2016 再開祭 | 五徳・弐

 

 

【 徳目之二・良 】

 

 

「隊長」

長かった陽がようやく暮れ落ち、油灯を灯し始めた兵舎の私室。
扉外の聞き慣れた呼び声に顔を上げる。

「入れ」
「お呼びですか」

入って来たトクマンが、卓まで寄って頭を下げる。
「ああ」

思い当たる節もない様子で首を捻る奴へ向けて、俺は単刀直入に訊いた。
「槍の鍛錬をつけてみるか」
「俺が、鍛錬主ですか」

俺の問いに驚いた顔で、トクマンが叫ぶように言った。
遠回りしようと真直ぐ問おうと、訊く言葉には変わりない。

「大護軍が、教えて教わる事もあると言っていらした。ただ」
「教えます!」

ただ、お前がこれから背負うものが心配だ。
その言葉は途中で返るトクマンの大声に遮られた。
俺に向かって前のめりに身を乗り出し、喜びに赤くなった奴の顔を見上げる。

「自分の鍛錬に費やす暇は減るぞ」
「その分、皆と鍛錬できますから」
「自信はあるか」
「自信はありません。でも伝えたい事があります」
「伝えたい事」

トクマンは嬉しそうに、俺の声に幾度も頷いた。
「トルベから教わった事、チホから教わった事。何より大護軍から教わった大切な事。
それを伝えたいです」
「そうなのか」
「トルベが死んで、俺はあの槍をそっくり真似したかった。
あいつが無双の槍名人だった事を忘れられなかった。でも追い付けなくて。
そんな時、俺には俺の槍があるって教えてくれたのは大護軍です。
真似じゃなくて、トルベの槍を受け継げって。それには心を継げって」

とうの昔にあの人の手で、布石は打たれていたわけだ。
トクマンの言葉に頷きながら、やはりあの背には追い付けないと思う。
結局こいつの答は、もう大護軍に導かれていたわけだ。
俺はこうしてそれを声にする機会を作ったに過ぎん。

「お前の槍が、ぶれたりしないか」
「ぶれる、ですか」
「皆がお前ほど呑み込みが早いとも、才に恵まれているとも限らん。
お前のように恵まれた体躯でない奴もいる。思ったように技が伸びず、悩む奴も出る。
そんな奴らの面倒も見られるか」
「隊長」

奴は困ったように少し笑うと、俺の目を真直ぐに見た。
「優しいんですよ、隊長は」
「・・・何だと」
「鍛錬のたびに、俺たち一人一人にそんな事考えてくれるんですか」
「当然だろう!」

誰一人欠けるわけにいかん。何故ならそれが大護軍の望みだからだ。
その為に死ぬ気で鍛錬する。己も、そして迂達赤のどの兵も。

ましてその兵に鍛錬をつけるとなれば、担う責はなおさら重い。
習得の速さは違おうとも、全員を戦場から生きて帰す為に。
遅い奴は引っ張り上げ、早過ぎて地に足が着かねば諌めて鍛錬する。

口で言うだけなら易い。手縛ならば教えられる。
しかしこいつにその重責を背負わせるのはまだ早いと、こうして口にしても惑いはある。

自身の手で兵達に鍛錬をつけ、その結果誰かが欠ければ己を責める。
今までのような、ただ死に物狂いで鍛錬だけする兵の立場ではない。

あの時こう教えていれば。あの時ああ言っていれば。
あの時こう動いていれば、そうすれば今、あいつは共に帰って来られたかもしれんと。
まだ若いこいつにそれを背負わせるのは、酷な気がして仕方ない。

「でも、やりたいです。今の俺の槍は、迂達赤の中で誰よりトルベの心を継いでますから」
いつもは見せん生真面目な顔で言い切られては立つ瀬がない。
「・・・無理はするなよ」
そう言ってやるのがせいぜいだ。

「勿論俺も補佐に付く。しかし明日から鍛錬主は、お前に任せる」
「はい!」
トクマンが頷くとその長身の腰を折り、深々と頭を下げる。

この迷いの無さも勢いも、もう帰って来ない男に似ている気がする。
その心を受け継いだと言うのは、本当なのかもしれん。

踵を返して部屋の扉へ進んだトクマンは、最後にそこから振り返る。
「隊長」

いつもの呼び声に目を遣ると、奴は愉し気に笑って言った。
「心配ばかりしていると禿げますよ。キョンヒ様に嫌われます」
「馬鹿言うな!さっさと行け!」

思わず顔を熱くして怒鳴ると、首を竦めたトクマンは慌てて扉から逃げ出して行った。

 

 

 

 

3 件のコメント

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    そうね…ストレスは大敵!って
    専ら ストレスを与える人は あの上官?
    チュンソクだからできるのよ
    周りを見渡して 色々気遣うなんて~
    そそ 髷が結えなくなったら 大変
    キョンヒ様が…
    「チュンソク どうしたのだ? す、少ない…」
    泣いちゃうわよ~ ( p_q)
    トクマンがんばれ~。

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    トクマンくん、頑張って!!
    トルベやチホや、何より大護軍の思いが、トクマンに伝わっているのですね。
    そのために背負うものの大きさを、心配してあげられるチュンソク隊長。ヨンの女房だけあって、優しいな。
    トクマンくん、槍を受け継ぐ…だけでなく、心を受け継ぐ…のですね。大護軍ヨンと迂達赤隊長チュンソクの目は、確かなはず。頑張ってくださいね。

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    さらんさん❤
    新しいお話を
    ありがとうございますm(__)m
    此度は
    チュンソク隊長が主役ですね(^^)
    可愛いキョンヒちゃんとの
    ラブラブも有るのかなぁ~❤
    楽しみです(^-^)
    それにしても、トクマン君。
    頼もしくなりましたね。
    禿げたら~~に笑ってしまいました(^^)

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