2016 再開祭 | 気魂合競・拾捌

 

 

東屋への階を上がる。
其処に居たチュンソクとトクマン、そしてテマンが椅子から腰を上げて頭を下げた。
居合わせた女人らは突然現れた俺に目を丸くし、立ち上がる機を逸して此方を見ている。
そして唯一、叔母上だけは端から立ち上がる気などないのだろう。
俺を見るとふと微笑みに似た表情を浮かべる。

「ようやく本気になったか」
「一人判った男がいる」
不機嫌な声だけ残しそのまま今上がった階を下りる背後。
チュンソクらは何も問わずに従って階を下りて来る。

従いて来ねばあの場で話を続けるところだったが、それぞれ想う相手に不安な思いをさせたくないか。
地獄耳の叔母上にも声が届かぬ処まで離れて足を止め、背後の三人を振り返る。
「皮の胴衣に皮の長沓。思い当たるか」

俺の問いに三人は顔を見合わせ首を振った。
「いえ。その男が何か」
「コムを負かした」

奴らもコムが三戦で負けると思っていなかったのだろう。
驚いたように息を詰め、代表するようにチュンソクが尋ねた。
「その皮胴衣の男がですか」
「ああ。タウンが言うには、見た事のない男だそうだ」
「判りました。自分たちも注意しておきます」
「他の奴らは」
「迂達赤同士の取組もあるので、また少し減りました。禁軍も同じ状況です」
「ヒドは」
「まだお戻りではないようです」
「他に目立って強い奴は」
「特には聞いていませんが」
「一人の訳がない。一人で禁軍が半分まで減るのは無理だ」

迂達赤と禁軍が総当たりしようと、その減り方は計算が合わない。
俺の言葉に頷くと、この後の取組のないテマンが言った。
「お、俺、シウルとチホと、嗅ぎ回ってみます」
そう言って頭を下げ、素早く庭を駆け出て行く。

トクマンとチュンソクもが後に続こうとするのに
「お前らは残れ。後がある。出番までは敬姫様と侍女殿と共に」
声を掛けると、トクマンは正直に顔を緩め
「はい!」
と大声で返答し、チュンソクは無言で困ったように眉を下げる。
「大護軍は」
「コムの様子を確かめて取組場に戻る」
「判りました。何か報せがあれば、誰かをすぐにやらせます」

コムを負かした男。迂達赤を、そして禁軍を負かした男。
その殆どが互いに潰し合ったとしても、一人の筈はない。
幾人いるのか。判じるには未だ情報が少なすぎる。

死なぬ程度に鍛え上げた奴らを潰した男なら、遠慮する理由もなかろう。
早く当たってみたいと思いながら、俺は離れへと歩き出した。

 

*****

 

「ヒドヒョン!」
黒手甲を嵌め直しながら呼び声に振り返る。
夏の陽に相応しい笑みを浮かべた男が一人、真直ぐ此方へ駆けて来た。

俺の三戦目の取組は見逃したらしきテマン。
額の汗を掌で拭いながら、たった今俺が抜けた人垣の中央を背伸びで覗き込む。
「終わったんですか」
「ああ」
「もちろん、勝ちましたよね」
「ああ」

勿論、と言えるほど立派な勝ち方だったとは思えない。
最後は力で無理に捩じ伏せたような恰好だった。
己の黒衣の膝にこびり付いた白く乾いた土。
気を抜けば今頃土で汚れたのは、膝ではなくこの背だっただろう。
「あの男ですか」

最後に俺が放り投げまだ地面に長く伸びた男を見つけ、テマンが問うた。
「そうだ」
「本気で投げたんですか、ヒョン」
「そうせねば負けたかも知れん」

正直な末弟に嘘を吐いても始まらん。
吐き捨てると仰天したか、テマンは目を凝らし男の顔を確かめる。
「皇宮の兵か」
ヨンと連れ立った奴ら以外、兵の顔に注意を払った事などない。
尋ねた声にテマンは呟いた。

「いえ。見たことない奴です。そんなに強そうに見えないのに」
「人は見かけによらん」
「・・・俺も、強い奴に当ってみたかったです。でも」

奴はそこで悔しそうに口を尖らせた。
不満げなテマンを促すよう、次の取組を見ようと押し寄せる人波に逆らって歩き出す。
テマンは共に並んで人垣を離れながら
「でも、大護軍に当たって、負けました」
「最高の相手に当たったな」
「大護軍のとこまで、強い奴が勝ち上がらないように、そのために出たのに」
「心配するな」

まだ俺が残っておる。迂達赤も禁軍の者らも残っておろう。
誰が勝ち上ろうと此方側なら心配はない。
奴の言う通り、決戦は俺とあ奴の一騎打ちとなる。
いや、そうしてみせる。

一戦目ではチホが、二戦目ではシウルが、三戦目ではテマンが。
「残っているのはヨンのところのコムか」
「それが、コムさんも負けて」
「誰に」

思いがけないテマンの報せに、さすがに人波の中で歩が止まる。
奴は俺を見て首を振り
「お俺も見てないんです。でも大護軍が、皮の胴衣に皮の長履の男だって。
だから俺、他に勝ち上がった強い奴を調べに」
「・・・判った。注意しておく」
「じゃあ俺、シウルとチホを探します」

テマンは最後に頭を下げ、再び人波を走り出す。
皮胴衣、皮長履。
面倒だと、再び一人で陽射しの下を歩きながら息を吐く。

いっそ先にその男を見つけて裏道へ引きずり込み、足腰立たぬよう斬りつけてやるか。
いや。そんな卑劣な真似をすればあ奴が、それよりあの小煩い女人が赦すはずもない。

全く俺は、いつから奴らの顔色に一喜一憂するようになったのか。
性に合わない事ばかりしている。夏の昼にこうして表を歩くのも。
己に何の関わりもない角力勝負に参加するのも。
斬れば早いと知っているのに、遠慮するのも。

これが呑まずにいられるか。
そう思いながらも、酒が入ったのを言い訳に次の取組で風功を使う気がして、裏道へ入り込みそうな爪先を踏み留める。
俺らしくもない。そう思いながら足を引き摺るよう、重い気分で手裏房の酒楼へ戻る。

三戦目まで勝ち上がると、さすがに人波の中にもこの顔を憶えて居る奴がいるのだろう。
「強かったね、兄さん!」
「格好いいぞ。次も勝ってくれよ」
そんな声が擦れ違う者らから掛かる。

顔を背けるのも逃げ出すのも、怒鳴り返すのも妙だろう。
顔を顰めんように気を付けながら、俺はその声に頷いて見せた。

 

 

 

 

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3 件のコメント

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    やっぱり
    暢気なトクマン君です(笑)
    ヨンもヒドも
    本気になってきましたね!
    何だか強い方が出没?
    二人とも決勝戦まで
    大丈夫かな?(^-^;

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