2016再開祭 | Advent Calendar・10

 

 

夢から醒めた寝室。窓の外から差し込む年末のイルミネーション。
真っ暗い部屋の壁をぼんやりと照らす、赤や緑の点滅灯。
その灯の中、二、三度瞬きをして体を起こす。
うっかり寝入ってしまったらしい。ベッドに倒れた記憶も曖昧だ。

両掌で顔を拭って思い出し、慌ててベッドを飛び降りる。
何て事だ。訳ありの同居人を迎えた初日に寝入るなんて。

寝室のドアを開け放つとリビングのカウチにちょこんと座った小さな背中が跳ね、丸い目が振り向いた。
「テウさん、大丈夫ですか?」
「・・・すみません、うっかり寝てしまって」
「もっとゆっくり寝て下されば良かったのに」
「もう充分です。ユジさん、風呂は」
「いえ。まだですけど」
「夕飯は」
「ええと・・・トッポッキを食べた時間が遅かったので。その後は荷物の片づけをしたりしてましたから・・・」

言い淀む彼女の向こう、壁の時計の時刻はもうじき21:00になる。
トッポッキを一緒に食べたのは、昼の2時を過ぎた頃だ。
こんな時間まで一人きりでリビングに放置した俺が悪い。
「まずは風呂を使って下さい」

そう伝えてリビングを横切り、水を飲もうとキッチンへ入る。
冷やしたボトルを取る為に冷蔵庫の扉を開け、昼と全く違う中身に驚いて手を止め、リビングのクォン・ユジに呼び掛ける。
「・・・ユジさん?」
「はい、テウさん!」

何事かと驚いたようにリビングのカウチを立って、クォン・ユジがキッチンへ駆けて来る。
そして開いた冷蔵庫の扉で理解したか、困った様子で眉を下げた。
「勝手に作ってごめんなさい。でも、キムチは早いうちに漬けた方がおいしいと思って・・・パンチャンも・・・」
着ていた大きめのニットの裾を指先で引っ張りながら口の中でごにょごにょと呟いた後、クォン・ユジはようやく俺を見た。
「不快にさせちゃったらお詫びします。勝手にキッチンを」
「そんな事は思っていません」

怒っている訳でも不快になった訳でもないと伝わるように、俺は心配そうな声にしっかりと首を振って見せる。
マートで買った食材は料理され、立派なパンチャンになってプラスティックコンテナに区分され、冷蔵室に積み重ねられていた。
牛肉や蓮根、鶉卵や豆のチョリム。大蒜やエゴマのチャンアチ。豆モヤシ、ワラビ、人参、ホウレン草のナムル。
一番大きなコンテナには作りたてのキムチ、水キムチ、そしてオイキムチにカクテキまでぎっしりと。
その大量のコンテナの影で遮られ、冷蔵室の庫内灯さえ薄暗くなる程だ。
「そうではなくこんなにたくさん、大変だったでしょう」
「そんな事ないです。久しぶりに思いきり料理が出来て、すごく嬉しかったです」
「次は必ず一緒に作ります」
「はい」
「風呂を使って下さい。その後晩飯にしましょう」
「判りました、テウさん!」

クォン・ユジはそう言うと、滞在中の私室として案内した客間へ走っていく。
彼女の動きのデフォルトは「小走り」だな。
客間のドアへ消えて行く背中を見ながら、ふと思う。

嬉しい夢を見た気がする。夢の中で大切な事を言われた気が。
けれどどれだけ記憶を遡っても、夢の中のその声はぼんやりとしか思い出せなかった。
ただよく眠り、良い夢を見たと思った。
ウンスを失って以来、本当に久々に。

彼女の作ったパンチャンやキムチ入りのコンテナの横に並べたミネラルウォーターのボトルを取り出し、額へ押し当てる。
暖かく切ない気配だけを残す、夢の切れ端を追うように目を閉じて。

そうしながらリビングへ戻り、クォン・ユジが座っていたカウチの上。
今までそこに存在していなかった、見慣れない茶色い塊に目を止める。
カウチの上で横になり、彼女が膝に掛けていたブランケットの中に取り残されているテディ・ベア。

女性はぬいぐるみが好きだというが、さすがに成人女性が持ち歩くのにこのサイズの熊のぬいぐるみは大き過ぎではないだろうか。
バッグに簡単に取り付けられるチャームのサイズではない。
そう思いながらそのテディ・ベアを指先で取り上げる。
「それ、耳に当ててみて下さい、テウさん」

風呂用の荷物を持ったクォン・ユジが部屋から出て来て、テディ・ベアを持ち上げた俺に言った。
「ハートビート・ベアっていうんです。録音機能が付いてて、音声を30秒録音できるんです。
妊婦さんが赤ちゃんの心音を録音して記念にしたりするみたい」
「・・・お子さんがいるんですか?」

年齢的には若いが不思議ではない。一人暮らしだから独身という根拠にはならない。
結婚や出産歴は記録になかったが、それは今回の問題と無関係だとの判断だったとしたら。
だとすれば、その子も保護対象者となるべきかもしれない。
質問に心底不思議そうに目を瞠り、クォン・ユジは噴き出した。

 

 

 

 

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