2016 再開祭 | 銀砂・結 後篇

 

 

「まず重んじるのは衛生。薬の処方と一致しなければいけない。
たとえば飲食を禁じ嘔吐を促す薬を出しながら、嗽を勧める事はしません」

私の声に向かいの医仙と、横のチャン・ビンがそれぞれ頷く。

「栄養。気質や体液にも関わってきます。多血質の者に体を温め、余分な湿を与えるような食事は出さない。
症状を確かめ、その質を補う、反対の効果のある食事や薬が処方される」
「考え方は我等と似ています」
チャン・ビンが納得したように言った。

「後は身体摩擦。直接肌に触れる治療です。
先日ご覧になった鍼の他、タクリイェという便や吐瀉や瀉血で悪い物を出す方法。
それに体の骨の位置を直す、ずれた内腑の場所を戻す。
ヘジャーマットと呼ぶ小さな玉を経脈に沿って当て、毒や血を吸い出す事も」
「整骨、整体、吸い玉療法もするのね・・・」
「ところで」
私の声に医仙は、白い帳面に書き付けていた筆を置き目を上げる。
「聞いても良いですか。その字は、一体なんですか」

今まで高麗に来た事はある。もちろん途中で元も通って来た。
けれどどの国のどんな場所でも、今医仙が書き付けているような字を見た事は一度もなかった。

私はまずい事を聞いたのか、チャン・ビンの顔がふと曇る。
同時に窓際に据えた椅子に腰を下ろし、手にした書を読んでいた近衛隊長が動く。
音もなくそれを閉じ無言で立て掛けた剣を握り直すと、無表情にこちらを見詰めた。

「ああああ、もう2人とも止めてってば!そんな怖い顔しないで。
お願いしてるのは私の方なんだから、レディは優しく扱って!」

医仙は急いでそんな男二人を宥めるように、筆を置き自由になった両手を振り回した。

 

*****

 

結局窓辺に居座った近衛隊長が目を上げると手の中の書を閉じて窓枠へ乗せ、大きく伸びをした。

「リディア殿」
夕陽の翳る刻まで、気付けば三人で額を突き合わせて話し続けた。
手許が暗くなり、気付いたチャン・ビンが卓上の油灯の芯に火を移しながら、静かな声で私を呼んだ。

「もう一つ、お願いが」
「何でしょう」
「碧瀾渡へお戻りにならなくても良いと、おっしゃっていましたね」
「ええ。今のところは」
駱駝はまず、存分に餌を食べ水を飲まねばならない。
そうしても瘤が萎んだままなら、他に理由があるという事。
けれどそれには数日、場合によっては数週間待つ事もある。
私が頷くと、チャン・ビンは嬉し気に声を弾ませた。

「それでは、ここに御滞在頂けませんか」
「え」
思わぬ提案に目を丸くすると、
「申し訳ないが、碧瀾渡への往復の刻も惜しいのです。移動の間に急な病人が出れば対処出来ない。
王様には、必要ならば私からお願いします」
「・・・侍医」

如何にも不服だと言いたそうに、近衛隊長が唸りを上げる。
それを視線で制し
「医仙と同室ではありません。典医寺で普段使わぬ奥の治療部屋を、リディア殿にお使い頂きます」

チャン・ビンは既に決めているのだろう。
確固たる口調で説き伏せるように言った。
「・・・好きにしろ」
近衛隊長は吐き捨てると、医仙にだけ小さく頭を下げて部屋を出て行った。
その背を視線で追った医仙は、鎧姿が庭の闇に溶けると我に返ったように
「じゃあ、しばらくは一緒にいられるのね?いろいろ聞きたいわ。リディアさんの話、すごく参考になる」

嬉しそうに笑って言い、そして
「本当にありがとう。今日はゆっくり休んでね?私は、ちょっと」
何やら歯切れ悪くごまかすと、先刻近衛隊長が出て行った扉から飛び出して、庭の中を走って消えた。

チャン・ビンは背を見守った後、医仙が消えたのを確かめてゆっくりと席を立つ。
「夕餉も出さず申し訳ありませんでした。今用意させましょう。その前に、お使い頂く部屋へご案内します」

そう私を促して、二人の出て行った扉とは逆の裏扉から部屋を出て行く。
ついて行くしかないのだろう。私はチャン・ビンの背を追って椅子を立った。

 

 

 

 

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2 件のコメント

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    リディアさん、少しの間、典医寺にいてくれるみたいですね。。
    チャン・ビン先生の、本当はうれしいくせに、
    わざと普通の顔をしようとしている様子が浮かびますよ(笑)。
    泊まっていただく部屋も、決めてあるんだもの。
    ウンスも、今の高麗に合った医術を知るチャンス
    ですね。
    女医二人、互いの知識が深まりますように。

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