2016 再開祭 | 嘉禎・16

 

 

「・・・イムジャ」
「これはね、エレベーターっていうの」

その細い指で壁に触れると、銀色の四角に灯が点る。
程無く小さな鐘音と共に目前の壁が突然大きく左右に割れ、其処に眩い小さな部屋が現れる。
「・・・隠し部屋ですか」
「部屋じゃないのよねえ」

踏み入って良いのか。
中を覗く俺に笑うとこの方は何の警戒もせず、小部屋へ入って行く。

従うしかないのか。諦めて続いて踏み込み、肩の袋から鬼剣を抜く。
鞘左手に握るとこの方はそんな俺に少し微笑み、扉の横の壁にもう一度触れる。

その瞬間、仕掛け扉は音もなく閉じる。
この方を背に庇い扉へと踏みだした時、信じられぬ事が起きた。

部屋が動いた。
地揺れと言うには信じられぬ程静かに、だが確かに床が持ち上がる。
そしてそのまま上がり続ける

声すら出ず、ただどうにか肚から息を整える。
これが天界。これがえれべえた。

唇を噛んだ時、部屋の床が静かに上昇を止める。収まったのか。
安堵の息を吐こうとした時、今一度眸の前が開く。

鬼剣を腕に大きく踏み出し、明るい広間の突き当りで左右を見つめる。

視界を遮る柱も影も一切無い、真直ぐな回廊が伸びている。
そしてその回廊を挟み、左右に数え切れぬ程の扉が並ぶ。

何なんだ。戸惑う俺を尻目に、この方は平然と回廊を進みだす。
「ヨンア、こっちこっち」

判っている。この方の方が馴染んだ世だ。声に従うしかない。
鬼剣を手に諦めの息を吐き、その背を追う。
願わくばこれ以上、何も起こらん事を。

妙に柔らかい床の上、これ程扉がありながら静まり返った回廊の突き当り。
一つの扉の前で立ち止まり、この方が薄い板を指先で 取り上げる。
「それは」
「カードキー」
「かあど、きい」
「そうよ。これで扉を開けるの」

この方は板を小さな封筒から抜くと、俺へ渡す。
「これは、ヨンアのね」
「・・・・・・どう開けるのですか」

開くわけが無い。今渡されたこれは板だ。
厚い扉には錠どころか閂すら何処を眺めても見当たらん。
その分厚い扉へ掌を当て、その横の白い壁を撫でる。
何処にも継ぎ目なく、蹴ったくらいでは破れそうもない。

かなりの襲撃には耐えられそうだが、逆に足音を吸い込む回廊の床。
この静かすぎる回廊は、敵の気配もまた消すだろう。

ましてこれ程薄平たい板一枚で扉が開いたら最後。
この板さえ持っていれば、誰でもこの部屋を襲えるという事だ。
「こう開けまーす」

俺の肚裡など気にもせず、この方は薄板を把手らしき鉄の曲がりの下の溝へ挿し込んだ。
小さな音と共に扉に緑の小さな灯が点り、この方は何食わぬ顔で把手を押す。

そしてあれ程分厚く頑丈に見えた扉は、呆気なく開いてしまった。
簡単に、板一枚で開くこの分厚い扉。

落胆に頽れそうな膝を堪え、先に部屋へ入ろうとするこの方を押し留める。

中の様子を確かめてからと、扉奥の暗がりへ投げた眸が止まる。

止まってそして今度こそ息を呑み、俺は背にいる方へ振り返る。

「イムジャ」
「なあに?」
「俺達は、今何処に居りますか」
「・・・え?」

俺達はつい先刻、確かに弥勒菩薩から天界へ出た。
あの時固い地に着いた膝が、今更重く疼き出す。
それはあの時、確かに膝を着いた証。

ならば何故地面が見えん。眸の先のあの景色は何だ。

見渡す限り極彩色の大小の灯が、遥か足許にばら撒いたように点る。

まるで川のように流れて行く光の列。そして天へ伸びる箱の列。

地面がない。全て足許にある。眸の前に広がる、星すらない黒い空。

俺達は今、空と同じ高さにいる。

ようやく扉から一歩踏み出す。その瞬間に頭上に灯が点る。

絡繰り屋敷か、この部屋は。

「ああ、ライトはセンサー式なのよ、ヨンア」
この方の声が聴こえる。もう天界の言の葉を繰る気にもならん。
干上がった咽喉で、これだけは確かめねばならん。
「この扉は、誰にでも開けられますか」
「え?」
「この板さえあれば、誰にでも」

