2016 再開祭 | 婆娑羅・9

 

 

「カイ」
「何、チェ・ヨンさん」
「昨日書いた表を、この方へ渡してくれんか」
「表?って、あの年表のこと?」

その問いに俺より先にこの方が頷きながら
「今の時代、まだハングルが出来上がってないから・・・数字もほとんど伝わってないしね。読めるのは私だけなの」
「ああそうか、そうだね」
さすがに同じ天人同士、話の流れは早いらしい。この方の声にカイが頷く。
「判った。出来る限り漢字で書き直すよ。俺はあんまり得意じゃ」
「いや」

止めに入ると、カイは意味が判らぬとばかり目を見開き
「なんで?ウンスさん1人より、みんなが一斉に読めたほうがいいだろ?コピーなんて贅沢言わないけどさ」
不満げにそんな声を上げる。
「多くの者が読めるという事は、敵に漏れる惧れもある」
「・・・なるほど。でもそれほど極秘扱いにしたいなら、それを知ってるウンスさんが一点集中で狙われるとは思わないのかよ」

こいつも時には的確な事を言う。
そうだろう。この方は手に入れた新たな天の預言の所為で、再び危険な目に遭うのかも知れん。
だが此度は俺がいる。何を持っているのか知っている。身を隠す事無く、堂々とこの方の横に。
「護る」

一切が露見する前ならば、この方に聞かせるなど到底考えなかった。
ただひたすら隠し、もしかすれば無かった事としていたかもしれん。
けれどこの方は其処に居た。声を聞いた。聞いた以上は既に手遅れ。
黙って退く方ではない。まして俺が係わる事を知ったなら。
一人で勝手に動かれるよりは、護ると決める方が気は楽だ。

護る。あなただけはこの命の尽きるまで。そして次の世で、また次の世で。
天人二人が口を揃えて言う以上、天の世には伝わっているのだろう。
俺は将軍になるまで死なぬらしい。ならば将軍になるまでは護れる。
それなら一生ならなければ良い。その間はこの方を護り続けられる。

「じゃあ帰るまで、出来る限り思い出して・・・書き足しといてやるよ」
「ああ」
カイの翻意の理由は判らない。申し出に俺が頷くと、チュンソクと国境隊長の顔も緩む。
あなたは嬉しそうに本物の笑みを浮かべると、閉じたままの扉向うへ明るい声を張った。

「すみませーん!注文お願いしまぁす」

 

*****

 

「ねえ。せっかく町まで来たんだし、ちょっと見物でも」
鱈腹喰った丸い腹を押さえ、あなたは店外で俺達の顔を順々に見た。
「いえ、自分は先に戻ります」

チュンソクは申し訳なさげにこの方へ言った。
「天門の様子が気に掛かるので」
国境隊長も同じように頷くと
「自分も、兵らに鍛錬を」
そう言って二人並んで、最後に俺へと頭を下げる。
「大護軍、では後ほど」
「おう」
「先に戻ってお待ちします」
「後でな」

来た道を足早に戻る二人を見送った後で、あなたの瞳が光る。
雪と陽射しの加減かと思ったが、どうやら別の理由がもとで。
「ヨーンア?」
「はい」
心は決まっているのだろう。そんな猫撫で声で呼ぶ事はない。
「ねーえ、ヨンア」
「はい」

それでも悔しいから、俺からは言い出さない。
開京の華やかさに慣れたこの方が辺境の町の見物をしたいなど、理由は一つに決まっている。
視界の隅、雪の中に佇む金の髪。奴に町を見せたいのだろう。
「ヨンアーぁ」
「・・・はい」

頑迷に無言を貫く俺に痺れを切らしたか、この方が俺の指先を握る。
幼子でもあるまいし、手を握られたくらいで曲がった臍は戻らない。

奴があなたに必要な情報を握っているのなら、懐柔すべきは俺でなくカイ。
あなたはそうして精々機嫌を取って、欲しい情報を聞き出せば良い。
・・・いや。そう言えばこの方は、本当にそうするだろう。

奴へと近づき、今よりも言葉を交わす。
人懐こい笑顔を浮かべ、正面から真摯に向かい合い、結局味方につけるに違いない。
それなら俺が水先案内を買って出る方がまだましだ。
少なくともこの方が一人でカイに近づく事は防げる。

「・・・何処から廻りますか」
根負けして尋ねる声に、その瞳が三日月になった。

 

「カイくんに見せたいなー」
町を歩きながら、ウンスさんは俺を振り返った。
「碧瀾渡。私も始めて行った時は驚いたわよ。外国の人がたくさんいる。国際港って習ってはいたけど」
「当時の取引国は中国経由で、ペルシャとかアラビアだね」
「ああ、だからなのね。ラクダがいるのよ!動物園でも見た事ないのに、目の前でラクダ見るなんて思いもしなかったわ。
すごく大きいのよ?馬どころのレベルじゃないわ。カイくんもきっと驚くはず」
「本当に、高麗なんだなあ」

周囲の質素な店先を覗き込む。
チェ・ヨンや他の男達の会話から察するにここは鴨緑江のすぐ近く、高麗末期当時の国境エリア。
鴨緑江の向こうは元って事だよな。

元・・・恭愍王の時代なら当時の皇帝はトゴン・テムル。そしてあの有名な奇皇后がいる筈だ。
今は恭愍王7年か。1358年。恭愍王の統治は高麗末期としては長い方だ。約24年間。

胡服辮髪令の廃止。魯国大長公主の出産中の死去。辛旽の台頭。
1368年には有名な元の北走が起きる。
トゴン・テムル政権の、そして強大国、元の終焉だ。明国が誕生する。
恭愍王は即座に明国へ勅使を送り、親明の立場を宣明する。

けれどそれが恭愍王の首を絞める。
反元親明を掲げる恭愍王は、最後は親元派の宦官に暗殺される。1374年。
うん、覚えてるもんだな。

「帰ったら、覚えてる限り年表に書き込んどくよ」
「ありがとう。本当に・・・カイくんにとってはとんだ災難だろうけど、私にとっては嬉しいハプニングなの。勝手な事言ってごめんね?」

そんな他愛ない話を交わしながら町を歩いてるウンスさんの横。
雪の中の木みたいに気配を消して、雪に伸びるウンスさんの足許の影みたいにピタリと寄り添って歩く男。

これがチェ・ヨン将軍。ここに来て以来、初めてこんな間近で見る。
背の高い男だと思った。こうして見れば、優に185cm以上あるよな。
歴史上の肖像画なんて信じてないし、確かめようもないけど・・・こんないい男だったのか。認めるのは悔しいけど。

この男が威化島回軍の後でイ・ソンゲに処刑された時、民は家の扉を閉ざして一斉に喪に服し、国中に哀悼と泣き声が響いたという。
そして高麗の忠臣たちは李氏朝鮮へ組み込まれる事を拒み、杜門洞に立てこもって、最後は火をつけられる中で正座して焼死する。
その数は114人だった筈だ。
文官政治を尊んだ時代に武官がそれほど慕われるなんて嘘だろと思ったけど、それが俺の学んだ歴史。

「・・・カイ」
俺の方は一切見ないまま、チェ・ヨンが低く唸った。
その声に盗み見がばれたかと立ち止まった俺に
「離れるな」

一言だけ言ってウンスさんを背に庇うと、チェ・ヨンは鋭い音で刀を抜いた。

 

 

 

 

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