寿ぎ | 翌暁 【 瑩 】

 

 

眠るあなたを見つめる。瞬きも忘れる程に。

昨夜の宵の月の中でも。
今朝の曙の光の中でも。

何故これ程飽きぬのだろうか。
丘で再会して一年の間、存分に見つめて来たはずだ。
初めてあなたを知ったからか。
ならば今まで初めて肌を重ねた女をこのように見たか。

月明りだけの寝屋の中、その光よりなお白いあなたを見た。
傷つけたくない。傷つける者は赦さない。
そう誓った己が進もうとしたところで、腕の中の息が細くなる。
その眉に刻まれる痛みの証を見れば、この熱は行き場を失う。

「ヨンア」
それでも優しく伸ばされる腕に。
「ヨンア」
この肩を震えながら辿る指先に。

どうすれば良い、どうしてやれば良い。
己で己を斬る事は出来んと惑った月夜。

その瞳がゆっくりと開く。
そして空の月より美しい三日月に緩む。
この世で最も明るい俺だけの月。
流した髪が月闇の中、懐かしく香る。

「大丈夫」
そう言って微笑む、この世で最も美しい俺だけの花。

ようやく知った。
この世の全ての夫が、妻を大切にするわけだ。
これ程愛おしいものを粗末に扱えるわけがない。
ましてや道を教える月、手折って優しく赦す花を手にすれば。
だからもう離せない。生涯あなたを離さない。
この腕の中まるきり安心しきり、全てを委ねて眠るあなたを。

そうして徐々に薄れゆく月の中、ただじっと見ている。

何も知らなかった。思い上がっていた。
そんな気持ちがこの世にあるなど、誰にも教えられなかった。
知れば治まる、嵐のような胸も鎮まる。
黒い焔は立ち消え、不惑の思いで支え、穏やかに年を重ねる、そんな夫婦になっていける。
溶け合い知って安堵すれば、それが叶うのだと思っていた。
そう思っていた、真実あなたの全てをこの手にするまでは。

「・・・馬鹿だ」

思わず口を突く自嘲の声が、暁の窓外に吐き捨てられる。
本当に馬鹿だ。こうしてこの方を娶るまで知らなかった。
手に入れる程もっと欲しいと、強欲になる気持ちがある。
飲む程に癒し潤すのでなく、渇きを増していく水がある。

手に入れる以前は、手に入るまではと祈り続けた。
手に入れてより乾くなら、これから何を祈り続ければ良い。
生涯共にとか。離れるなとか。それとも自由を望むなとか。
この俺に捉われていろと、二度と誰の目にも触れるなとか。
そう燻り続ける想いに、あの頃の奇轍と違いなどあるのか。

それを大人しく受け入れてくれる方でない事は誰より知っている。
暴れて泣いて、もう一度この腕から逃げられたらどうすれば良い。
俺のものだと、あなたの全ては俺のものだと柱に括るか。
それとも本当に袋に入れて、この肩から背負って歩くか。

どうしようもない。これが俺だ。
堪え性もなく、気も短く、何処までも追い駆ける。
追い駆け手に入れ、それでも不安で幾度も確かめる。
そこに居てくれると判って、それでも怖くて何度も掴む。
あなただけだ。後にも先にもこんな想いで誰かを追った事がない。
手に入れた後に尚のこと膨らんだ、この気持ちの宥め方が判らない。

そんな想いも知らず、腕の中で無垢な赤子のように俺に寄り添って、小さな寝息を繰り返すあなた。
腹が立つ。愛おしすぎて滅茶苦茶にしたくなる。
護るのもそして傷つけるのも癒すのも、己以外は赦さない。

その髪を撫でてみる。睫毛に指先で触れてみる。
鼻筋の稜線を辿り、唇を指の腹で縁取ってみる。
腕の中、寝息の調子は変わらない。
暁に浮かぶ真白い肩に歯を立てる。眠るあなたが気が付くように。
健やかな寝息を乱したい。目を開けて暁闇に俺を見つければ良い。
そうすれば細いその肩に刻んだ噛み跡を、次は癒してやれるのに。

