公園に入ってからビンお兄さんとチェ・ヨンさんは、それぞれコートの胸ポケットに入ってた地図を取り出した。
「・・・此処からだ」
地図の一点を指で押さえて、チェ・ヨンさんがビンお兄さんへ短く言った。
「しかし、入口から遠いですが」
「奴なら慎重を期す。手前を探して奥から逃げられんように」
チェ・ヨンさんの断言にビンお兄さんは頷くと
「成程。あの副隊長であれば、そうなさるかもしれませんね」
そう言うと納得するように小さく笑った。
ずっと思ってた。チェ・ヨンさんが来てからは特にそう思う。
チュンソクお兄さんもビンお兄さんも、おまけにチェ・ヨンさんはもっと。
みんな口数がすごく少ない。
それなのにお互いにしっかり分かりあって、信頼しあってるように見える。
仕事場が一緒とか?
でもビンお兄さんは漢方のお医者様って言ってたし、チュンソクお兄さんやチェ・ヨンさんはお医者様っぽくない。
そしていつでも表情があまり変わらない。
チュンソクお兄さんはまだ分かりやすいけど、ビンお兄さんはいつも穏やかで、チェ・ヨンさんに至っては無表情。
ビンお兄さんはそんな事を考えて返事の遅れた私を振り向いた。
「大丈夫ですか」
チェ・ヨンさんは窺うようにじっと見てる私の視線に気付くと、相変わらず無表情のままで顔をそむけてしまった。
でも今、チェ・ヨンさんやビンお兄さんの気持ちより大切なのは。
「はい!早く行きましょう、チュンソクお兄さんが可哀想です。
キチョルさんが見つかったのも知らずに、寒い中捜してるんでしょう?」
早く教えてあげなきゃ。そうすればチュンソクお兄さんは明日の朝までゆっくり休める。
ゆっくり休んで、少しくらいは観光もして、そして空港まで送れたら嬉しいけど。
まずチュンソクお兄さんを見つけなきゃ、観光どころの話じゃない。
落ち着かない気持ちで辺りを見回す私がおかしいのか、チェ・ヨンさんとビンお兄さんは顔を見合わせた。
「何ですか?」
「いえ、随分焦っておられるので」
「それは・・・」
それは。
一目ぼれは私のスタイルじゃない。アメリカの学生時代から恋愛に臆病だった。
周りの友達がクラスメイトやフックアップで知り合った相手とどんどん恋愛してるのを、信じられずに眺めてた。
運命の相手を待ってるって言ったら、アジア人って変わってるって言われたけど。
だけど韓国に来てからもそれは変わらなくて、今度はアメリカ育ちって変わってる、そう言われて。
変わってるわけじゃない。心の奥で呼んでる声をずっと探してた。
懐かしいあの声。
それは自分の名前なのに自分の物じゃないような。
たとえば夢の中とか、夕暮れの中とか、ふとした瞬間に蘇るような。
Once in a day.
1日の中の一番きれいな時間にだけ、遠くで響くみたいな優しい声。
お兄ちゃんでもおじいちゃんでもなく、ママやパパでも叔母さんでもない。
小さい頃からずっと聞こえてた、でも私の大切だった誰とも違う声。
それがチュンソクお兄さんかどうかは分からない。
ただ自分の心のどこかが走り出す。
会うたびに声を聞きたくなる。呼んでほしくなる。
そして約束したくなる。また会いましょうって。
何度でも会おう、会いに行きます。会いに来て。
迷惑かも知れない。知り合ったばっかりの私にこんな風に思われて。
だけど約束したくなる。必ずまた会えますって。
いつかどこかで聞いた。縁があれば必ず会える。
どれだけ離れても、切れそうに細い糸でも、縁があれば繋がり続ける。
その証拠に私の足は、雪の中を迷わずにどこかに向かって駆けて行く。
入口から大きく分かれていろんな方向に向かってく道の1本を選んでまっすぐに、どこに繋がるか知ってるみたいに。
足に任せて。心を信じて。まっすぐ走って。
いつか覚えていないくらい昔、それを教えてくれたのは誰?
