2016 再開祭 | Advent Calendar・21

 

 

「・・・先輩」
「ああああ、判ってる。今考えてるよ」

013、聞こえますか。応答下さい。

「まずいです。この先は」
「判ってるって、決めるから黙ってろ」

013、聞こえていたら応答下さい。

俺の声、先輩の声、ダッシュボードの無線からの声が車内に響く。
そして最初にブチ切れたのは無線室からの声だった。

おい、ユン刑事!!聞こえてるんだろう、応答しろ!!
一体何を考え、いや、どこに向かって、いや、隣にキム・テウがいるだろう!!どっちでも良いから早く応答しろ!!

続けざまの無線からの怒鳴り声。懐かしい刑事課長の声に俺は無線機を取り上げてボタンを押した。
「課長、キムです」
「おまあああえぇぇ!!!」
「血圧が上がりますよ、課長」

真赤な顔に汗を浮かべ、額に青筋を立てる課長の顔が想像できる。
俺が敢えて静かに指摘すると、課長の怒鳴り声が即座に返った。

「もう遅い、誰のせいだ、俺が心臓か脳溢血をやった時にはお前ら全員の枕元に化けて出てやるからな!今から覚えとけっっ!!」
「落ち着いて下さい。今、重要事件の容疑者の車を追跡中です」
「重要?容疑者?何の事だ、何でユン刑事の捜査車輌でお前が追跡中なんだ?!」
「ユン刑事が運転してます」
「課長。ユンです。詳しくは後で。青瓦台の元契約職員が拉致されました。俺も現場にいたので」

無線の遣り取りの横、先輩がマイクに向かって大声を上げた。
「・・・一体何が起きてるんだ。チャン刑事から本部に連絡が来た。肋骨が2本折れて治療中だ。お前ら2人テウのところにいたのか?」
「ええ」
「青瓦台の元職員ってのは、一体誰だ」
「彼女は、テウの」
「恋人です。課長」

俺の一言に無線の向こうの課長も、そして先輩も黙り込む。
いや、黙らせたかったから言ったんだ。別に構わない。全てを丸く収めるにはこれが最良の策だ。
恋人です。その詭弁。
恋人が攫われたから、黙っていられなかったんです。
恋人を守りたかったから、先輩に協力を頼みました。

でもそれだけだろうか、本当に?

「そうなのか、テウ?」
「はい、課長」
「彼女は無事なのか?」
課長は拍子抜けするほど呆気なく、俺の言葉を信じてくれた。
しかし先輩は俺の横、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔で目を丸くして固まっている。

先輩。口だけを動かして、前の車を顎で指す。
ようやく我に返った先輩は前を向き、もう一度前方車輌との車間距離を詰めた。

「今のところは。追跡車輌の内部で、顔は確認できます」
「・・・判った。市民の保護は警察の仕事だからな。無茶するなよ」
「ありがとうございます、課長」
「ユン刑事は戻ったら報告書だ。文面を考えとけよ」
「はい、課長」
「2人とも充分気を付けろよ」
「はい」
「絶対逃がすんじゃないぞ!」
「はい!」

課長の無線はそこで切れた。そして先輩は何とも複雑そうな表情で、助手席の俺を横目で見た。

「テウヤ」
「はい」
「お前ら、そういう・・・いや、お前は、そういう・・・」
「先輩」
「まだ数日だぞ?俺が引き合わせた日が初対面だろう?」
「はい」

俺自身、判らない。咄嗟に口から飛び出した。
黙って欲しかったから。先輩を守る策として。
それも嘘じゃない。計算がなかったとは言わない。
だけどあまりにも自然に、口から飛び出した。

恋人です。

言った瞬間は何も考えなかった。ヒョナの事もウンスの事も。
ただ本当に、本当に懐かしくて、やっと言えた気がしていた。恋人ですと。

俺は運命論者ではないし、輪廻や前世も全く信じてはいない。
ただ心理学的に立証されている。人間は100%の嘘はつきにくい。
病質的な虚言癖でない限り、どんな嘘にも数%の真実が含まれる。

そして口にした瞬間、自分でも信じられない思いだった。
確かにこう思えた。俺は今、とても正しい事を言ったと。
多分ずっと言いたかった。俺はここにいる、君を待っていたと。
こんな風に追い込まれなければ、気付くまでに何年もかかったかもしれないけれど。

「このまま行けば、青瓦台です」
「だから考えてる」
「中に入られれば、警察でも捜査車輌でも立入許可が必要です」
「判ってるよ」
「その前に片を付けます。寄せて下さい」
「テウ」
「寄せてくれ、先輩」

銃のシリンダーを開き、装填を確認して戻す。
静まり返った車内に冷たく重い鉄の音が響く。

「一発目は空砲です。止まらなければ二発目でタイヤを撃つ」
「本気だよな」
「急いで」
「・・・判ったよ。ケガしてもさせても文句は言うなよ」
「先輩」
「何だよ」
「結局巻き込んで済みません」
「謝るな、馬鹿が」

先輩は思い切りアクセルを踏み込む。
同時に俺はサイドウインドウを降ろす。
強く冷たい風が車内に吹き込み、右半身全てを凍らせる。

上半身の自由を奪っているシートベルトを外す間に、車は前方車両の真横に並んだ。
さすが先輩、運転の腕も良い。

「じゃ、行きます」

先輩に笑い掛け、開いた窓から半ば身を乗り出し、並走車輌の運転席を真直ぐに見つめる。
ドライバーの男は俺が両手で構えた銃を確認し、僅かに顔色を変える。
但し相手も判っているだろう。一発目は空砲だ。

だからこそそれを判らせる為に、敢えて相手の車のドアに狙いを定め、躊躇なくトリガーを引き絞る。
空砲とはいえ発射すれば音も反動もある。
缶ジュースに至近距離から当たれば、貫通するくらいの威力だ。下手にドライバーの体を狙うわけにはいかない。

音と反動はドア越しに伝わっただろう。相手の車の速度が落ちた。
同時に先輩はハンドルを切って前に回り込み、雪にタイヤを滑らせながら奴らの車の鼻先へ斜めに突っ込む。

ドアを蹴り開け銃を構えたまま、進路を塞がれた格好で急停車した相手の車へ走って、リアシートのノブを掴んで思い切り引いた。

 

 

 

 

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