2016再開祭 | 桃李成蹊・番外 ~ 慶煕 2017・6

 

 

奴が現れたと同時に耳を劈くような悲鳴。一気に高まる観客の熱。
その動きを眸も開けられぬような光条が上下左右から追い駆ける。

悲鳴も熱も追い駆ける光も、全て奴だけの為に在る。
それを統べるあの男は、今まで見た中で最も王らしく輝いている。

あの頃に立たされたかめらの前の己とは全く違う事にすぐ気付く。
俺は棒立ちで、ただ言われるがままに最小限の動きで応じていた。

肩を上げろ、背を伸ばせ、少し振り向け、右、左。
そんな要求が唯苦痛でならず、其処に立つ理由すらも判らぬまま。

幾ら形は瓜二つとはいえ、あれで騙された方も騙された方だ。
それなりに似せたと思ったが奴と俺では違う。全くの別人だ。

笑み、視線、瞬き、呼吸の緩急、指先、頸の傾げ方。
そして俺はあんな風に他者の顔を真直ぐには見ない。
相手の話に耳を傾けも、穏やかな声で返答もしない。

奴の動き、その声音。今更になって背を冷たい汗が伝う。
よくも騙し果せたものだ。危うい橋を渡っていたのだと。

一挙手一投足を盗もうとどれ程声音を似せようと、こうして比べれば全く違う。
露呈していれば全ての者を巻き込んだろう。
その時甚大な被害を蒙るのはあの方と、眸の前で活き活きと笑うあの男だった。

そして俺とあの方の前に現れた男に連れて行かれた場所。
藍の上下の男と対峙した真白な部屋の中で言われた言葉。

唯一無二だからこそ意味がある。二人は要らぬ。
その意味がこうして奴の姿を見た今はよく判る。

あの男は賢明だったが、大事を見落としていた。
誰であれこの男の代わりになるなど出来ない事を。

例えどれ程完璧に真似をしようと猿真似には限度がある。
この男に取って代わるなど、この世の他の誰にも出来ん。

ただの立ち姿だけでこれ程目を奪う者を俺は他に知らん。
あの男はそれを見逃していた。ただ形だけに捕らわれて。

それとも天界では形さえ瓜二つならばどうとでもなるのだろうか。
同じ顔、同じ姿でさえあれば後の事はどうとでもなると云うのか。
例え影から生まれ出でようと、王座を奪う事が出来るのだろうか。
あの賢明で冷徹な男は、それを見越して危惧していたのだろうか。

全て過ぎた事だ。ただ眸の前で見たからこそ思い出した。
そしてこうして心に留めた。二度と奴の影武者は出来ん。
この先に如何なる事が起きようと、例え天地が返ろうと。

この男の背負うものを俺は背負いたくはない。
この男の為の玉座に代わりに座りたくはない。
例え周囲の全ての者が望もうと、もう二度と。

俺にこの歓声も光も、まして慕情など背負える訳がない。
あの男の代わりが務まる筈などなかったのだ、最初から。
「・・・どうしました、ヨンさん?」

光の中の奴の笑顔。この眸には心から笑っているように映る。
この男が己が望んだ訳でも無い則の為、有無を言わさずこれ程大切に想い、愛されている者たちから引き離される。
戦場に立つ気の無い男を。戦場ではない別の場所で輝くべき男を。
「ヨンさん?」

国を守るとは、民を守るとは、愛する者を守るとは一体何か。
この世に生きるどの男にも女にも等しくその想いは在る筈だ。
その手段は千差万別で、それが認められぬとはおかしかろう。
戦場に立ちたくない者を立たせれば、犠牲が増すというのに。

戦場だろうが市井だろうが、愛する者を護る方法は必ずある。
武人は守れる市井の民は守れぬと線を引くのはおかしかろう。
誰にでも護れる。護りたいと自らの命を投げ出せれば護れる。
俺のよう、迂達赤のよう、王様のよう、そしてあの方のよう。

誰もが戦っている。敵を殺める為でなく、愛する者を護る為。
愛する女人だけではない。相手は時に家族であり朋でもある。
この男を戦場に駆り出すのは正しく、此処に残すのは誤りか。
これ程愛される男を、愛する者の前から奪うのが天界の則か。

「あの、ヨンさん」

厚い天鵞絨幕の影でも声が周囲に漏れるのを案じたのだろう。
顰めた声で呼ばれて我に返りミンホから視線を外せば、ちーふまねーじゃーの男が俺を見ていた。
その手を伸ばし、奴の借り着を纏う俺の肘に手を掛けて。

