2016再開祭 | 蔥蘭・結篇【再会】

 

 

「・・・チャンイさん?!」
鎮州の入口、人待ち顔で紅葉の舞い落ちる景観の中に佇む女。
三頭の馬の蹄の音を聞きつけその顔が上がると同時に、鞍上でこの方が大きく叫ぶ。

「チャンイさんじゃない?私たちのこと覚えてる?!」
「はい。お久しぶりです」
俺とヒドが鞍を降りると同時に女は白々しい声で抜かし、丁寧に頭を下げて見せる。
正に慇懃無礼というやつだ。

あの日塀を飛び越える直前、野良猫のようなこの女自身が言った。

本名じゃないけど。

懐から王様の勅許の号牌ではなく、手裏房の号牌を取り出し女の前に翳して見せる。
お前が言ったのだ。渡されておらぬなら今は時期ではないのだと。
俺と女の無言の遣り取りにヒドは呆れて目を逸らし、あの時に女が消えた仔細を御存じないこの方は不思議そうに首を捻り、鞍を降りて来る。

紅雨のように降る乾いた紅葉の下、
「お探しの者の居場所は掴んでいます」
女は言いながら俺達の三頭の馬を見た。
「一先ず厩に預けましょう。こっちです」

先に立って歩き出す女の後、それぞれの手綱を牽いて歩き出す。
「本当に知り合いだったのか」
蹄の音に交じり、ヒドがぼつりと言った。

「ああ。かなり前に一度な」
「あの女の言葉は、何処まで真実なのか判らぬ」
ヒドは苦々しく眉を顰め、前を行く女の背を睨んだ。

 

*****

 

「ここです」
女に先導された鎮州の町の中心、行き交う民らで賑わう大路の中の宿屋。
予想外の場所に俺とヒドは視線を見交わす。
「町のど真ん中か」
「ええ。最初は町外れの粗末な宿にいましたが」

女は何が可笑しいか、くつくつと笑いだした。
「周囲に名乗ってるうちに本人もその気になっちまったんでしょう。
今じゃ本物の大護軍様より、よっぽど偉そうですよ」
「ふ!・・・」

何か怒鳴ろうとしたこの方の肩を抱くように腕を回して、その口を掌で覆う。
その下でこの方は声にならぬ籠った怒鳴り声を上げ、衣の下で細い足を門に向けて蹴り上げた。
女はそんな俺達に薄らと笑うと、宿屋の門へと顎をしゃくる。

「医仙を名乗る女は患者の一人も診やしない。訪れた貧乏人は全員門前払いで。
ただし噂を聞いてやって来る貴族の話だけは聞いて、法外な金を取ってます」
「・・・!」
小さく鬼剣を鳴らした俺を、抑えろという眼でヒドが睨めつける。
悔しさに唇を噛み黙り込んだ俺を確かめて頭を振ると、奴は女へと低く確かめた。

「奴ら表には出るか」
「そりゃあもう。出てくりゃあ、お大尽扱いだから・・・あ」
小さな声を上げた女が被っていた笠を直す振りで顔を隠した。
その気配に俺達も無関係な通行人の顔で、宿屋の前を離れる。

女の様子で判る。
宿屋の門から出て来た鎧姿の小柄な男、その横の男と同じような背丈の女。
これが件の偽者だろう。

俺の肩にも届かぬ男の鎧は、見た事のない粗末な物だった。
迂達赤は疎か、禁軍や官軍の意匠の物でもない。
胸当や草摺は掏り切れてところどころ糸が解れている。
あれで戦場の矢や刀を受ければ、一発で彼の世行きだ。

そして女に至っては、逆立ちしてもこの方には及ばぬ。
ただ赤茶けただけの髪を長く垂らし、偉そうな顔で歩いて来る。
医術道具の包を持つでも、医官の衣を纏うでもない。
何処をどう捻れば己が医仙だなどと戯言を吐く気になれたのかと、その衣の襟元を掴み上げ尋ねてやりたい。

女と男はそのまま宿屋の門を出て、人波の真中を割るように肩で風を切って歩き出す。
大路の左右に立ち並ぶ店の中から、商い中の店の者が不安げな顔でその姿を目で追う。
充分だ。あいつらがどれ程この近辺で無体をしているかは、民らの視線で伝わった。

男と女から距離を取り、大路の逆側をぶらりと歩き出した墨染衣。
そしてこの方の斜め前を守るように、鼻歌交じりに歩き出した女。

先刻まで腕の中に閉じ込めた細い肩から手を離し、掌で塞いだ紅い口唇を自由にさせる。
きりきりと歯軋りの音を立てたこの方は心底悔し気な瞳で俺を見上げ、物言いたげに前の背をしきりに示す。
まだだと首を振って被っている女笠を深く直し、俺とこの方も並んで前の男女を追う。

女が大路の一件の店前でふと足を止め、店先に並ぶ宝玉の飾り物に手を伸ばした。
そして中から頭を下げて飛び出して来た主らしき男に
「これ、もらってくわよ」
それだけ言って代金を渡す素振りすら見せず、その豪奢な飾り物を平然と己の帯へ結ぶ。
「あ、あの・・・う、医仙、様。それはようやく手に入れた・・・」
「何だ、何か文句があるのか!」

店の主が抵抗の声を上げようとしたところで、横の小男がこれ見よがしに主の前へ進み出る。
そして汚れた刀の鞘を主の目の高さまで持ち上げ、わざとらしく大きく揺らす。
「お前もチェ・ヨンの刀の錆になりたいか!」
「ちょっとっ!!!」

堪忍袋の緒の切れたこの方が吼え、勢い良く男の背へと一歩寄る。
同時に斜め前の女が半歩横へずれてこの方の進路を塞ぎ、俺は小さな手を握り店の脇道に滑り込む。
その刹那に眸で追った大路向うの墨染衣の頭が小さく頷く。
吼え声にチェ・ヨンとやらがのろりと振り返った時には、この方も女も俺の姿もとうに大路から消えていた。

 

 

 

 

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