2016再開祭 | 蔥蘭・中篇

 

 

何も問わず、男は女に向けてでなく夕景の赤い風の中に呟く。

「一旦開京へ戻る。偽の男と女を張れ」
「待ってるのは面倒だなあ。あたしらだけでやっちゃうのは」
「奴が絡んでいる。無断で動くな」

山から昏い眼を外し橋を歩き出した男は、最後に女に言う。
「見失えば殺す」
「おお怖い」

女は唇を尖らせると石橋の欄干に凭れた身を起こし、男とは逆の夕陽の中へ歩き出した。

互いに橋を渡り切り、女が肩越しに向うの袂へ振り返る。
男は二度と振り向かず、その先の雑踏へ紛れて消える。
「そんなにあの二人が大切なのねぇ」

冷たさを増す秋風に肩を竦め襟元に顎を埋めると、女は鼻歌交じりに歩き出した。

 

*****

 

開京の表通りから折れ、真直ぐに山へと向かう宅前の一本道。
秋の陽は全ての影を長く伸ばす。

道脇の立木。宅を取り囲む垣。チュホンの影、その鞍上で寄り添い重なり合う俺達の影。
寄り添う影の中、細い腕の影が先に動く。

あなたは鞍上の俺の前で道の先を指した。
「ヨンア、あれコムさんじゃない?」
その声に俺の影の頭が頷く。
確かに正面から駆けて来る小山のような大きな影は、見間違う訳もない。

俺の影が一つだけ、馬上から地へ滑り降りる。
「ヨンさん、お帰りなさい」
大きな影の主は足元まで来て言うと、チュホンの手綱を受けた。

「どうした」
「珍しいお客さんがいらしていて」
「客」
「ヒドさんです」
チュホンの上から俺達の遣り取りを聞いていたあなたが、慌てて鞍から降りようとして危うく鐙を踏み外す。
その腰を支え半ば抱くようにして降ろすと
「ヒドさんが何で?何かあった?ケガ?病気?!」

俺の腕の中から既に焦った声で、この方が矢継ぎ早にコムへと問うた。
コムは全てに丁寧に首を振ると、俺達を安心させるよう笑みを浮かべて見せる。

「いえ、ウンス様。そんなご様子ではないです」
「じゃあ、何でコムさん・・・」

確かにいつでも微動だにせず、宅の門前を守るコムには珍しい。
俺の問う眸を見つめ返すと、コムは言い辛そうに頭を掻く。
「実はヒドさんが・・・いらしてから四半刻ごとにヨンさんはまだかと確かめているので、かなりお急ぎだと思って」
「チュホンを頼む」

手綱を握るコムに声を掛け、俺は宅前の道を走りだす。
そしてこの方は俺の手を握ったまま、髪を靡かせついて来た。

 

「ヒド」
門から駆け込み庭の径の玉砂利を蹴散らし、宅の縁側の先に腰掛けた影に声を上げる。
その影が顔を上げ、半眼だった目が夕陽の中に確りと開く。
「帰ったか、ヨンア」
「如何した」
「手裏房の誰か病気ですか?!ケガ?!」

話が始まる前に口を挟むこの方を睨みつけ、それでも俺の手前怒鳴る訳にも行かぬか。
ヒドは己を宥めるように、肚の底から太い息を吐いて尋ねた。
「・・・ヨンア。お主、鎮州には最後にいつ行った」
「鎮州」

藪から棒に問われても思い出せんほど以前の事だと、町の名を繰り返す。
「数年行っておらん。何故」
ヒドは妙に得心したように頷くと、俺の恰好を眺める。
「話は後だ。着替えて来い」
「・・・ああ」

頷いて続いてこの方を眸で促すと、長い髪を振ったこの方は
「大丈夫。すぐ行くからヨンアは先に行ってて」

言いだせば聞かん。
脈診でもしたいのだろうと庭先にヒドとこの方だけを残し、俺は縁側から廊下へと上がった。
「ヒドさん、ちょっと脈診だけ」

最後にあなたが阿るように、そんな風に掛ける声を背にしながら。

 

*****

 

夕陽が邪魔。あんまり真っ赤すぎるから、ヒドさんの顔色がよく見えない。
おまけに出逢った頃のあの人くらい、もしかしたらもっと不愛想なヒドさんは、こっちの視診に協力してくれる気は全然ないみたい。
「ヒドさん、ちょっと脈診だけ」

そう聞いてもまるっきりスルーの態勢で、ヒドさんは伸ばした私の指を上手に避ける。
「痛くも怖くもないですよー、だから脈だけ」
ひとまず診せてもらいたくて言うと
「俺は餓鬼か」

呆れた声を上げた後、珍しくヒドさんの鋭い眼が私を正面からしっかり見てくれた。
視線の中で、私は反射的に
「あー」
とだけ言って、自分の口を大きく開けて見せる。
あなただったら素直に開けてくれるのに、ヒドさんは鼻白んだ顔で私を軽蔑するように眺めて
「・・・何をしておる」

うんざりしたような低い声で一言だけ吐き捨てた。
思いっきり引かれちゃってるわ。
「えーっと、せめて口の中かノドだけでも診せてもらおうって」
言い訳みたいに私が言うと
「病ではない」

私の提案を切り捨てて、でも視線は逸らさない。
何だろう。何を見てるの? 顔になんか付いてるとか?
慌てて手で顔をこすると、私のじゃない大きい手が強引にアゴをぐいっと持ちあげた。

驚いて何も言えないままでその手の持ち主、ヒドさんの顔をじっと見る。

ヒドさんはそんな驚きなんて関係ないって様子で、私の顔を持ち上げたままで、私の鼻先まで顔を近づけた。

 

 

 

 

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