2016 再開祭 | Advent Calendar・19

 

 

予想通り、10分とかからず到着した自宅建物の前。
タクシーを飛び降り、メインエントランスの自動ドアを抜けて中へ駆け込んだ。

エントランスの隅にあるコンシェルジュのデスクで、見慣れた顔の初老の男性が丁寧に頭を下げ、穏やかな笑みで迎えてくれる。
「キム様、お帰りなさいませ。お寒かったでしょう」
「戻りました」

それだけ言って停まっているエレベータのボタンを押すと、小さな音と共に目の前の扉が開く。
飛び乗って自宅フロアの階数ボタンを押す。
動き始めるまでのほんの数秒がもどかしい。

何か異常があれば先輩から連絡が来るはずだ。連絡がない以上、何も起こっている筈がない。
それでもクォン・ユジの無事な顔をこの目で確かめるまで、気を緩める事は出来ない。

上昇するエレベータの床をブーツの爪先で打つ。
耳障りな音が、上昇する狭い箱の中に響き渡る。
低く流れるエレベータのBGMとはあまりにも異質な、胸の中の不安と不快感を凝縮したような音。
それでも止める事が出来ない。

待ってろ。待っててくれ、あと10数秒だけ。
俺はイヤと言う程よく知っている。
80数年の平均寿命からすればほんの僅かな数秒が、残りの人生を変えるのには十分なものだという事を。

狭い箱が、軽い反動と共に停まった。
次の瞬間、目の前の扉が静かに開く。
飛び出した廊下は、全くいつもと変わらなかった。

変わらない静けさ、変わらない光景。

いつもと変わらない廊下を駆けいつもと変わらない扉前に立ち、部屋の前で一息、呼吸を整える。

数秒が人生を変える。気付いたのは偶然だった。
呼吸を整え、足元を見たから気付けた。

泥の靴跡。
そのうちの二組は俺とすれ違いに部屋に入り、彼女を守ってくれていた先輩と後輩の分だろう。

では、他の二組は?

この管理の行き届いた、俺には不釣合いな高級マンションは完全管理が売り物だ。
24時間態勢のコンシェルジュサービス。
居住者専用の、部屋のキーでのみ利用できるジム。
メインエントランスから地下駐車場、エレベータから非常階段、各フロアの廊下まで館内の公共スペースに設置された防犯カメラ。
年末年始、名節にも欠かさない毎日2回の館内清掃。

その磨き上げられた廊下、俺の部屋の前にだけこれ程多くの靴跡。

次の瞬間、出来るだけどこにも触れないよう、手袋をはめたままの指先でキーロックを解除し、ドアノブを捻って部屋へ入る。

内部にまだ侵入者がいるなら、ロック解除音で気付かれるだろう。
しかし部屋に入った瞬間俺が見つけたのは、玄関のエントランスにこちら向きに倒れた若い後輩の姿だった。

「おい!!」
その横に膝を着いてしゃがみ、口許に手を持って行く。
呼吸はしている。室内で上着は脱いでいるが目視の限り、その白のセーターにもジーンズにも血痕のような物は見当たらない。

声を掛けながら室内の目の届く範囲を見渡す。
床の靴跡。それ以外特に目に付くものはない。
物盗りの犯行ではない。部屋の中はいつも通り整然としている。

ただ彼女の部屋のドアが大きく開き、無人の部屋の床に乱れたベッドシーツが床に落ちていた。

玄関のエントランス。先輩の靴はない。彼女の靴はある。
別の靴を履いて出て行った可能性もある。
しかし後輩が倒れ、先輩の姿がなく、玄関から室内への泥の靴跡がある以上、侵入者に抱えられた状態で拉致された可能性が高い。

倒れたままの後輩は床で唸り、どうにか体を起こそうと踠く。
「寝てろ!先輩はどうした、クォン・ユジは?何があった」
「侵入者・・・が」

奴は苦しいのか顔を歪ませ、両手で腹を押さえて言った。
「今です。先輩と・・・すれ違いに・・・」
「外国人か」
「アジア系です。詳細不明です・・・」
「救急車、呼べるか?」
「はい・・・すいません、テウ先輩。すいません」

奴は心底悔しそうに息を切らし、唇を噛み締める。
「謝る馬鹿がいるか!俺は行くから、すぐ警察と救急に連絡しろ。出来るか?出来るな?」
「はい、先輩」

それだけ聞いてから部屋を飛び出る。
エレベータホールを素通りし、ホール隅にある非常階段への扉を開けて、その階段を駆け下りる。

侵入者がエントランスから入れば、さっきのコンシェルジュの前を通る事になる。
この建物は見慣れない顔の訪問者に行先を訪ねる事になっている。
万一侵入者が俺の名を伝えればさっき頭を下げたあの男性が必ず俺に伝える筈だ。

そして先輩から連絡がない以上、侵入は本当に俺とはすれ違いのタイミングだったのだろう。
そうでなければ先輩は今、連絡不可能な状況という事になる。
可能性は薄い。リビングの床に靴跡はあったが血痕はなかった。まして先輩は靴を履いて出て行っている。

非常階段の中に高い靴音が響く。滑り止め付きのブーツだったのはラッキーだ。
精一杯の早さでそこを駆け下りながらただ祈る。

クォン・ユジ。先輩。

クォン・ユジ。先輩。

相手が誰でも知った事じゃない。手を掛けたなら許さない。

頼む。俺が行くまで、頼むから無事でいてくれ。

 

 

 

 

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