2016 再開祭 | 玉散氷刃・廿弐

 

 

斜向かいに腰掛けたチェ・ヨンからの鋭い視線。
オク公卿はどう返して良いか惑うよう、口を閉じたままだ。

「親が怖いうちは、己が親になる資格などない」
「ヨンア、待って」

立ち聞きしていたのは確かだろう。
けれど全てを聞いていなければ今以上に余計な摩擦の原因になると、ウンスが慌ててチェ・ヨンを制止する。
しかしチェ・ヨンは全く動じず、真直ぐ公卿へ吐き捨てた。

「五体満足でなくば要らぬなら、生まれただけで有り難く思えぬなら、欲しい者に譲れ」
「オク公卿様にも事情があるのよ。私を攫ったのも、赤ちゃんがいらないって言ったのも、だから」

チェ・ヨンはウンスを無視したままで、公卿に向けて鋭い声で畳みかける。
「産ませぬ為に医仙を拐した。それが事実」
「ヨンア!」
「チェ・ヨン殿の仰る通りです、ウンス殿」

確かにチェ・ヨンが現場に踏み込んだ以上、それ以上は反論出来ずウンスは渋々黙り込む。
そして公卿は静かに頷くと、心を決めたようチェ・ヨンへと力なく笑い掛けた。

「言う通りだ、大護軍。医仙にも大護軍にも、そして御医にも、詫びる以外の道が見つからぬ。
牢へ戻して欲しい。この後は王様の親鞠でも何でも受けよう。どんな罰も受ける。隠す立てもすまい」
「待って下さい、公卿様。急がないで。何かいい案が」
「医仙。大切な者を傷つけられて怒る大護軍のお気持ちは、私にも判る。これ以上は」
「だって、赤ちゃんが生まれたばっかりなんですよ?お父さんがいなくなったら、体の弱いお母さんと赤ちゃんだけでどうやって」

どうして私がここまでして宥めなきゃいけないのかと、ウンスは理不尽な気分になった。
公卿本人がこんな風に諦めてしまっているのに、事態の収拾なんて出来っこない。

チェ・ヨンが口に出せないほど怒っている理由も、痛いほど判る。
でも今までの経緯を聞けば、公卿は一方的な加害者とは言えない。
むしろ彼自身も、親に間接的な虐待を受け続けて来た被害者なのではないかと思う。

自分に与えられたものではないにしろ、目の前で親の犯罪行為や暴力行為を見続けて来たのだ。
そして虐待を加えたのは親だが、誘拐まで追い詰めたのは自分のカンファレンスでの発言も要因なのではないかと。

「侍医」
訴えるように無言で見詰めるウンスの瞳を確かめ、しかし何を言うでもなく、チェ・ヨンが隣のキム侍医を呼んだ。
「はい」
「奥方の快癒まではどれ程だ」
「傷が癒えるまで十日。塞がってもしばらくは無理な動きは禁物です。何しろ腹を大きく切っておりますから」
「待って、ヨンア!!まさか、奥さんと赤ちゃんまで典医寺から追い出すなんてしないわよね?!」

チェ・ヨンと侍医のやり取りに、ウンスが驚いて大声を挟む。
「ダメよ、主治医としてそれは絶対許せない。無事に出産できたのがラッキーだったの。帝王切開したのよ。
お腹を切ってるのを見たでしょ?!術後の状況によってはチャン先生の残してくれた抗生物質を使う必要もあるかもしれない。
あれは今の高麗では、典医寺にしかないの!」

止めなきゃいけないとその一心で、ウンスはチェ・ヨンに向けて訴える。泣いても仕方ないのに声が震える。
チェ・ヨンの気持ちが判らないわけではない。それでも優先順位があるのだ。
ここまで助けて来たあの母子が放り出されるのを、黙って見過ごすわけにはいかない。

「お願い、やめて。私のことはいいから。あなたの気持ちはよく分かってる、でも!」
ウンスの叫び声を相変わらず無視し、チェ・ヨンは侍医へ聞いた。

「典医寺でこの方の一件を知るのは」
「今朝チェ・ヨン殿が話された薬員のみです」
「あの文を貸せ」
侍医は懐から典医寺に残された文を取り出し、チェ・ヨンへ渡す。

紧急业务出去,不能去上班
我会再次联系你

その一文を最後に再び確かめてから袷の懐へしまい込み、続いてチェ・ヨンは卓上の、今はもう乾いた天界の墨文字の走り書きを見た。

도와주세요

そして無言でいきなり音もなく席を立つと、表扉から暗い庭へと出て行った。
「ヨンア、待って!!」
続いて立ち上がったウンスの叫びの中、振り返る事もないチェ・ヨンが後手に閉めた扉の音だけが小さく響く。

まるでチェ・ヨンが一切の言い訳など聞かないと、言葉の代わりに伝えるように。
その一枚の扉は雄弁に、部屋の中と外とを遮断した。

 

 

 

 

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3 件のコメント

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    ウンスに関わる危機だったのだから、ヨンが赦せるなんてことは考えられないわよね。
    ヨンは、今回の貴族の事情もしっかり聞いていたんじゃないかな。
    周りの気を読むくらいの力があるんだもの。
    その上で、赦せないことは赦さない。
    でも…
    もしかしたら、何か考えがあるのかも。
    手術後の奥さんの回復状況を、詳しく聞いていたから。
    ウンスの選んだ大切なヨン。
    そんじょそこらの男とは違うのだから、ちょっと様子を見ていようか。

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    ヨンに限ってウンスが望まない事はやらないと思うけど、今回の事はオク公卿も悪いし…
    でもこのヨンの態度どうなっちゃうの‼︎
    前話の状況の中、ウンスの口内の火傷を心配しているヨンにキュンキュンしてる場合じゃなかったわ‼︎
    オク公卿のお母さんはきっと旦那さんの事が大好きで裏切りが許せず狂気の嫉妬に変わってしまったのかな
    人として酷すぎるけど、オク公卿は他にやり方がなかったのか考えてしまいます

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