「ありがとう、こんな遅くまで付き合ってもらって」
庵の扉を押し開いて誘うと、踏み込んだあなたは扉を閉めている俺に振り返り、申し訳なさそうに言った。
宛がわれた庵は前回村を訪うた時と同じ、潺を眼下に臨む一角。
しかしあの夏の最中の訪いとは違う。
秋の川風はこんな夜中には冷たすぎ、そして冷えた床はあなたの華奢な足には辛かろう。
門番に委ねた時チュホンの鞍に結わえたままだった荷が、庵の一角に置かれている。
其処から毛織物を取り上げて、手早くこの方をぐるりと包む。
「寒くは」
大きな毛織物を幾重にも巻き付けて訊く。
まるで秋の枝に下がる蓑虫のよう、膨らんだ毛織物の中から小さな顔だけ出したこの方は楽し気に笑う。
「まさか?暑すぎるくらいよ。ヨンアは?だいじょうぶ?」
そう言って毛織物の蓑の中から、細い腕が伸ばされる。
窓から射し込む月光の中、白く細い指がこの頬を確かめる。
「はい」
その温みに安堵し、月明りを頼りに部屋内の蝋燭に灯を入れる。
銀の光ではなく橙の灯が揺れてから、ようやく息を吐いてあなたと向かい合った途端。
「連れて来てくれて嬉しかった。ありがとう、ヨンア」
蓑虫のあなたはいきなり深く頭を下げた。
言おうとした言葉を先に奪い、此方を悔しくさせるのも変わらぬ。
「1年一緒にいてくれてありがとう。あなたの奥さんにしてくれて、本当にありがとう」
待て。待ってくれ。いきなりの殊勝な言葉に焦る。
「イムジャ」
「起きるたびに思うわ。今日もあなたが一緒にいてくれて嬉しい。
寝るたびに思う。明日もあなたが元気でいてくれますようにって」
あなたが真直ぐ此方を見る瞳。
ただ、待ってくれ。それは俺の伝えたい言葉で。
「来年もさ来年もきっと思うわ。ずっと一緒にいたい。これから何があっても、絶対にあなたから離れないって」
「イムジャ」
「今日中に伝えたかったの。結婚記念日だから。今はまだ紙かもしれないけど、どんどん強くなるわ。だから」
「イムジャ!」
思わず掛けた制止の声にようやくあなたは口を噤み、怪訝な顔で俺を見詰めた。
「・・・どうしたの?」
謝罪が先か。逗留を、いや、意図して隠していた訳ではない。
そうではないが、結果として欺いた事には変わりがない。
それとも感謝が先か。愚図愚図していればこの方に奪われる。
まるで先に言われ、義理や礼儀で返すように聞こえたら。
「愛しております」
「え?」
不意打ちの告白に、この方の瞳が丸くなる。
これだけは、まず伝えねばならん。この方に奪われる前に。
俺の心にいつも在り、想いの全てが伝わる天界の言の葉を。
「いつも。いつまでも」
昨日も今日も、明日もその先も。最期の息が終わるまで。
その息の後、次の世でもう一度あなたに巡り逢えるまで。
そして来世でもう一度言う。次はあなたに教えられる前に。
俺が教えたい。愛している。その一言で全て伝わるからと。
「思い出して下さい」
「思い出す?」
「今世では教わりました。来世では必ず俺が先にお伝えします」
「愛してるって?」
「はい」
揺れる蝋燭の灯の中で、あなたは花蕾が綻ぶように笑んだ。
「教えてくれるの?」
「はい」
「高麗でだって、あなたが教えてくれたのに」
・・・愛している、その天界の言の葉を教えたのはあなただ。
あなたに伺うまで、そんな言葉がある事すら知らなかった。
「天界の言の葉でしょう」
「言葉はね。だけどその気持ちを教えてくれたのはあなたよ」
その意味が判らず、向かい合う瞳をじっと見る。
蓑虫のあなたは其処から蝋燭灯りの中、得意げに見つめ返す。
「言葉なんて後からついて来る。この気持ちを教えてくれたのはあなたよ。
自分より大切で離れたくなくて、全力で守りたくて。
元気ならそれだけで嬉しいし、無茶すればそれだけでイライラする。
損な役回りをしてれば悔しいし、周りがあなたを助けてくれればありがたい。
私以外の女性に優しくしてるのを見れば嫉妬しちゃうし、知らない女性が振り返れば心配になる。
たとえすれちがっただけの、通行人のお姉さんでもね。
私の男よ、って思うけど、バリアを張りたいけど、でもあなたはあなたで、私の所有物じゃない。
だから私はあなたが愛する価値のある女でいたい。あなたを愛する資格のある女でいたいの。それには」
「イムジャ」
溢れるように紅い唇から零れる声は、眼下の潺よりも勢いを持ってこの耳に流れ込む。
如何した事だ。何故今宵に限って、この方はこれほど饒舌なのだ。
何故俺が伝えようとした声を、全て先に奪っていくのだ。
婚儀の記念日とはこんな風に我先に、胸の想いを伝える日なのか。
相手が舌に載せる前に先手を取り、自分の方が深く大きく想っていると伝える日なのか。
天界の則が判らぬ俺は潺に落ちた頼りない紅葉のように流され、あなたの言葉の渦に呑まれる。
如何すれば良いのだ。今宵だからこそ、この特別な宵だからこそ伝えたい事があるのに。

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ウンスに押され気味ですね
ウンスも同じ気持ちでいてくれるのは
とっても嬉しいけど
ウンスに伝えたいことを
ぜ~んぶ先に言われちゃうと…
悔しい(笑)
がんばれヨン!
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先に言われてしまって
ヨンは悔しそう(苦笑)
でも、それほどウンスはヨンを愛してるからわかってやって欲しいなぁ( ´艸`)
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1年経っても変わらずお互いを想い合ってる2人がいいですよね(//∇//)
でもウンスに先に言われて焦ってるヨン
どうするのかな~
2人のお惚気合戦最高‼︎