2016再開祭 | 胸の蝶・玖

 

 

東屋の軒から滴る霤が、柱に揺れる油灯の橙を映す。
忘れた頃にぱたりと不規則に落ちるそれを目で追う俺の向う、ヨンは頬杖の耳を欹て女人の声を確かめている。
しかし女たちにはそんな事などどうでも良いのか、東屋で火鉢の前に陣取るなり、賑やかしい声で話し始めた。

「遠くから大変だったでしょう?私、ウンスです。ユ・ウンス」
「はじめまして、ウンス様。私はパニャと申します」
「パニャ、さん・・・」

そこで女人が何故か一旦言葉を切り、珍しく押し黙ると難し気に眉根を寄せた。
ヨンは静かに握る盃を卓へ戻すと、名乗った女でなく女人の方を振り向いた。

物言いたげな唇が薄く開く。
しかし結局そこから声を発する事はなく、一挙手一投足すら逃さぬように、仄灯の中の女人を凝視している。
まるで愛おしい妻を、目の前の女が傷つけるとでもいうように。
その時には迷わず飛び出し庇うつもりか、全身を強張らせたまま呼吸を抑え、次の女人の動きを待っている。

連れて来た女は泥に汚れた衣の膝に両手を揃え置いたまま、その女人の様子を不思議そうに見ている。
今まで賑やかだった東屋に、小さな雨音が響く程の静寂が訪れる。

無言の後、女の視線に気付いた女人は改めて目の前の女に笑い掛けた。
「パニャさん、きれいなお名前ですね」
「ありがとうございます」

俺から見れば、女二人の間に物騒な気配はない。
呼吸を静めて俯瞰しても、諍いに向かうようなきな臭さは感じ取れぬ。
名を褒められた女は女人に丁寧に頭を下げ、嬉しそうに笑うだけだ。

明るい女人の声にヨンも緊張を解き、再び盃を取り上げた。
しかしどれ程隠し上手な男でも、付き合いの長い眼に透け見える色。
確かに先刻解いた警戒の色が、今また黒い眸に宿っておる。
それも初見の時よりも、確かに深く濃い色が。
何がそれ程不安なのか。何を畏れるのか。こ奴らしくもなく。

「髪が乾いたら、服も着替えないとね」
「あ、はい。初めてお会いするのに、こんな汚れた姿で申し訳ありません、ウンス様」
「そんなことはいいのよ。そうじゃなくて、パニャさんが風邪をひいちゃうから」

濡れた髪を火鉢で乾かしながら、女は女人と話に咲かせている。
マンボが厨から盛大に湯気を立てる大椀を運びながら、話の輪に加わった。

「全く、何が楽しくてこんな冷たい雨の中飛び出したのかねぇ。
てっきり近所に出掛けただけと思ったら、水州まで行ったって。
あんたも災難だったね、外郭を歩いて来たのかい」
「は、はい」
「せめて馬に乗って行きゃいいもんを、ヒドも気が利かないね」

気を利かせたから乗らなかったのだと怒鳴りたい気分で、握った盃を一息に煽る。
ヨンは卓上の酒瓶を取り上げ、杯をもう一度満たして言った。
「早かったな」
「当然だ」
「無茶したろ」
「然程でもない」

あの後女は別人のように、本当に一言も話さず山道のこの背後をついて来た。
多少遅れはしたが、こうして開京にも無事着けた。
これで放免だ。晴れ晴れとした胸の安堵と共に、手の中の盃を干す。

「ヒドさん、パニャさんの荷物は?これだけ?」
「あ、は、はい、ウンス様」
俺に向けた女人の声に答える前に、女が急いで頷いた。

「マンボ姐さん、お風呂借りてもいいですか?
パニャさんもヒドさんも冷えてるし、まずあったまって乾いた服に着替えないと」
マンボは俺達の前に煮立った熱い汁椀を音を立てて置くと、
「ヒドはともかくあんたはすぐ入らないとね。こっちにおいで」

そう言って先に立ち、足音を立てて東屋を抜け奥の離れへ進む。
つられて立ち上がった女は寺から担いでいた荷を胸に抱き、俺へと大きく頭を下げると急いでその背について、薄闇の中へ消えた。

「ヨンア、私も行ってくるわね?」
二人の姿が離れる前に、女人が告げると続いて東屋を飛び出す。
ヨンがその声に外套を握り中途半端に腰を浮かせた時には、既にその姿も別棟へと一目散に駆け出した後だった。

 

 

 

 

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2 件のコメント

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    ん~。
    ウンスがパニャという名前に反応しましたね。
    私も不安…
    般若…
    般若と遍照。
    般若と辛屯…
    ん~。
    歴史が変わっているといいなあ。
    ヒドとパニャって。
    王様と王妃様を、お守りすることに。

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