それなのに俺の何より愛おしい妻は、それしきの事では夢から醒めない。

外に気配が立ち始めたのは、日が昇る頃だった。
最初にチュホンが厩の横木を揺らし始める。
そして前後して、コムの足音が厩へと向かって行く。
続いてタウンが庭を掃き清める箒の、地を擦る音。

暫くして叔母上が庭へ立ち入る声。
俺を肴に一頻り庭先で盛り上がり、居間へと移って行く囁き声。
続くチュンソクたちの気配。全く千客万来だ。

新婚の俺達を起こすまいと気を配っているのは判る。
ならば今日くらいは放っていてくれれば良い。
誰も我が家の門を叩かぬのが、俺達への一番の祝儀だ。

外に増えていく者の気配から護るよう、無防備に光に輝く裸の肩を抱き締める。
それでも落ち着かず、それを掛布で包み直す。

噛んで起きない俺のこの方が、窓外の人の気配で起きようはずもない。
それでも扉外の男の気配の中、この方が素肌を晒すのが耐えられず、耳許で小さく呼び掛ける。

「・・・イムジャ」
吐息の呼び掛けに紅い口許が笑み、細い腕が伸びて来る。

「・・・イムジャ」
繰り返す声に、あなたの両の腕が俺の裸の胸へと回る。

いつものように俺を抱き締め、次に剥き出しのこの背を辿る爪の感触に、肌が勝手に粟立った。

不安げに開かれた鳶色の瞳を、問い掛けるように覗き込む。
額へ、頬へ首へと伸ばす小さな温かい掌を、この肌が追う。

最後に手首の血脈へ伸ばそうとした指先が、互いの素肌を覆った掛布の端を撥ねた時。
秋の朝日の射し込む寝台、俺とご自身の何も纏わぬまま寄り添った肌を確かめた刹那。

いつもと違う夜具の下の姿に大きく開いた鳶色の瞳、鋭く息を呑み開いた丸い口。
慌ててそれをこの掌で塞ぐ。
万一にも部屋外の闖入者たちに、その悲鳴の一欠片も漏らさぬように。

 

 

 

 

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4 件のコメント

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    幸せな~一時をお過ごしかしら?
    一段と ウンスが愛おしく 離せない
    存在になったかしら~
    そんな 余韻にいつまでも浸っていたいのにね…
    ウンス… ふふふ (/ω\)
    恥ずかしいわよね ♥

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    ウンスが愛しくて愛しくて
    堪らないヨン❤
    『飲むほどに癒し潤すのではなく、渇きを増していく水がある』
    何て素晴らしい表現なんでしょう(^^)
    さらんさんのお話は
    読めば読むほど味があります❤
    今日も幸せな気持ちで過ごせます♪
    さらんさん
    ありがとうございます(^^)
    さらんさんを

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    さらんさんこんばんは。
    ヨンのウンスへの欲は
    ものすごいのね~(//∇//)
    交わればおさまるどころか
    どんどん強くなるとな!( 〃▽〃)
    ウンスもきっと同じなんだろうね。
    同じ重さ
    不器用で苦しい恋心
    夫婦になっても続くのね♪
    素敵だけど
    私には真似できないなぁ
    さらんさんの恋はどうですか?
    経験があったりして(///∇///)
    そう思わせるテクニック?
    ならテクニシャンなんだから~(//∇//)←パボ

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    さらんさん♥
    もう、もう、も~う!
    もう~~!
    …あ、もちろん牛ではありません。
    もう、何度うっとりさせたら気が済むのでしょうか…。
    いや、何度でもうっとりしたいですけどね(^_^;)。
    こんなに愛され、大事にされているウンスが羨ましい!と身悶える読者の方々が、相当多いはずです。
    ああ…、さらんさんとこのヨンは、「釣った魚には餌をやらぬ」男では無く、むしろ、もっともっと過保護にしてしまいそうですね♥
    さらんさん♥
    これまでに数え切れぬくらいの“うっとり”を、ありがとうございます!(^^)!

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