先刻頂いた板を、この方へと示す。この方は笑って首を振る。
「ううん。私とあなたのこのカ・・・板以外では、絶対開かない」
「確かですね」
「もちろん。その為のセキュリティ、その為のカードキーだもの」
「・・・承知」

それならば良い。もう何も考える気にはならん。
天界とはこういう世だったのだ。
その気になれば空と同じ高さへ上がれる世。

息を吐き覚悟を決めて、俺は空の高さの部屋へ踏み込んだ。

 

 

 

 

7 件のコメント

  • SECRET: 0
    PASS:
    もう 何が何だか…
    初めてきたときは 
    訳も分からず 医員探しが目的で
    しかも イムジャ み~っけ だったし
    周りのことより イムジャに クギヅケ♥
    今回は… 全てが 刺激的ね

  • SECRET: 0
    PASS:
    さらんさん、こんばんは❤️
    えれべえたw
    あ~色々不思議で見るものすべて新しい勝手も何もかもが分からないですよね。
    もう天界語なんて一々聞いていられないほど溢れている様でw
    あっという間に空と同じ空間に居たらそれはそれは不思議でしょう!
    窓から外を眺めたら足すくんじゃうかしら*(\´∀`\)*:
    ヨン、とりあえず、セキュリティばっちしのカードキーもあるので敵は来ませんよ!大丈夫!
    しかしヨンてやっぱり頭がいいのね~!
    言葉にしても初めて目にする物も頭で理解するのが早い!さすが!

  • SECRET: 0
    PASS:
    そうよねェ~。
    ウンスを護ることだけしか頭にないヨンにとっては、エレベーターの仕組み一つでも、不思議だしこれでウンスを護れるのだろうかと、考えてしまうはず。
    部屋に入るカードキー、訳も分からないだろうな。という私も、あのパシフィコ横浜の隣のホテルで、瞬間、悩んだ!差し込むところが・・ない。ノブの周りをあちこち見回し、ふと触ったら・・開いた!ふ~う。完全におのぼりさん状態。
    ヨン、冷静でさすが。

  • SECRET: 0
    PASS:
    ヨンには凄~く悪いけど、お腹抱えて笑ってしまいました(^_^;)
    でも‥状況は違うけど私には、
    異次元に来たヨンの心境が、少しだけ分かるかなぁ?
    ソウルから鉄原郡に行くまでの車中から、看板やら標識を見ていた私に娘が
    「お母さん、どんな気持ちで見てる?」と聞かれて、ハングル??の私は
    「う―ん、不思議な感じ」と答えました(笑)
    さらんさん❤
    コメディ感満載と仰っていましたが、
    本当に楽しいお話をありがとうございます❤

  • SECRET: 0
    PASS:
    初めてのお使い…じゃなく
    初めての経験ばかりね~
    壁は開くは 小部屋は上昇するわ おまけに
    小さな板で 扉まで開く!
    もうこれだけで ドキドキよね
    この次は どうなるの?

  • SECRET: 0
    PASS:
    さらんさん、こんばんわ。
    ヨンの「えれべえた」には、フフッとなりました( ¤̴̶̷̤́ ‧̫̮ ¤̴̶̷̤̀ )
    次から次へとあふれる天界用語に、私ならパニック確実だけど、適応しつつも考えを切り替える能力の高さはさすがヨン❤︎
    何処に行こうが、誰か居ようがウンスをいかにして護るかが最重要のヨンにドキドキです(笑)
    ヨン、天界はこういう処だよ‼︎ ウンスをしっかり護ってね!

  • SECRET: 0
    PASS:
    うふふ…(o^^o)
    この回を読ませていただいてたら、ドラマの一回目に、ヨンが天界を訪れて街中で鬼剣の柄に手を掛けながら周囲の人々を牽制している場面を思い出しました(笑)
    とにかく警戒しまくってたあの様子は、思わず微笑ましく感じて笑ってしまったしのぶちんなのです。
    そーだよね そーだよね と、その後の警備室のモニター等のシーンも思ったものです(o^^o)
    失礼だと思いつつチェ・ヨン かわいい~(o^^o)と呟きたくなりまして、ついついコメしましたm(_ _)m

  • コメントを残す

    メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です