「・・・何だ」
不機嫌極まりない唸り声に怯えるように、男が訊いた。
「えー・・・っと、何か怒ってますか?」
「おらん」
「いや、その口調が既に怒ってるんじゃないかと・・・」

眸も開けられぬ程の眩しい光が生み出す天鵞絨の影は一層濃い。
俺は構わん。光は要らん。影の中に立つ事にはもう慣れている。
しかし誰より光の中に立つに相応しい男が則の為に其処から退く。
それは本当に正しいのか。誰が奴にそれを強いる権利があるのか。

腑に落ちぬままの俺にちーふまねーじゃーはそれ以上声もないまま、影の中の俺と光の中の奴を見比べていた。

 

*****

 

「お疲れさまでした!」
「良かったよーミノ君、最高だった!」
「お疲れさまでした、ありがとうございました」
「これで終了です、お疲れさまでした」

緞帳向こうに灯が戻り、舘の内には公演終了の声が響く。
先刻まで集っていた熱気は騒めきと共に徐々に遠くなる。
幕内でミンホを追い駆けた閃光は細く絞られふと消える。

周囲から掛かる声に鷹揚に頷きながら、奴は幕内の俺へと戻りながら首を傾げる。
「どうだった?ヨンさん」
「良かった」
「・・・ほんとに?!」

突拍子もない大声に眸を剥けば、奴は顔を赤くし此方を真直ぐ見ていた。
「本当に?お世辞じゃなくて?」
「そんな面倒な事はせん」
「良かった?どこが良かった?どんなところが?」
「懸命だった。お前も、観る者も」
「うっわ・・・どうしよう」

未だに昂っているのか、ミンホは己を収めるよう幾度か深い息を繰り返し、照れ隠しのようにその掌で緩んだ口許を隠した。
「ヨンさんにそう言ってもらえると、本当に嬉しい」
「落ち着け」
「うん、そうだよね。しばらくファンミーティングが出来ないから、なおさら興奮してるのかも」

脇からの者に差し出された瓶から飲み物を飲み、ふと思い出したよう
「じゃあ次はヨンさんだ。見つかった?」

高麗への天門の事を問われていると判り、顎先を小さく左右へ振る。
見つかっていればこの男には悪いが、わざわざ戻って来たりはせん。
「・・・そうだったんだ」

ミンホは落胆したよう、そして案ずるように俺を見た。その視線に頷き返す。
「ああ」
「ひとまず俺も着替えてシャワー浴びるよ。この後お客さんがはけてスタッフが撤収するまでここにいる。
その間に対策を練ろう、ヨンさん」
「焦るな」
「焦るよ!」

お前が焦って如何すると首を傾げるが、奴の焦りは本心らしい。
様々な道具を片付けて廻る周囲の者らが振り向くような声を上げ、慌てたちーふまねーじゃーが宥めに掛かる。
「お、おいミノ、ひとまず楽屋で話そう、な?」

肩を叩かれ渋々歩み始めた奴は、それでも俺を振り返り声を上げる。
「ウンスさんが向こうにいるんだろ?早く帰らなきゃヨンさんも困るだろ?1人ぼっちにしちゃダメじゃないか」
随分と懐いたものだ、短い間に。悋気すら湧かずその声に渋々頷く。
事実だ。一刻も早く戻りたい。
あの方と離れるなど。まして己だけ天界に居るなど。
例えこ奴との邂逅が叶っても、あの方が横に居らねば意味は無い。

「そんなに時間が残ってないんだ。会場にいられるのはあと2時間くらいが限界だから。急ごう」
その声に促されるよう、ミンホと並び足早に廊下を戻る。

曲がり角を見る度、先刻確かめた筈の廊下奥を確かめる。
見えぬ光を追い駆けて。あの方へと戻る道を探して。
帰るまで諦める事はない。決してそれだけは有り得ない。
あれだけ待てたのだ、此処で数刻待った処で問題はない。

無事戻れた時には何も無かった顔をして、あの方を抱き締める。
例え二、三発胸に拳を喰らっても、恐らくはそれで終いだろう。

出火だと思った。次も同じ事が起きれば同じ事をする。
それで別の世に迷い込んでも、懲りもせず飽きもせず。
もしも本当に出火ならば、そうする以外には道が無い。
王様を守るのが俺の役目で、守る為ならば何でもする。
それはあの方も重々承知の上だろうから。

かと言ってそれがあの方を一人にして良いという言い訳にはならん。
思わず吐いた太い息に、横の男が心配げに此方を見遣った。

 

 


 

 

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