2016 再開祭 | 嘉禎・35

 

 

「ヨンア、そっちは」
「黙ってついて来て下さい」

足を踏ん張って俺の歩を止めようと無駄な抵抗を試みるこの方を半ば引き摺るように、その手を握って歩く。
天界の沓の踵が地に擦れ、削れる騒がしい音がする。

「ヒール折れちゃうってば」
「ならば歩けば良い」
「だってそっちに行ったら、また大騒ぎになっちゃうんだって」
「下らん」

裏道から横へ道を一本逸れれば、すぐに賑やかな表通りへ戻る。
「あ!」

表通りへと踏み込んだ途端、そんな大声が飛んでくる。
慌てて逃げ出したげな小さな手を掴まえ、表通りの真中を歩く。
騒がれて逃げ出すなど真平だ。
叫びたければ叫べ。追い駆けて来たければ来い。勝手にすれば良い。

天界にどれだけ人が溢れようと、どれ程喧しい声が響こうと。
俺にとってはこの方しかいない。この方の声しか聴こえない。
変わらない。初めて訪れた時から。
眸が潰れる程眩い部屋の中の動く絵の前で、初めて話すこの方を見つけた時から。

わざわざ天界まで出かけておきながら、たかが王命で医仙を得て戻って来ただけか。何と愚かだ。
お前を天界へ行かせると選んだ時に、高麗は終わった。
奇轍に吐き捨てられた言葉を繰って、苦く笑って首を振る。

もしも幾度選べるとしても、俺には向かぬ。
この方がいらっしゃらなければ来たいとも思わぬ。
そしてこの方が来たいとおっしゃれば、幾度でも足を運ぶ。

俺の決意などそんなものだ。この方のねだり声一つで吹き飛ぶ。
その笑顔が見られると思えば、風見鶏のように其方へと向かう。

騒がしくなる雑音の中を足早に抜けながら、気まずげに周囲を見廻し、この方が囁く。
「とりあえず、行こう。どっかに隠れてやりすご・・・」
「何故」
「はい?」
「何故隠れるのです」
「だって追いかけられるし、嫌でしょ?」
「構いません」

片頬で笑んで首を振ると、あなたは驚いたように足を止めた。
「従いて来るなら来れば良い。騒ごうが喚こうが」
「・・・ヨンア」
「はい」
「もしかして、開き直っちゃった?」
「はい」

この方の声以外は聴く気も無い。放って置けば良い。
見知らぬ町、見慣れぬ景色、見た事も無い品々。
その中で再びあなたを見つけられる、それだけで良い。

俺達は幾度でも巡り逢う。
胸を突かれるような懐かしさと、息が詰まる新たな驚きの中で。
それだけの事だ。
「では、何処へ」
「えーと、あのね、ハーブティーを買いたいの、さっき教わったフェンネルと、あとフェネグリーク。
フェンネルは多分ウイキョウだと思うんだけど、フェネグリークっていうのは知らないし」
「参りましょう」
「うん!」

嬉し気に頷くと、小さな手が確りと俺の手を握り返す。
確かめるように指先で、小さく薄い掌をゆっくり包む。
幾度握っても足りん。
他の何よりこの掌に馴染んだ温かさに、握る度に乞う。
離さない。離せない。離したくない。

横を歩くこの方の様子を窺う。
まだ機嫌が悪いのか、それとも俺を慮っているのか。
次に眸を空へ投げ、陽の高さから刻を伺う。
もしも高麗と同じだとすれば、ほぼ頃合い。
「イムジャ」
「なあに?」
「腹が減っていらっしゃいませんか」
「・・・空いたけど」
「何か召し上がりますか」
「いいの?ほんとに?」
「はい」

次に天界に来る時は。そんな機会があるとすれば。
この方のおっしゃる通りだ。何をするにも必ず金がかかる。

二度とこの方が金入れを開ける事のないように。
どれ程金に疎くとも、その程度の自尊心は持ち合わせている。
俺はこの方の色でも無ければ、情夫でもない。
惚れ抜いた女人に飯も喰わせられぬようでは男の屑。
「イムジャ」
「うん」
「高麗の金は、天界で遣えますか」

