2016 再開祭 | 紫羅欄花・弐

 

 

インターンやレジデントの修羅場を経験した医者をなめないでほしいわ。

寝る気になれば5秒で寝られるし、起きる気になれば5秒で起きられる。
寝つくまでの時間には自分の健康が、起きるまでの時間には患者の命がかかってると思えば、ぜいたくは言ってられなかった。

最初の何日かは、寝ずに起きて待ってた。
勉強用に持ち歩いてるメモを読み返したり、医学書をめくったり、治療日誌をつけながら。

それでも時間を持て余して庭に出てみたり、ムダに長くお風呂に入ってみたり、化粧品を作ってみたりしながら。

タウンさんが心配して、そっと部屋を覗いて
「ウンスさま、夜も更けました。私も共に」
その声に首を振って
「大丈夫。コムさんが待ってるから、帰ってあげて。また明日ね」

笑って手を振ると申し訳なさそうに頭を下げて、タウンさんは離れに帰って行く。
そして気が付くとテーブルに突っ伏して寝てる、そんな夜が続いた。

「待たないで下さい」

気付くと夜中にあなたに抱っこされてベッドに運ばれながら、何度も言われた。

「暫し慌ただしい」

あなたの帰りが遅くなり始めると同時に、急にまた一緒にいてくれるようにテマンや手裏房のみんな。

私と目が合うと困ったみたいに笑うテマンの、周囲を見回す目つき。
いつもみたいに軽口も叩かないし、握る槍から手を離さないチホ君。
影みたいに無言のままで、真黒な衣を着たヒドさんがいる時もある。

ねえヨンア。私だってバカじゃない。ここまでやってもらえば気付くのよ。
また何かするのよね?危ないからみんなが急に、一緒にいるようになったのよね?

わざわざ聞いたりしない。確認すればあなたが余計に辛くなるから。
だけど顔を見たい。一言でいいから、大好きな声を聞きたい。
だから起きてた。
そのうち寝不足でフラフラし始めて、これじゃ倒れる、みんなに心配かけるって自覚するまで。

外科の男所帯のスプリングのへたったソファで、最後にいつ洗ったか分からないブランケット1枚で、10分空き時間があれば仮眠を取った。
そんな風に真剣だった時代が、私にだってあるんだから。
だから美容整形に転向したのよ。頑張った分だけ報われるっていうのが、ただの理想論だって知ったから。

それでも今、私にはあの頃診て来たどの患者よりも大切な人がいる。
絶対に一生一緒に生きたい人がいる。
そんな大切な人が、どれほど私を起こさないようにしてても分かる。

自分でも不思議なくらい、突然ふっと眠りからさめる。
そして目を開けると、必ずあなたの黒い瞳と目が合う。

「起こしましたか」
そんな風に心配そうに、息だけで私に尋ねるひと。
黙ったまま首を振ると、安心したみたいにその腕が抱きしめてくれる。
「まだ明け前です」

そう言うあなたの後ろ、寝室の窓の外は本当にまだ夜明け前の黒い空。

あなたがゆっくり私の髪をなでて、もう一度眠らせようとする。
話したい事はたくさんある。聞きたい事も山ほどたまってる。
だけど言ったらいけない気がして、広い胸に頬をつけて、大きな背中に腕を回して、私はもう一度目を閉じる。

一度話したらきっと止まらない。
そんな事に時間を使うより、少しでもたくさん眠って欲しい。
愚痴を言い始めたらキリがない。
そんな事に付き合わせるより、考えなきゃいけない事がある。

この人の栄養バランス。飲みやすい滋養強壮の薬湯。
きっとこの調子じゃ、ろくに食事の時間も取れていないはず。
迂達赤のあの部屋で寝起きすれば良いのに、こうやって律儀に毎晩毎晩、どんなに遅くても帰って来てる。

胸にもう一度近く近くすり寄って、眠りに落ちて意識を手放す寸前まで考える。
一番効率良く、この人に栄養補給できる方法。
一番負担なく、この人が休息を確保する方法。

 

*****

 

