2016 再開祭 | Advent Calendar・18

 

 

冷たい廊下を駆けながら、スーツの上着のポケットからスマホを出して画面を操作し、先輩の番号を呼び出す。
呼び出し音が鳴り始めたのを確認しながら、そのまま腕に抱えたコートを羽織る。

「テウ?どうした」
「変わりないですか」
いつもと何も変わらない先輩の声を聞いてようやく、額に安堵の汗が滲んだ。

「全くないぞ。どうしたんだ、まだ着かないのか?」
「いえ、もう話は終わったんで帰ります」
「・・・早すぎるだろう。何かあったか?」
「先輩。誰が来ても、絶対に部屋には入れないで下さい」
「当然だろう。その為にわざわざ呼び出されたんだからな、この忙しい年末に」
「帰ったら一杯奢ります」

驚いた表情を浮かべる保安員の前を走り抜け、セキュリティカードをゲートに翳す。
万一ここがロックされていたらと思ったが、俺の方が早かったかゲートは軽い音を立て呆気なく左右に開いた。

「馬鹿野郎、一杯だと?俺の守りはそんなに安いのか?後輩まで付き合わせてるんだぞ」
先輩の声の後ろから、俺の後釜として今先輩とコンビを組んでいる若い後輩の
─── テウ先輩、久しぶりです!
と呼ぶ暢気な声も聞こえる。

今聞いた生臭い話の後で、信用できる数少ないそんな声が心から有り難くて泣き出しそうだ。
「ああ、判りました。1杯でも1本でも10本でも」

そこから真直ぐ道路まで走り、昨日までの雪がたっぷりと積もった道路脇で大きく手を振り回し、タクシーを停める。
タクシーの運転手に住所を告げながら
「10分で戻ります。それまで」

最後に電話口で言うと、先輩は言った。
「判った。いや、判らないが、気を付けてな」
そして電話は切れた。

雪のおかげで渋滞もなく飛ばすタクシーのリアシート。
祈るように両手の指を組み、車窓を流れる白い景色へ目を投げる。

アメリカ、そして青瓦台。

大統領が変わったばかりのアメリカと友好関係を築きたいだろう。
今後の外交バランスからしても易々とアドヴァンテージは渡さず。
自国は大統領不在で、次期大統領選までの空白期間が出来る。
そこを埋める為に、ある程度の裏取引に応じる可能性はある。

だからといって民間人である彼女を利用する事は許されない。元契約職員というだけの立場だ。
契約期間に知り得た情報への守秘義務は継続するとしても、何もかも話せと強要は出来ない。
しかしそんな理屈が通じる相手なら、そもそもアメリカが彼女に盗聴器を仕掛ける事も、青瓦台が訪問する事もないだろう。

そして国情院も、しょせん同列だ。
身内だから守ってくれるのではないか。そんな甘い夢想をしたのが愚かだった。
やはりこの国は大の為に小を踏み躙り、外聞を保つ為に平然と見え透いた嘘をでっち上げ、交わした約束など己に不利ならば犬に喰わせる真似の出来る、腐り切った国だった。
そもそも彼女が巻き込まれた一連の大スキャンダルの発端が、その嘘とエゴと欲と外華内貧の精神の集大成のようなものだ。

あの日。
フェリーの事故を知りながら、まず外見を気にした国のトップ。
その船内に、たとえ数に齟齬はあっても乗客が取り残されていると知っていたのに。
誰が責める?素顔に乱れ髪、ジャージに粗末な上着を羽織っても。
それで1人でも多くの命が救えたなら、その姿を讃えても笑う事など絶対になかったはずだ。

そして沈没後、人命より外聞と他国の評価だけを気にした国の指導者。
あんな事故を起こしても、まだ自国のみで解決できる技術があると見え透いた嘘をつき続けたかったのか。
即座に引き上げが出来ない時点で余計な恥をかくだけなのに、その場さえやり過ごせれば良いという見栄。
解決できないと判っていながら、差し伸べられる援助や協力の国際社会の手を拒否し続けた浅知恵とエゴ。

沈没したのは民間フェリーで、軍事機密を搭載した軍艦などではなかったのに。
大切なのは一刻も早く、冷たい海から行方不明者全員を探し出す事ではなかったのか?
必要なのは帰りを待ち続ける家族を、どんな形であれ再会させる努力ではなかったか?

だからあれは人災だ。それ以外の何物でもない。
目先の利益に目が眩み過積載を繰り返した船会社、体面と外見と外聞だけを気にする国のトップが生み出し、何の罪もない学生が犠牲になった。

この国で小さな真実の声は黙殺される。大声で叫んだ嘘が真実になる。
だから俺は許さない。周りの誰一人巻き込む事は許さない。
真実と嘘を見分ける公平な目を曇らせたくないとだけ祈る。
そして約束は必ず守る。出来ない約束なら最初からしない。

誰かを傷つけ自分を守るくらいなら、相手を守って自分が傷つく方がずっと気分が良い。
傷は癒える。その傷跡は恥ではない。恥ずかしいのは、守れたはずの相手に付ける傷だ。
その傷跡を見るたび、きっと死にたくなる程恥ずかしいだろう。

だから何度でも伝えに行く。俺がここにいると。約束したから必ず守ると。

待ってろクォン・ユジ。俺が行くまで、絶対無事で。

 

 


 

 

 

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