2016再開祭 | 夏茱萸・序篇

 

 

【 夏茱萸 】

 

 

庭に面して開け放った扉外から幾つもの蝉声が重なり合い、居間内に響き渡る。
「ねえねえ」
その声に負けぬよう卓向うから身を乗り出して、弾むような声が掛かる。
「はい」

こんな顔をしている時には碌な事がない。
判っているのに耳を傾ける、己の甘さが情けない。
それでもそうして瞳を輝かせ見詰められれば、逸らして誤魔化す訳にも行かず。

「蝉の声を聞くと、夏って感じがするわねー」
珍しく遠回しに、向かいのこの方は切り出した。
「・・・はい」
魂胆が掴みきれずに眸を眇めてこの方の表情を確かめつつ、俺は曖昧に頷いた。
「夏って言えば?」
「は」
「夏って言えば、何を連想する?」

何が言いたいのだろうか。
いつも真直ぐな物言いをするこの方には珍しい。
いや、俺から水を向けられたいのだろうか。
御自身の口からではなく、この口から何かを言わせたいのか。

誰より長く誰より近くでこうして過ごして来たからこそ、つい勘繰りたくもなる。
杞憂かもしれんし、疑うつもりはない。
けれどいつものこの方なら、こんな持って回った物言いはせん。
「夏と言えば・・・」

何かを期待している視線。 下手な事を言って落胆させたくはない。
しかし何を期待されているのかが判らずに、まず思いついたものを口にしてみる。
「・・・蚊」
「海水浴よねー!」

被せるような大声で返され、厭な記憶が頭の隅に蘇った俺は首を振る。
「いえ」
「何で!夏と言えばビーチよ、ううん、別に海じゃなくても、水遊びって相場が決まってるじゃない!」

憤慨したように頬を膨らませ、唇を尖らせてこの方は言った。冗談にも程がある。
あの恐ろしく布の少ない、下手な裸より眸を逸らしたくなるびきにとやらを拝むのも、まして他人に見られるかもしれぬと肝を冷やすのも、金輪際御免蒙る。
「イムジャ」

低い声にこの方はようやく口を閉じる。
二人きり無言で向き合う居間の中、急に重みを増した蝉声だけが部屋中を埋め尽くす。
「だって、前はほとんど泳げなかったじゃない」
「それで結構」
「だから今度はちゃんと」
「いえ」

頑なに首を振る俺を見る瞳が、訴えかけるように色を変える。
「んー」
どんなに愛嬌を振り撒こうと無駄だ。
追って来る瞳から眸を逸らし続ける。
「んーん」
「諦めて下さい」
「いや!」
「いい加減に」
「絶対あきらめない!だって、ちょっと開京の外れまで行けばみんな川に入ってるじゃない!それも男女一緒に!」
「それは市井の民らです。医仙ともあろう方が」
「医仙だろうが大護軍だろうが関係ないわよ、夏はみんなに来るんだし、暑いのには変わりないじゃない!」
「ならば庭で行水でも」

話の筋がずれて行くのに苛立ちながら声を張る。
いや、行水も駄目だろう。あのびきにが厭なのだ。
あんな格好でうろつかれるなど。
それでも頑なな己の態度に細い肩を落とすこの方を見れば、どうにかしたいと慾も出る。

・・・そうだ。びきにが。
あの恐ろしく布の少ない、纏う意味があるのかないのかも判らぬあの衣が厭なのだ。
「イムジャ」
「・・・なぁに」
故意なのだろうか。それとも出鼻を挫かれ本気で落胆したのか。
この方は俯いて膝の上に手を合わせたまま、瞳だけ掬い上げるように此方を見た。
「その衣なら」

渋々の妥協案解として纏うた薄手の夏衣を指すと、次はこの方が頑として首を振る番だ。
「絶対ダメ。言ったでしょ?服を着て泳ぐ方が危ないんだって」
「・・・では、庭で我慢を」

折り合いはつかん。つかぬ以上は水辺に出掛ける訳にも行かん。
しかし一度言い出したら聞かぬこの方は、俺の譲歩に勝機を見出したか、再び声を大きくした。
「だって私の頃と変わらずに出来る遊びなんて、そうたくさんはないんだもの。
ないない言いたくないわ。あれも出来ない、これもダメだなんて考えたくない。
ヨンアにも味わってほしいんだもの、私の世界ではこんな風にしてたんだよって。
一緒に楽しみたいの、ただそれだけなの」

鰻、ばーべきゅー、氷菓、肝試し。
確かにこの方は今まで味わった事のない、数え切れぬ夏の愉しみを、いつでも分けようとして下さる。
それが嬉しくないわけがない。但し高麗では出来ぬ事もあるのを判って欲しい。

確かに市井の民らは男女分け隔てなく、半裸になって水を浴びる。
白い下衣が肌に張り付き、濡れて透けても気にも留めん。それが風習で、誰も疑問には思わん。
しかしそれは民の風習で、ましてあんな布の少ない下衣は誰一人見た事もない筈だ。

高麗に攫って来たばかりの頃、パジの裾を短く切って腿も露わに迂達赤に乗り込んで来ただけの事はある。
それだけで迂達赤の奴らは、まるで蜂の巣を突いたような騒ぎを起こした。それを忘れて頂いては困る。
そうだ。びきになどという恐ろしい下衣が悪い。
あれさえなくば水辺の遊びならいくらでも付き合えるのにと、俺は重い息を吐いた。

 

 

 

 

夏が来た!また水着が着たいが為に海水浴をせがんだウンス
ヨンはまた着られちゃ敵わぬと水着を隠す
用意周到出掛けたらまさかの新作水着でウンス登場(๑•̀ㅂ•́)و✧
驚きとやられた感そして悋気のヨンを❤️(majuさま)

 

す、すみません・・・夏の間に書きたかったのですが、どうしても時期がずれてしまいました。
寒い中で全く季節感を無視していますが、楽しんで頂ければ嬉しいです。

 

 

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2 件のコメント

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    ウンスの びきに 騒動、楽しいお話でしたよ。
    懲りずに、また、ウンスが びきに を着て、水遊びをしたいのですね。
    今、確かに、冬…に入り込んだところ。
    寒~い日に、甘~いアイスクリームを食べる気持ちで、美味しく? 読みたいと思います。
    ヨンとウンスのお話は、精神安定剤…だもの。

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