2016再開祭 | 蔥蘭・後篇

 

 

え?

鼻先まで顔を寄せたヒドさんは、黒いグローブをはめていない方の手で顎を掴んだまま、私の顔を横向きにする。
いきなりどうして、こんな超接近?!

もちろん、それ以上どうこうするわけでもない。
ただ相変わらず私を睨みながら、次に勢いよく顔を反対側へ向ける。
その勢いに私の髪が乱れるくらいの早さと強さで。
「い、いた、いたたた、ヒドさ」
「黙れ」

有無を言わせない声で言って、その目が私をじっくり観察しながら
「鼻は高くはないが」
って、いきなり失礼な事を言い出した。
そりゃ、あの人やヒドさんに比べればね。反論できないまま思わず呟いちゃう。
「すいません、自覚してます」
「潰れてもおらんな」
「はあ、まあ、一応は・・・あの、痛いん」
「色も黒くない」
「確かに黒いって言われたことはないですけど、あの」

その時私たちの後ろから、ものすごい音が聞こえた。
まるで縁側の木の床を踏み抜くような、大きな足音。

次の瞬間、私の顎からヒドさんの手が離れる。
そして間一髪そこから後ろへ飛んだヒドさんと、つっ立ったままの私の間を突然遮った、大きな広い背中の影。

背中を向けられてるからあなたの表情は見えない。
だけどヒドさんは驚いた顔で、さっきまで私の顎を掴んでいた手で自分の顔を拭った。

あなたはさすがにお兄さんにそれ以上の手出しはしなかったけど、その分怒りの籠った声で
「・・・ヒド!!」
一声だけ、静かな夕陽の庭に叫んだ。

 

*****

 

晩ご飯を並べてくれたタウンさんは、私が一緒にって誘う前に
「今宵はこれで失礼致します。何かあればお声を」
そう言って私たちに平等に頭を下げると、止める暇もなく足早に居間を出て行ってしまう。
タウンさんの姿が完全に消えてから、ヒドさんは手短に今日の訪問の理由を教えてくれたけど。

「偽者」
「ああ。チェ・ヨンを騙った小男は、店から麦の俵を強奪した。医仙を名乗るのは、丸顔で鼻の潰れた色の黒い女」

居間のテーブルの上は、いつもより賑やかなお皿の数。
だけど男性陣二人はそのお皿に手もつけないで、さっきから焼酎ばっかり飲んでる。
「ヨンア、ヒドさん、ご飯」

私がお皿を指で示すと、2人が同時に首を振る。
「後程」
「黙って喰っていろ」

返って来た答に私はスッカラクを握って、1人でチゲをすくった。
せっかくこんな風にうれしい食卓になったんだから、3人で・・・
出来ればコムさんとタウンさんと5人で食べたいけど、さすがにあなたとヒドさんの会話を聞けば、それが無理なのは分かる。

偽者?この人と私の?どうして?何のために?
百歩譲って英雄のこの人に憧れてこの人の名前を名乗るなら、それだけならまだ理解してあげてもいい。
だけど大切な名前を使って、お店から食料を強奪ってどういうことよ?!

もうダメ。腹が立ち過ぎてスッカラクをぎゅっと握った手が震える。
すくったチゲがポタポタお椀に垂れて、私は食べるのを諦めるとスッカラクをテーブルに戻す。

この人が一番嫌いなことをした。この人が絶対にしないことを。
信じられない。許せない。ヒドさんが教えてくれなかったらもっと被害が広がってたはず。
これも有名税?有名人だからガマンするべき?冗談じゃないわ。
馬鹿のせいでこの人の名前に疵が付いたら、どうしてくれるの?

「麦を強奪」
「店の男がそう言った」
「明日」
あなたは空になった盃を、静かにテーブルに戻した。
「辰の刻。酒楼に行く」
「そのまま鎮州か」
「ああ」

テーブルに戻した盃を握ったままのあなたの指先は、関節が白く変色するくらい力がこもってる。
きっと私を心配させないように、そして怖がらせないように精一杯怒りを抑えてくれてるんだと分かるから。
「ヨンア」
その指を私が上から自分の指でそうっと撫でると、やっとそこから少しだけ力が抜ける。
でもさっきヒドさんに怒鳴った時の何倍も何十倍も、黒い瞳が怒ってる。
あなたは私の顔を見て、やっと少しだけ目尻を下げると
「明日は鎮州で、旨い飯を馳走します」

そう言ってゆっくり頷いてくれた。

 

*****

 

「・・・そなたの名を騙るとは」
翌朝出仕するなり康安殿で拝謁を願い出た俺は、即座に御部屋へ通される。

昨夜ヒドに聞いた話を、御前でそっくり繰る。
王様は暫しの無言の後に呟き、玉座の肘掛に肘を突くと御手で額を押さえられた。

「何と愚かしい者も居ったものだ」
「王様。火急の懸案は強奪が起きた事」
「麦の数俵だけなら、慈悲米の蔵を開けるまでもない」
「一度許せば、この後何れそうなるかと」
「行って来るか」
「は」

龍顔の額を覆われた御手を外され、王様の両の御目が俺をご覧になる。
「御許しを」
「鎮州の官兵でも捕えることは出来よう。開京にて待つのが良くはないか。
そなたの悪評が広がっておれば、却って騒ぎとなるぞ」

俺の名を騙るだけなら無視も出来る。
俺の為人を知らずに悪評に躍らされる民がいるなら致し方なし。
但し俺でなく、あの方の名を騙り悪評を流布する者がいる。

ならばその身をもって思い知れ。一体誰を敵に回したか。

「身元は隠して参ります」
「逆だ。どうやってそなたが本物のチェ・ヨンだと証を立てる」
「それは・・・」
声に詰まった俺に小さく笑まれると、王様は玉座をお立ちになり軽い音で階を上がられる。
「身分を騙るより、本人と証を立てる方が往々にして難いのだ」

おっしゃりながら段上に据えられた御机の抽斗から何かを取り出され、王様はゆっくり此方へお戻りになる。
その御手に握られた号牌。久々に眸にする、揺れる白と紫の絹房。
「王様」
「勅許の号牌。鎮州の郡守なら一目で判る。判らぬなら」

揺れる絹房の下がる号牌をご覧になりつつ、王様は御自身の御言葉に御口端を下げ、困ったように笑まれた。
「その郡守も偽者であろう」
「此度は頂けませぬ」
「チェ・ヨン」

あの方の汚名を雪ぎ、そしてこれ以上の強奪を止めに行くだけだ。
私用に王様の勅許の号牌を翳す事など許されん。
しかし王様は一歩も退かれるご様子なく、俺を真直ぐご覧になる。

「迂達赤大護軍の号牌を見分けるのは、武官でなくば難しい。故に真偽を明かすまでに刻がいる。
まして医仙はその号牌すら持たぬ。この国の文武官誰が見ようと、一目で判る号牌はこれのみ」
「王様」
「迂達赤大護軍、医仙、両名の身元を一目で明かせる共通の号牌。
そなたらが共に皇宮に居る事は、民であっても知っておる」
「ですが」
「王命である。そなたと医仙を騙る不届き者を捕縛し、寡人の前に連れて参れ」

王様は小さく頷かれた。

「そなたの名を騙る命知らずを、寡人も見てみたいのでな」

 

 

 

 

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