2016 再開祭 | 天界顛末記・拾漆

 

 

「今日はどこに?」
私達と並んで歩きながらもソナ殿の距離は、昨日より副隊長に近くなっている。
そして副隊長は気が気でないように、行き交う人波の中でソナ殿を守っている。

守る心とは、人の芯に根付いているのだろうか。
そんな益体も無い考えが、ふと頭の片隅を過る。
己より弱い者。己より小さい者。そして己の愛しい者。
そんな者を、守れと言われなくても守ってしまうのは。

副隊長をじっくりと眺めて思う。
誰に守れと命を受けずとも、こうしてソナ殿を守る姿。
副隊長がソナ殿と兄上に起きた一件を知る筈がない。
それでも心の中の何かが、抗えぬ声が言うのだろうか。
守れ。
副隊長は抗えぬ己のその声に、無意識に従っているのだろうか。

そんなややこしい事を考えているなどご存知ないソナ殿は、微笑みながら私達を等分に見上げる。
「・・・それが」

言い淀む私の気配を察し、再び謝罪の言葉を発そうとされたのか。
ソナ殿の顔が曇ったのを見て、慌てて首を振る。
「違うのです。実は弥勒菩薩像のある寺へ参りたいのですが、寺の名が判らず」
「お寺ですか?」
「はい」
「うちのお店の近くの?」
「はい。天に届くほど大きな菩薩像ですから、ソナ殿も御存知かと」

私の声に頷いて、ソナ殿の顔が晴れる。
「奉恩寺だと思う。屋外にある白い石の、大きな仏像じゃないですか?
近くで大きな仏像のあるお寺は、それ以外ないと思います」
「奉恩寺」
「はい」

逃げる徳成府院君と供の者を追い駆けて暗い境内を駈けた折、寺門の扁額を確かめるゆとりなどなかった。
今日参る折には確かめねばと考えながら、寺の名を頭に刻む。

奉恩寺。

「場所、分かりますか?」
明らかに私よりも副隊長に多く目を向けて、ソナ殿が心配そうに問う。
「土地勘が無いので、何とも・・・」
不安そうに周囲を見渡し首を振る副隊長に、ソナ殿は安心させるように笑いかけた。

「そうですよね。奉恩寺なら分かるから案内します!違ったら、近所でまた聞けばいいんだし」
「いえ、ソナ殿にそこまでして頂く訳には」
「大丈夫ですよ。違ったら目の前にCOEXがあるから、誰かに聞けますから!
ちょっと地下鉄かバスで行けば、梨泰院も江南も明洞にも観光案内所があるから、きっと確かめられます!」

この前向きさは、天界の方の独特のものなのだろうか。
まるで医仙のように明るくおっしゃいながら、ソナ殿はご自身の声に幾度も頷く。
それでも足りぬと思われたか、最後には白い手套を嵌めた小さな手で、ご自分の胸を叩いて見せた。

「せっかく韓国に来たなら楽しんで欲しいんです。任せて下さい!」

 

*****

 

空の雲が重みを増し、風の冷たさ強さが増すにつれ、人々は足を速めて暗さの中を急ぐ。
まるで雪の気配に追い立てられ、一刻も早く温かな場所へ帰りつこうとするかのように。

そんな人の流れに逆らいながら、ソナ殿に導かれて道を行く。
目の前の碧の灯に誘われるよう河ほど太い途を渡り、どれ程歩いたか。

今まで見た事も無い冷たい色の高い箱の並び、突然緑の木々が目に飛び込んで来る。
「あそこが奉恩寺です。ここで合ってますか?」
白い息を弾ませながら、ソナ殿が私達を見た。

あの夜。周囲は暗く、目に痛い大小の灯だけが空を照らしていた。
寺の景観は朧げに覚えている程度で、思い出す事は難しい。
一つきりの手掛かりは台座に光る天門の上、聳え立つ弥勒菩薩像。
それさえ見つかれば疑う余地も無い。
「菩薩像を拝見したいのですが」
「はい。行ってみましょう!」

連れ立って寺の大門をくぐり、身を切る強風の中を、参道に沿って進む。
あの夜と似ている。初めて天門から飛び出した夜。
たった三日しか経っていないと言うのに、随分と遠くに感じる。

周囲には誰もおらず、暗く寒い闇を走った。徳成府院君を追って。
副隊長は注意深く周囲に目を配りつつ、無言で進む。
ソナ殿は突然口を噤んだ私達を訝しそうに横目で見ながら、やはり無言で前を行く。

「あそこです。この先」
真直ぐに伸びていた参道が左右に大きく開ける。
目の前に敷かれた小豆色の大理石。左右に置かれた石灯籠。
そしてその奥に鎮座する、見上げる程の弥勒菩薩。

厚い雲の垂れ込める空へと背を伸ばし、穏やかな伏目が地に居る私達を慈悲深く見守っておられるかのような立ち姿。
「・・・隊長」
確かめるように菩薩像を見上げていた耳に、突然副隊長の声が届く。
「え」
「隊長!」
「お兄さん?!」

一声叫び、突然副隊長が駆け出す。
ソナ殿が慌てて後を追い、最後に遅れて私が追いつく。
弥勒菩薩の前、小豆色の大理石の敷板の奥。
男三人程でようやく抱えるような大きな香炉の脇に立った、見慣れた懐かしい姿に向かって。

「隊長!!」

風の中切れ切れに届く副隊長の声に振り向く横顔。
見間違いようもないあの隊長は、何事も無いかのように乱れ髪で頷いた。

 

 

 

 

1 個のコメント

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    おっと ヨン登場!
    これで いい男3人♥
    チュンソクも 心強いかしら
    でもね ヨンだって天界に詳しいわけじゃないからね~
    侍医も ソナと チュンソクの仲が…
    ヤキモキしちゃうわね~

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