隊長は何処か困ったような顔で頷き、その指先の紐を隊長へと差し出す。
「結束ばんど、というものだそうです。確かめましたが」

副隊長は他の一本を取り上げると御自身の手首へ巻き、紐の片側の端にある刻みをもう片端の穴に通して引張る。
その刻みは音を立てて逆端の穴を通り、副隊長の手首に巻いた紐はもうびくとも動かない。
瞬く間に締まった紐の端は刻みが邪魔して、逆に引き抜く事は出来ない作りになっている。
「奇轍が万全の態勢であったなら子供の玩具程度かも知れませんが、用意するに越した事は無いかと」
「・・・便利だな」

隊長は興味津々と言った視線で半透明の紐を眺めると、御自身の手首に同じように紐を巻きつけて試す。
巻いて端をくぐらせ、音を立てて牽いて確かめ、
「外す時は」

短く尋ねた声に、ソナ殿が近くにあった鋏を取り上げ副隊長へ渡す。
副隊長はその鋏を隊長へと渡しながら
「これで切って下さい。自分も幾本も確かめました」
「刃の入る隙間すら無い」

隊長は珍しく奮闘しながら手首に巻いた紐の下にどうにか鋏の刃を当て、音を立てて紐を断ち切った。
「これは良い」
「はい」
「天界は紐も良ければ鋏も切れる。チュンソカ」
「はい、隊長」
「考え直すなら今だぞ」

ソナ殿との話合いの仔細など何も伺っていないのに、隊長は何もかもご存知の顔で首を傾げる。
そして副隊長もそれに全く異議を唱えず、ただゆっくりと首を振る。
「戻ります」
「そうか」
「いつかもう一度、堂々とお逢いする為に」
「・・・ああ」

隊長はそれ以上は尋ねず、ただ副隊長の肩に手を置いて脇を擦り抜け、御自身の荷を纏めにかかる。
部屋隅の箪笥上に掛けた麒麟鎧。
ほんの数日前なのにこうして見ると、やはり隊長に最も似合うのはその藍鉄の鎧だと思わされる。

鎧の胴に畳んだ高麗の上下衣を入れて先刻の結束紐で縛り上げれば、隊長の荷作りはもう完了だ。
ソナ殿が見兼ねたように、副隊長の背の影から隊長へそっと声を掛ける。
「あの・・・チェ・ヨンさん」
「は」

呼ばれて眸を上げた隊長に向かい
「その衣装・・・そのままだと目立ちます。何かで包みますか?」
最後まで恐る恐るのその御様子に苦く笑むと
「はい」

隊長は頷き腰を上げる。
ソナ殿は近寄った隊長に大きな一枚包を渡し、またすぐに副隊長の影に隠れてしまわれる。
「あ、あの、チェ・ヨンさん」
「は」

御自身の荷を包んでいた隊長が顔を上げると、ソナ殿は意を決した様子で副隊長の背越しに顔を出し
「チュンソクお兄さんを、よろしくお願いします。あんまり意地悪はしないで下さい」

そう言って小さな頭を深く下げられ、隊長は憮然として呟いた。

「・・・端よりしておりません」

 

 

 

 

2 件のコメント

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    いつか会う約束もできたし
    なによりだわ ちょっとさみしいけど…
    便利なグッズもげっとして
    さぁ 帰らなくっちやね。
    ソナちゃん… テジャンは意地悪してないよ
    ちょっと 困らせちゃうけど(笑)
    天界でも 高麗でも こまり眉毛…
    チュンソクのこと 気にかけてくれるのね
    かわいい娘だわ♥ 泣かせちゃダメよ。

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    ソナ、かわいい~❤️
    ソウルのこのソナには、もう会えなくなるのかと思うと、淋しい(/ _ ; )
    長編にして頂けたので、もうどっぷりとはまりまくって、愛着もひとしおです(*^^*)
    ソナ、幸せになってー!

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