寿ぎ | 22

 

 

縁側の外、秋の庭に居並ぶ客人たちが一斉に此方へ頭を下げる。

開けた扉をまず和尚様が先導し、続いて王様と王妃媽媽が抜け、設えた急拵えの玉座へと移られる。
俺とこの方が立ってその後へと続き、玉座の前で姿勢を正す。

扉の中の仏間から陽射しの眩しい庭に出で、尚更に陽の明るさがこの眸に染み入る。
その陽射しの下、和尚様が俺達の前で王様に深くお辞儀をされた後、穏やかに口を開かれた。

「一度婚儀を交わせば来世でも縁が結ばれる。仏教の教えです。
このお二人は仏の前で来世どころか、その次までの結びつきまでも誓われた」

その声に庭中の客人たちが思い思いに微笑み、頷きを交わし合う。

「また祖先に結婚の報告をし、二人に巡り合わせを御仏に感謝されました。
これより幾久しく、仲睦まじく、来世にても結ばれている事お忘れなくお過ごしくださいませ、大護軍様、奥方様」

その和尚様の言葉に、深く頭を下げる。
続いて王様と王妃媽媽の前で礼をすると、王様が穏やかに続けられる。

「ここにいる皆は、寡人よりもよほど長く深く、大護軍を存じておろう。
これより他に言うことはなし。大護軍、医仙、どうぞ末永く幸せに」

その横で王妃媽媽がゆっくりと頷かれる。
心より王様に頭を下げる。その横で、俺の妻となったこの方も。

「それでは御参列の御一同にて、式杯の儀を。御仏への捧杯、また婚儀の二人への固めの盃であります」
和尚様の声に、それぞれが手に盃を掲げる。

「乾杯」
その和尚様の声に、庭の盃が一斉に上がる。

俺は此処に並ぶ全ての命を欠けることなく負う。そしてこの方はその全ての命を守る。

少なくはない。それでも諦める事はない。諦めれば俺の横のこの方は、きっと許さない。
また俺に隠れお一人で無茶をして突っ走り、此方の肝を冷やすのだ。
もう判っているから、諦める事は出来ない。

どんなに感極まっていることか、またあの目に涙をためておろう。
秋空の下で少し心配になり、横を振り向くと。

この方は大きな鳶色の瞳を見開き、緊張から解き放たれた事が嬉しくてたまらぬと言わんばかりの満面の笑みを浮かべていた。

笑み顔のまま、杯を干した居並ぶ参列者に手招きをしている。
「女性のみなさーん、前に来てください!」

おかしい。普段なら此処でほろほろと喜びに泣かれるはずが。
やはりその肚裡が全く読めん。一体どうした事だ。

突然の手招きに、客人たちが不思議そうな顔で集う其処へと
「あ、女性だけですよー!男性はごめんなさい、さがって下さい!」
と、この方が重ねて陽気に叫ぶ。

何を言い出す、藪から棒に。
眸を戻すと、和尚様は全く気にする事も無いように懐手のまま、穏やかに俺のこの方と俺を見比べ、満足げに笑んで大きく頷いて下さる。

そんな俺たちの様子など一切斟酌する事もなく、この方は庭の女人たちへと高らかに明るい宣言の声を張る。
「先の世界のルールです!これから、この花束を投げますよー。受け取った方は、次に花嫁になります!!
ですから残念ですが、媽媽にはご参加頂けません。タウンさんもね」

その声に集まった女人の客人たちが、嬉しそうに笑い声をたてる。
その物言いに慌てて振り返れば媽媽もご了承か、王様と目交ぜをし幸せそうに笑い合っていらっしゃる。

「独身女性は強制参加ですよー!トギも叔母様も、マンボ姐さんも!早く早く!早く集まって!!」

この方の声、そして大きく振る秋の花の束に、女人らだけが嬉し気にさんざめきながら十重二十重に列を作る。
その女人たちにくるりと背を向け、肩から視線だけを流しながら
「並んだ?いいですか?
じゃあ・・・・・・そーれ!!」
その明るい合図の声と共に。

秋の花を集めた、あの吉祥の丸い花の束が大きく空を舞う。

青く高い空の色を背景に、散った花びらが陽に透けて舞い踊る。

吉祥の花。誓いと真実の、皆が目で追うその花束は、弧を描き

小さな軽い音と共に、叔母上の手の中に、落ちた。

それを見つめる皆の一瞬の沈黙の後、大きな笑い声が庭に弾ける。

叔母上が手の中の花にどうして良いか分からぬ様子で耳を赤くし、恥ずかしげに笑っている。

皆が笑っている。

チュンソクが、横のキョンヒ様が、ハナ殿が。テマンが、ヒドが。
トクマンが、迂達赤の奴らが、シウルが、チホが、師叔が、マンボが。
キム侍医が、トギが、典医寺の面々が。
武閣氏の皆が、そしてアン・ジェを頭に、禁軍の皆が。

ムソンが、ようやく間に合った巴巽村の面々が、領主セ・イルを囲み、
長が、鍛冶が、門番が、村で世話になった見知った顔が。
そして国境隊からも来てくれたのか、国境隊長が、その横の副長が。
眺めれば、溢れる人波の隅の方には李 成桂と李 子春の姿も見える。

どこまでも明るい笑い声が、高く澄んだ秋空へと吸い込まれていく。

これからどうなって行くのかは判らん。そして知る必要もない、少なくとも今日の佳き日は。

皆が笑っている。

秋の陽の中、恨も憂いもなく、苦しみも憎しみもなく。
俺達の為にだけ集い盃を干し、こうして笑ってくれる。

たとえいつか誰かと対峙する日が来ても、忘れる事はない。
俺達が共に此処へ集った事。こうして互いに固めの盃を干し、そして誓いの花の行方に笑い合った事。

その時には必ず思い出す。
俺達の笑顔の中央にはいつもこの方の亜麻色の髪が靡き、鳶色の瞳が輝いていた事を。
この方を守りたいと願い、その為なら出来る事をするとそれぞれ誓った事に、嘘も偽りもなかった日。

あなただ、イムジャ。
あなたがこうしてこの地を変えていく。
皆の心に色を広げ、明るく染めていく。

あなたが笑う世なら間違いはない、だから俺はそう信じられる。

その明るい笑い声の中、この方が目じりの涙を細い指で拭って、俺の胸にそっとその背を預ける。

甘えて下さい、女々しい程に。俺の胸は、そのためにある。

寄り掛かるこの方の肩を抱く。俺の腕は、そのためにある。

あなたが安堵の細い息をつく。俺の耳は、その息を聞くためにある。

あなたの鳶色の瞳が俺を見る。俺の眸は、その瞳を見るためにある。

そうだ。俺の全ては、こうしてあなたに捧げるためにある。

「・・・愛している」

その耳元に低く落した声に、あなたが頷く。
吉祥の花程に多弁でなくとも、いつも正しく伝わる天界の言の葉。

俺の心の臓に繋がる金の輪の光る手を握りしめ、あなたが囁く。

「私も、愛してる」

その声に深く頷き返す。いつでも伝わる。他に何の言葉も要らぬ。

 

 

 

 

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