2016 再開祭 | 金蓮花・廿伍

 

 

それでも村に戻るのを、あなたは最後まで首を振って嫌がった。
「昼日中敢えて素通りした邑へ戻るなど、無法者に狙えと言っているようなものです」
「じゃあ私1人で行って、情報を集めてくる?あなたは良いわよ、どっかで待っててくれれば」
私の決意が変わらないことはきっと誰より分かるはず。
あなたを誰より守りたい私が本気で言ってるんだもの。

渋々村に入るやいなや、あなたはそのまま近くに歩いてた人に声をかけて、何か難しい顔で話を聞いてる。
その表情を見る限り嬉しい話じゃないのか、それとも求めてる情報が聞けてないのか。
こんな風に顔を見ただけで、その心まで分かるようになってる。

いつの間に、こんな近くにいるようになったんだろう。
ただ守ってくれてるだけだと思ってたのに。誰より近くで。
姿は見えなくても、そこにいる?って聞いたら声が返った。

此処におります。

だけどそれが心の中でまで聞こえるようになってたなんて。

大丈夫?心でそう尋ねた瞬間、あなたが顔を上げてこっちを見る。
ほら、今だってそう。こんな風に離れてるのに。
顔を上げて、私の視線に瞳で答えてくれるようになってたなんて。

“私のように逃げないで ウンス”

そう。逃げない。私はこんな風に気づくことができたから。

“それがあなたの最後の日になっても”

最後の日になっても。それでも後悔しながら生きたくない。

あなたは話してた人たちと別れると、こっちに戻って来て渋い顔で
「戦になりそうだという事しか」
そう言って首を振って私の顔を覗き込む。
「急ぎましょう」

急ぎましょう。
それは急いで天門へ行きましょうってこと。
歩き始めたその背中についていかない私に、数歩先であなたが振り返る。
「行かぬのですか」

逃げないで、ウンスヤ。

「1人で天門に行くから、あなただけここから戻ってって言っても、きっと無理よね?」
「当然です」
「じゃあ一緒に戻らない?時間はあるから戻っても・・・」
その私の折衷案は即座に却下される。あなたは怒ったようにハッキリした声で言い切った。

「いつまで繰り返すのです」
「じゃあどうやったら戻ってくれるわけ?」
つられてきつくなった私の声に、あなたが顔をしかめる。
「怒って伝えればいいの?それなら聞く?」
「・・・日が暮れます。参りましょう」
「この石頭!!私はそんなに厄介者ってわけ?!」
言い過ぎてる。分かってるけどこの人の気を変えさせるには。

「・・・何と?」
「お送りします、必ずお帰します、そればっかり。そんなに一刻も早く別れたい?さっさと追い返したいわけ?」
「良いか、イムジャ」
ここまで言われれば堪忍袋の緒も切れるだろう。
あなたの口調が少しだけ硬く荒くなる。だけど。
「だいたい何よ?武者の剣に迷いが生じたなんて聞かされた身になってみなさいよ。どう感じると思う?」

あなたが自分の言葉を思い出したんだろう。
うろたえたみたいに私の顔から視線を泳がせる。
「私のせい?私のせいで武士もやめて、王様のそばも離れるの?私はそれを聞いて、どうすれば良いの?」
ごめんね。分かってる。でも私にだって言いたいことはあるのよ。
あなたの大きなため息を聞きながら思う。でも最後まで言わせて。

「それで守ってるつもり?体だけ安全ならそれで良いの?守るなら私の体だけじゃなくて、心も守ってよ!!」

守って。あなたを失ったら私自身がどれだけ傷つくか、あのメモで知ったから。
私を守ってくれるなら、あなたはどうか皇宮に戻って。
戻って王様と王妃様を助けて。あなた自身を助けるために。
それが私の心を守ることになる。あなたを失わない最高の道。
あなたさえ失わなければ私は大丈夫だから。何があってもあなたを守りたいから。

「俺は」
呟くあなたに背は向けても、この気持ちから目は背けない。
「つくづく自分の運命を恨むわ。やっとあなたに逢えたのに。私のせいで投獄されて、武士まで辞めて、どうする気よ」
「ですから」

もう一度あなたに振り返る。こうやって何度でも向き合う。
あなたに。そして自分の心に。
守りたい、何があってもあなたのことだけを一生守りたい。
今の私の、それだけが真実。
「戻ろう?」

そのまっすぐな瞳がふと動いたのは、私の提案のせいだと思った。
「・・・動かず」
放っておいたら私が勝手に走り出すと思われた?一瞬そう思ったけど。

あなたはそのまま剣を抜くと、振り返りざまに背中に近づいてた若い人を斬り付けた。
息を飲んで怪我人に近づこうとした私を押しとどめるみたいに
「此処に」

それだけ言うとにらむみたいに私をじいっと見つめてから、1人で駆け出してしまう。
すぐ怒るんだから。短気は体に悪いってしっかり教えてあげなきゃダメだわ。
ストレスは心臓にも脳にも悪いし、高血圧だって心配。
「まったく、子供を傷つけるなんて」

それでもそんな子供が剣を持って襲って来るのがこの世界。
あなたが悪いわけでも、この子が悪いわけでもない。
でも私は私のしたいようにするしかないの。たとえそれがあなたの知ってる常識とは少し違っててもね?
私を分かってほしい。私があなたを分かってるみたいに。
この声が届いてほしい。あなたの声が届いてるみたいに。
信じてほしいの。私が心からあなたを信じてるみたいに。

あなたが放って行った荷物の中から治療道具を取り出して、患者の出血部分を確認する。
私に遠慮したのか、それともこの若い男の子が殺す気はないって最初から知ってたのか。
あなたが本気で切ったら、こんな傷じゃ済まないことはよく判ってる。
その傷は高麗で診て来た外傷の重症患者とは比べ物にならない、浅くて軽いものだった。
まあ本人は多少痛いだろうけど、こっちも襲われかけたしおあいこよ。

襲うはずだった私が遠慮なく近づいたことに怯えたのか、若い患者が逃げるみたいに後ずさる。
「いくつ?まだ10代よね?」
声をかけても緊張したまま、患者は顔を上げることもない。
「どうやら危険な人じゃなさそうね」

いくら腕を切ってても重症じゃない。
剣はこの子の足元の乾いた埃っぽい地面の上、すぐ手の届くところに落ちてる。
襲う気になれば今すぐにでも殺せるはずよ。
こうやって至近距離で向かい合って、剣に手を伸ばさないってことが意思表示だって信じたい。疑ってたらキリがないもの。
お偉いさんでもホームレスでも、目の前の怪我人は患者であることに違いない。
最低限の医療を受けるのは、生きる限り誰にでも平等に与えられた権利。
医者が目の前の患者を選り好みするなんて、絶対しちゃいけない事だし。

万人平等の民主主義。どこにいようと守れなくてどうするのよね?
「はい。治療するから、腕出して」
その私の声にも怖がってるのか、一向に動こうとしない。
うーん。患者との意思の疎通って思った以上に難しいわ。
「・・・もう、まったくあんな手紙!」

思わず口から飛び出た愚痴に、初めてその男の子が幼い顔を上げた。

 

 

 

 

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