2016再開祭 | 鹿茸・拾弐(終)

 

 

開京城下、皇宮大門の最寄りの饅頭屋の店先。
足を止めたこの方は湯気の立つ蒸籠を覗き込み、
「このお饅頭の中身は何ですか?」
そう尋ね、店主と暫し楽し気に話し込んでいる。

血の滲む鹿茸に生のまま齧りつかれるよりは良いと、一歩離れ話の切れ目を待つ。
そのまま店に立ち寄り饅頭を喰うとばかり思っていた俺の耳に明るい声が響いた。
「じゃあ、これ包んで下さい!持って帰ります」
「かしこまりました」
店主は愛想頷くと、手際良く饅頭を竹皮で包み始める。

「此処で喰わぬのですか」
「うん。テマンもトギもお腹空いたろうから、お土産にしようかなーって」
「すぐには戻らぬ方が」
「どうして?心配じゃない?」

それがテマンの病状を心配してではなく好奇心なのは判っていた。
奴が心配するような大怪我を負っていないのは互いに知っている。

饅頭の竹包みを受け取ったこの方は聞く耳持たず、その足を真直ぐ皇宮へ戻す。

 

しかし饅頭片手に戻ってみれば、開いたままの診察棟の扉から聞くべきでない言葉の切れ端が聞こえて来る。
入るに入れん。いくら朴念仁の己でも、今その扉内へ踏み込むのがどれ程無粋かくらいは判る。
「・・・イムジャ」

この方の背をそっと押し扉から引き離そうと試みる。
俺ならこんな話を立ち聞きされるなど我慢がならん。
「しーっ、ヨンア」

制止もこうなれば何の役にも立たん。
この方は唇の前に指を立てると、黙れと言うように息を吐く。

部屋には入れず、立ち去ろうと促してもこの方の足は動かず。
結局は絶対に聞くべきでない話を立ち聞きする羽目に陥った。
最悪だ。弟同然の奴のこんな話を耳にするなど。
己の気持ちに戸惑って、それでも大切だと知っている。
あいつが今どんな気持ちで伝えているかが判るからこそ。
「・・・妹かあ・・・」

典医寺の部屋の扉外、俺の嘆息にこの方が囁き返す。
「上出来よ、まずあそこまで言えたんだから。そのうち自分で気が付くわ、テマンはまっすぐな良い子だもの」

指先に饅頭の包みを揺らし、近過ぎる距離であなたが笑った。
許されるならば黙ってくれと、その口を塞いでやりたい程だ。
「お兄ちゃんよりよっぽど積極的じゃない。大好きで大切で心配って、もうきちんと伝えてるもの」
「俺は、姉妹扱いした憶えは」
「そうね。その代わり大好きで大切って言われたのも、かなり時間が経ってからだった気がするけど?」

春の盛りの典医寺の庭先、藪を突いて蛇が出た。言える訳が無いだろう。俺と奴では事情が違う。
俺は一年だ。テマンは十年掛かっていると、この方に諭してやりたい。
「良いのよ、人それぞれだし。みんな違う。恋に落ちるのも、気付くタイミングも、もちろん告白の仕方もね?」

息の掛かる処から、得意げに俺の眸をじっと見て囁く声。
「あなたはあなたの。テマンはテマンの。だけど忘れちゃダメよ?相手に伝えなきゃ、いつまでも待っててくれるとは限らないんだし」
脅しか、それとも本心か。何方とも取れるその声に
「・・・それはテマンに」
「そうね。姉としてちゃんと教えなきゃ。なにしろ女心の分からない兄弟だもの。トギも苦労するわ、きっと」

まるで自分が大層苦労したかのような口振りだ。
苦労させた憶えなど無い。ただ気付くまで遠廻りしただけで。

「俺は待つ」
「私だって待つわよ」
「待たんと言ったでしょう」
「でも結果的に待ったんだから、私に怒らないでよ!」
「怒ったわけでは」
「怒ってる、今絶対怒ってるわ!そうやって隠したって分かるもの。だいたいさっきもご飯だなんて、バレバレな口実で連れ出したくせに」

こうして盾突く、ああ言えばこう言う、だから少し苛るのだ。
口実などではないと、無言であなたの指先の饅頭の包みを顎で示す。
飯が口実だとするなら、その手に下げた包みは何だ。

それでもこの方は怯まない。却ってむきになり声を張り上げる。
「嘘にならないように、義務感で連れてってくれただけでしょ?」
「下らん」
「下らんって何よ?そんな言い方することないじゃない」
「本気ですか、義務など」
「・・・そ、そりゃ、ちょっと言い過ぎたけど、だけど」

その視線が困ったように泳ぎ、紅い唇が噛み締められる。
そして次にそれが開くと、今までで一番控えめな声が言う。
「・・・ごめんね?」

結局は惚れた弱み。生意気だから可愛らしく、頑固だから愛おしい。
そしてこうして殊勝に詫びられれば、何でも許してやりたくなる。
俯いた頬に触れようと指を上げた刹那。
気配に流した視界の隅、部屋の窓内に立ち、此方を眺める二つの影。

腐っても迂達赤大護軍、弟とはいえ皇宮で醜態を晒す訳にはいかん。
「寝てろと言ったろ!」

怒声に扉内の二つの影が、蜘蛛の子を散らすようにかき消える。
何が起きたか気付かぬままのあなたが、その声に丸い目を瞠る。
「どうしたの?」
「立ち聞きを」
「え?!バレちゃった?!」

立ち聞きした格好の俺達が、気付けば立ち聞きされていた。
男には、たとえ家族にとは云えど見られたくない姿がある。
まして色恋沙汰が絡めば。
だから奴の話も聞きたくなかったし、己の話は尚更だ。
下らない痴話喧嘩を聞かれたと思うだけで眩暈がする。

驚いた顔のあなたを脇に、眸の前の診察棟へと踏み込む。
テマンは寝台の上、そしてその横にはトギが立っている。
そのまま真直ぐに寝台へ向かい、横になったテマンへ尋ねる。
「聞いておらんな」

トギが何やら指を動かし、その指を慌てた顔でテマンが握って遮る。
「聞いてません。俺も、トギも、なんにも」
「ああ」
「別に良いじゃない、聞かれたって。家族なんだし。ねえ?」

そうやって庇うから腹立たしいのだ。弟とはいえ俺以外の男の事を。
この方に同意を求められ握るテマンの手を振り払うと、トギの指が忙しなく動き出す。

「そうよ、知らなかったの?・・・男性はみんなそんなものかもね・・・あはは、本当にそうよねー」

この方は指を動かすトギと声を交わし合う。
全く判らずテマンを見れば、奴も困った顔で珍しくトギの指から目を逸らしたままだ。

「・・・二人は何を話してる」
「ええと、あの」
「早く言え」
「て、大護軍はいつもあんな照れ屋なのかって・・・おまけに口が下手すぎるって・・・俺とそっくりだって」

俺の弟は正直過ぎる。そして女人同士の話は聞かぬに限る。
堂々と聞こうと立ち聞きしようと、碌な事を話しておらん。

二の句を継げず立ち尽くす俺。寝台上で困り果てるテマン。
男などそんなものだ。
女人同士の色恋沙汰の明け透けな話に、割って入れる訳が無い。

好きにしてくれ。但し許すのは今日、今この時だけだ。
俺達は同時に息を吐き、夢中で話し続ける二人の女人に背を向けた。

 

 

【 2016 再開祭 | 鹿茸 ~ Fin ~ 】

 

 


 

 

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