2016 再開祭 | Advent Calendar・20

 

 

非常階段の最下階、駐車場フロアに続く非常階段の扉を開ける。
無機質で冷たい、グレーの駐車場の壁に響く騒々しい音。

その瞬間、駐車場に飛び出した俺を轢き殺しそうな猛スピードで車が1台、こっちへ向かって来た。
ぎりぎりで避け駐車場の床に転がった俺の横を通り過ぎたのは、目立たないグレーのセダン。
そのままブレーキも踏まず、駐車場の出口へ向かう。

「テウ!!!」

続いて聞こえた先輩の叫び声に、考える前に体が反射的に動く。
床から跳ね起き、タイヤを軋ませて俺の前30センチで急停車した先輩の車に飛び乗る。
「何があったんですか」
「舌噛みたくなきゃ、黙ってろ」
「先輩!」
「つい1分前。部屋のドアが開いた。お前だと思った」

駐車場の入口のスロープへと思い切り切った先輩の荒っぽいハンドル捌きで、車内の俺達の体が大きく右へ振れる。
この先輩って人は基本の外見は典型的なグッド・コップタイプだ。
柔らかな物腰、穏やかな口調。
容疑が固まるまで、容疑者がどれ程心象的に真っ黒なグレーでも、絶対に規範外の取り調べや無茶な尋問はしない。
けれどその物腰に騙されれば、馬鹿を見る事になる。
一度その気になれば根性は座っているし、実は相当気も荒い。そして絶対に裏切らないし嘘は吐かない。
ヒョナを亡くして初めてコンビを組んだ相棒が先輩だったから、国情院への転籍まで俺はどうにかやって来られた。

前の車はもう目と鼻の先。そのリアウインドウは視界を遮るような濃い色になっている。
しかしそこから確かに振り向いて、こちらを見ている女性の姿。

声は聞こえない。ガラスのせいで表情もよく見えない。
それでもその輪郭。髪形。掴む場所もないリアウインドウに強く押し付けられた、小さな両手。

聞こえない声が聞こえる気がする。テウさんと呼ぶ彼女の声が。

「部屋のドアが開くんだ、家主だと思うだろう。
いつもの調子で声を掛けようと思ってクォン・ユジの部屋の前を離れた瞬間に、奴がまず玄関で殴り倒された」
「はい」
「そのまま男が2人、土足で部屋へ入って来た。推定25から30歳、少なくともうち1人は格闘技の経験がある。
何しろ俺も腹に一発喰らってるから」

先輩は口唇の端に滲んだ血を、忌々しそうに指の腹で強く拭う。
「骨折でなくて良かったよ。ヒビは入ってるだろうな」
「運転、代わります」
「いや、取りあえず停車の暇はない。このまま行く。警察の捜査車輌だから、国情院のお前が運転するのもまずい」

先輩はこんな時なのに、俺を安心させる為にだけ笑って見せた。
「いざとなったらケツからぶつけたいところだが、クォン・ユジが後部座席に乗ってるからな」
「・・・はい」
「行ける処まで追跡。お前は無線で本部に連絡。懐かしいだろ」

どこまで本気か判らない先輩の軽口に救われた気分で、俺はダッシュボードに組み込まれた無線機のマイクを取り上げた。
雪のおかげでガラガラの道路は速度制限なしで走り放題。
しかし逆に一歩ハンドル捌きを間違えれば、そのまま大事故に繋がる恐れもある。

前方を猛スピードで走る車輌をぴったり追走し、先輩が聞いた。
「で、相手は?」
「盗聴器が仕掛けられていました。集音先はアメリカ」
「そうだったのか」
「ええ。そして恐らく彼女を拉致したのは青瓦台です」
「お前も大変だな。生みの国と、育ての国と」
「・・・ああ、そうだ。そうですね」

考えもしなかった。先輩に改めて言われるまで思いもしなかった。
そうだな。
結局俺の生まれた国も両親が見捨てたような碌でもない国だったし、育った国も体験してきた人種差別同様に碌でもない国だったし。

人種や、金や、仕事や学歴や。そんなもの糞喰らえだ。
それは人間の品格には無関係だし、俺が愛する守りたい人たちは、何処で生まれても何をしていても心から大切な事に変わりない。

ただ守りたいという心の声だけを俺は聞く。
そして素直に従う。体が走り出すに任せる。
先輩も、後輩も、ヒョナも、ウンスも、そして前の車のガラス越しに懸命に何か叫んでいるクォン・ユジも。

もう誰も失いたくない。約束半ばで諦めて泣きたくない。
駄目だった、力が足りなかったと後悔だけはしたくない。
そんな恥ずかしい後悔の中で生きるくらいなら、死ぬ方が良い。

だから信じて欲しい。安心して、泣かないで、俺を待って欲しい。
俺はここにいる。ここまで来た。見つけたから、絶対に救い出す。

叫び出しそうな胸を宥めて、目前の車に意識を集中する。
「先輩」

待ってろ、クォン・ユジ。
ジャケットの前を開け、胸に提げたホルスターから銃を抜く。
「おいおい、キム・テウ。早まるなー。早まるなよー」

横目で俺の挙動を確かめた先輩が、緊張をほぐそうとお道化てみせる。
「一発目は空砲です。いざとなったら、車横に付けて下さい」
「相手は青瓦台だろ、馬鹿野郎。発砲なんかしたら」
「国情院職員宅への侵入。一般人の拉致。警察官への暴行。証拠は充分ですよね」
「だからってお前」
「ケツからぶつけるか、タイヤを撃ち抜くか。ぎりぎりまで発砲はしません。約束します」
「・・・本当だろうな」

黙って頷く俺に諦めたような大きな溜息を1つ。先輩はアクセルを踏み込み、車は雪道でぐんと加速した。

 

 

 

 

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