「ねえ、先生」
あの人には申し訳ないくらい、最近の典医寺は時間がゆっくり流れる。
春から夏への一番気持ち良い季節、みんな薬草を摘んだり洗ったり、蒸したり干したり刻んだり。

そんな薬草を入れた大きなカゴを持った薬員のみんなと、庭のあちこちですれ違う。
その景色は病院っていうより、まるでハーブ園みたい。
薬園にも典医寺の中にも、薬草の匂いがあふれている。

一時期より開京が静かなせいか、大騒ぎするような外傷患者はいない。
冬の風邪の流行も一段落して、病状の悪化した救急患者もいない。
お互い調べ物をしたり、王様や媽媽の状態をカンファレンスしながら、何気ない振りで声をかける。

読んだ声に上がるキム先生の視線に、続けてさり気なく聞いてみる。
「補身の丸薬って、何が良いのかな」
「・・・補身ですか」

医学書をめくってた手を止めて頬づえをついて、キム先生は私を見つめ返した。
「チェ・ヨン殿でしたら牛黄と甘草、紅参を中心に使いましょうか」
「え」
当然のように言われてしまう。やっぱりバレバレなわけね。

「ウンス殿は今取り立てて、お体の不調は無さそうだ。夏負けにはまだ早い時候です。
王妃媽媽には別途、お薬をお出ししている。今ウンス殿が補身丸とおっしゃるなら」

先生はそう言って、からかうみたいにニッコリ笑った。
「相手はチェ・ヨン殿しかいないでしょう」
「・・・はあ、そうよね」
「お隠しにならずとも良いのに。患者の症が判っている程、より正確に効能の高い薬が処方出来ます」

席を立つと部屋の薬棚に向かいながら、先生が背中で言った。
「調薬いたします。何粒ほどご希望ですか」
「ひとまず1週間は飲ませたいの。でも・・・」

どれくらいかかるのか分からない。あの人の顔も見られないこの状況が。
私が口ごもると振り返って困った顔をした先生は、どうにか少しだけ笑って頷いた。
多分私が今そんな顔をしてるんだろう。それをそっくり真似るみたいに。

 

 

 

 

5 件のコメント

  • SECRET: 0
    PASS:
    ウンスが心配するのは、ヨンの事、ヨンの身体…
    愛するヨンのためなら…と、夜中も起きていて、最後はつい寝てしまう。
    すると、ヨンに心配かける。
    悪循環…、会話できない…、心配だけれど声をかけられない…。
    すれ違い、またすれ違い、そしてすれ違い…。
    互いに、一番相手を想い合っているはずなのに。

  • SECRET: 0
    PASS:
    はぁ……
    お互いを想う気持ちが強いほど、
    こうして擦れ違いの時間を
    過ごして行くうちに
    心も身体も疲れてしまうのですね(^^;
    さらんさん❤
    リハビリは順調ですか?
    熱中症にも気をつけて下さいね(^^)

  • SECRET: 0
    PASS:
    ウンスもヨンの性格 行動が
    分かってるから 余計なことは言わず
    身体を案じ 自分がしてあげれることを
    考え行動してるけど
    やはり 1日1度は 互いの顔を見て
    言葉を交わさないと 心がすれ違うわよ

  • SECRET: 0
    PASS:
    聞きたいけど… 聞けないねぇ
    だけど ウンスのこと
    大切な宝物のように 扱ってくれて
    うれしい 反面 寂しく感じたり…
    話してくれなくっても わかるし
    せめて できることをって
    健気なウンスね。
    (´っд・。)

  • SECRET: 0
    PASS:
    さらんさん、こんにちは。
    帰ってこないと落ち着かないっていうか、やっぱり顔を見るまで安心できないって言うか…
    待たないでくださいって言われてもやっぱり顔は見たいものね。
    明け方近くに帰ってきて、話したい事はあっても言えませんよね。
    それよりもやっぱり体を休めてほしいもの。
    忙しいのは仕方ないって二人とも分かってるけど、やっぱりすれ違いはもどかしいですね。。。

  • コメントを残す

    メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です