突然の問いに、この方は申し訳なさげに無言で頭を振った。
次に訪れる時には、まず金策の算段からか。
落胆の息を吐き、騒がしい町を俺達は歩く。

 

 

 

 

8 件のコメント

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    さらんさん、おはヨンございます❤️
    ヨン開き直ったのね♪
    周りがどんなに騒いだってウンスしか見えないものね( ´艸`)
    そうだ!ハーブティー買い忘れてましたね~!
    腹ごしらえしてハーブティー買って、まだ天界デートは出来そうですね♪
    警察の動きも気になるけど…
    女にお金を払わせるなんて格好悪いと思ったヨン!どこまでも男の中の男だわ!! 高麗武士の男意気!
    ってか高麗にもヒモ男はいるのね…色とか情夫とかは女にお金払わせるのは同じなのか~
    残念ながら高麗のお金は使えませんね◟(๑˃̶ ੪ ˂̶๑)◞

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    ヨン… いい男だねぇ いい男だよ。
    ウンスばかりに なんて
    思うなんて… 優しい。
    涙でちゃうわ (。•́ωก̀。)グスン
    見た目だけじゃない やはり
    内面もすてきなのよ
    やっぱり 昔の男 大正解です!

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    これですよ(^^)
    ヨンのぶれないところ(^o^)v
    本当にステキです♡
    警察も出てきてるし、これからの展開にドキドキしながら続きが待ち遠しい(^^)です。

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    さらんさま
    天界の喧騒の中でも、決してぶれない男チェ・ヨン❤
    でもでも、すっごく繊細。
    だから、『男の屑』にはなりたくない。
    可愛い男の自尊心・・・信義廃人乙女のツボです、間違いなく。
    もっと甘~い天界デートになるのかと思っていましたが・・・
    さすが!さらんさん❤
    甘さも含め、期待を遥かに上回る面白さです!映像が浮かんで止まりません。
    周囲をスマホに囲まれながら歩くヨン。かっこいいけど刑事さんも出てきていたので心配です・・・どうなっちゃうの~(゚Д゚≡゚Д゚)゙?
    続きが楽しみです、さらんさん。
    ニヤニヤしながら待ってしまいそうです❤

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    ウンスは、周りの人たち(女性)の目が心配でたまらないようだけれど、ヨンは、開きなおったのね。どうせヨンの素敵さは、どこへ行っても目立つもの♪♪
    こんなときでも、ウンスの食事を気にしてあげて、ヨン、優しいなぁ。確かにウンスは、食事大好き。ヨンがお金を出してあげたくても、高麗のお金、遣えないのよね・・。高麗では、すごいお金持ちのヨンなのに。
    でも、すぐにはお店で遣えなくても、高麗のお金を、コインを扱うお店に持っていくと、価値がでるかも? そんなことすると、店の人から「どうして持っている?」と、不審がられるのかなぁ。
    頑張ってね。二人!

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    知ってはいたけど…解ってたつもりだけど…
    ヨンの男気に改めて惚れ直すわ
    黄色い声にもピクリともせず
    ただ愛しいウンスの小さな掌を握りしめ
    瞼に写すのはただ一人
    そして今はウンスのお腹の心配
    高麗の貨幣 何処かでウォンと両替えできませんか?

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    古物商みたいな所だったら、高値で換金出来るかもなんて思ってしまいました。
    状態が良いから、価値があるんじゃないかな~
    そういえば、以前見た「イニョン王妃の男」で、朝鮮王朝時代の名刀を、ソウルで換金するシーンがありました^^
    でも、夫婦なんだから、どちらが支払おうがそんなに気にしなくても良いのにね。
    やはり高麗武士のプライドが許さないのかな( ´艸`)
    ヨンの写真がネットにUPされたら、ウンスも写ってるかもしれないから、両親が目にする事もあるかも・・・
    それにホテルのフロントで何か言われないかも心配です。
    まっ、今はランチデートが先ですね(o^-')b

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    「はい」
    ヨン開き直っちゃいましたね(笑)
    どんなにお金を持っていても
    高麗のお金が使えない!
    ショックなヨン。可愛そう(^^;
    楽しいデートも、ホテルに戻った時の慌てる二人が目に見えるようです。
    さらんさん❤
    ハラハラしてますよ~(^^;

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