「ソナ殿」
後ろからそう呼び掛けるビンお兄さんの声が遠くなる。
それでも振り向かずに走る。心を信じて、足に任せて。
そしてその先に見えてくる、とっても懐かしいあの姿。
「おにいさーーん」
呼び掛ければ振り向いてくれる、心配そうな優しい目。
「お兄さーーん!」
どんどん近寄るその姿にまっすぐに駆け寄って、ああ、でもまず一番大切な事を伝えなきゃ。
「見つかりましたよ!!」
これでお別れの日が早まっても、チュンソクお兄さんにとって大切な事なら。
私の声にチュンソクお兄さんが私の向こう、ゆっくりと歩いて来るビンお兄さんとチェ・ヨンさんを驚いたみたいに見た。
*****
「臭い飯の味はどうだ?」
鉄格子の向こう、厭味な笑顔を浮かべて男が問うた。
「安心しろ。逮捕じゃないよ。身元引受人が来るまでの保護だ。その飯も後で身元引受人が支払う事になる。
あんたらのせいで大迷惑だ。あんたはお偉いさんだそうだから、しっかり借りは返せよ?」
閉じ込められた鉄格子。体調が万全で気が充分なら、氷功で粉砕できるのだろうか。
男に向かい立ち上がり、間を隔てるその鉄格子に手を掛け氷功を放ちかけて諦める。
先ずは放つほどの気が残っておらぬ事。
そして認めたくはないが、今の氷功では破れそうもない事。
音を立ててその格子を揺する程度が精一杯だ。
「誰が来るのだ」
「何だって?」
「我らの身元を引き受ける者とは、誰なのだ」
「イ・ソナさんって、若いお嬢さんだよ。心当たりはないのか?」
「イ・ソナ・・・」
心当たりがある訳がない。天界に知り合いなど居らぬ。
「但し彼女も代理だろうな。実際にあんたらを探してるのはモデルみたいな美男子3人だろう。こっちなら心当たりはあるか?」
「男、三人だと」
「ああ。身長はみんな俺くらい高い。俺も韓国人としちゃ相当高いと思ってたがな。
武道の心得のあるような体形で、今どきのそこらのひょろっちい若い男とは違う。
おまけに揃いも揃って顔まで良い。何なんだ、あの人らは」
丈の高い男。二人ならばまだ判る。
あの時私と共に天門に呑まれ、この世のあの石像前で振り切った迂達赤と皇宮の医官だろう。
しかし三人目の男に思い当る者など居らぬ。
あの時追手は確かに二人、そして像前にも我ら四人だけだった。
「その人たちがあんたらの身元を引き受けてくれる。感謝しろよ。しかし迎えが来るまで調べ上げてやる。
黙秘するなら指紋からだ。後ろ暗い事があるなら覚悟しとけよ。そのまま留置所にぶち込む。
身元引受人がいようが、お前がどれだけ偉い奴だろうが関係ない。正義は勝つんだよ。
いつまでも裏から汚い手を廻して、人の上に立ち続けられるなんて勘違いしてんじゃねえぞ。お前も青瓦台も」
男は意味の判らぬ声を吐き捨てると格子を蹴りつけ、うんざりした表情で踵を返して私の前から去って行った。

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ソナちゃん チュンソクの用事が早く済んだら
あれや これや 一緒に過ごしたいのね~
どうかな できるかしら
きっと ぽっぽの眉毛が反り返る
なんだか ソナちゃんを思うと涙が出てくる。
氷功も使えない 残念な威張りん坊…
かなりの言われようですが
反省の色なし? さすがに
天界でろくな目に あってないので
連れて帰られることに 喜んじゃうかも~